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友だちが死んだ

昨年末、同い年の友だちが死んだ。アル中だった。ここ一年は入退院を繰り返し、少しずつ、けれど確実に体も心もアルコールに蝕まれてしまっていた。何度入院して治療しても、ちょっと体調が良くなるとまたすぐ酒を飲み始める姿に呆れ、まともな友人は一人、また一人と距離を置くようになっていた。

私も昨年の夏前に「もうこれはムリだな」と思う出来事があって、それから一切の連絡を絶っていた。かつて一緒に通った飲み屋で偶然顔を合わせた時も「一緒に飲もう」と懲りずに誘ってくる能天気さに腹が立ち、強い言葉で叱りつけ「帰れ帰れ!!!」と追っ払った。

そのうち、みんなそいつを心配することにも、非難することにも飽きてしまい、だんだんと話題に上がることもなくなっていった。たまに「〇〇さんがどこそこで見かけたって」「また入院したそうだ」「〇〇の周年祝いに来てたらしい」などの断片的な近況を耳にし「あのバカまだ飲んでんのか。最低。本気でアル中直す気がないなら、治療なんてしないでとっとと死ねばいいのに!」と、口汚く罵ったこともあった、なぁ…。でもまさか本当に、こんなに早く死んじゃうとは思わなかったからな。人が死ぬってどういうことか、分かっているようで分かっていなかったんだなぁ。

死んだと聞いて泣いた。あんな風に突き放したこと、見放すように付き合いをやめたことを後悔した。酒をやめさせることはできなくても、一緒に酒を飲むことを拒絶しても、たまに連絡して体調を気遣ったり、心配している友だちがいるんだよ、と伝えることはできたはずだ。でもしなかった。立ち直らせるために心を鬼にして、とかじゃない。酒をやめられない弱さや、責任を果たさず酒に逃げる姿に腹を立ててたからだ。

苦しんでいる友人に寄り添えなかったこと、見捨てたこと。やれることがあったのに、怒りに任せて何もしなかったこと。友だちに見捨てられた、裏切られた、みんな分かってくれない、寂しい寂しいと嘆きながら逝かせてしまったこと。思い返すたびに胸が痛む。

この罪悪感や後悔はずっと消えないだろう。あいつに恨まれても仕方ない。でももし、いつかまた会えたら、今のこの後悔を伝えて謝りたい。それとももう全部分かってくれてるかな……。

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