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ZENKIGEN設立6周年!第1号社員の2人が当時を振り返る

2023年10月、ZENKIGENは設立6周年を迎えました。今回は第1号社員として入社したコーポレート本部 人事広報マネージャー 清水さんと、ネクストワークスタイル(NWS)推進室 保戸塚さんのお二人に、創業当時を振り返ってもらいました。


"何ができるか”より、"どれだけ同じ想いを持ってるか”

ーお二人は2018年4月に入社されましたが、入社したきっかけや理由を教えてください。

保戸塚:私は、代表の野澤がサイバーエージェントに在籍していた時、部下として働いていました。その後別の会社で働いていたのですが、野澤から「全機現※」をテーマに起業し、“働くみんなを元気にして、良い社会にしていきたい”という想いを聞きました。そのタイミングは色々と煮詰まっていたこともあり、それを聞いた時に自分自身がまさに全機現できていない状態だったと気づいたんです。
その想いに惹かれ、ZENKIGENでの役割などは何も決まってはいなかったのですが、一緒にやらせてほしいと話したのがきっかけでした。

※全機現・・・「全機現」とは、「人の持つ能力のすべてを発揮する」という意味の禅の言葉。ZENKIGENの社名の由来でもあります。

清水:私はIT系のベンチャーで働いていたのですが、“面白い会社を立ち上げた人がいる”と、当時の先輩に取締役の水野を紹介してもらったのがきっかけです。
水野とは初対面にもかかわらず、人生について2時間くらい語りました。野澤との初対面では「何のために生きるのか」を問われたことを今も鮮明に覚えています。
当時26歳だった私にとって衝撃的な問いで、答えることすらできませんでした。そこから、野澤がどんな会社や社会を作っていきたいのかという想いを聞き、直感で「ここに人生を賭けるべきだ」と決め、入社させてくださいと話しました。

ーなぜお二人が1号社員として選ばれたと思いますか?

清水:自分から入りたいと積極的に意思表示したから受け入れてもらえたという認識です。

保戸塚:私も同じです。当時の野澤は、創業時に一緒に働く仲間は"どんなことができる人か”ということよりも、"どれだけ同じ想いを持って働ける人か”で仲間集めをすべきだと話していましたし、本人からの強い意思が無ければ採用されていなかったと思います。

6年の中にあった“人生最大の挫折”と“人生最高の成長の機会”

ー入社後はどのような業務をされてきたのでしょうか?

保戸塚:入社した直後は、まだ会社として仕組みや型がない状態だったので、明確な役割分担もありませんでした。
自分も経験がないので、会社に何が必要なのかすらわかっていませんでしたが、強い想いを持って入社したので、経験の有無に関係なく「できることはすべてやろう」と決めていました。

清水:会社に必要な業務を全てやってきたと思います。アポ取りから商談、受注、CSのような営業的な業務はもちろん、請求書発行やメール・パソコンの設定まで一通りやりました。
今では、それぞれのプロフェッショナルが担当していますが、経験を積みたかったのもあり、全部自分達でやっていましたね。

保戸塚:最初は、野澤と清水と私の3人でビジネスサイド、水野がコーポレートサイドを担当していました。水野は取締役ということもあり、実務までなかなか手が回らない状態でしたので、清水が広報やマーケも担当し、私はコーポレート側に移行していきました。

清水:フォーメーションでいうと、攻め:野澤・清水、守り:水野・保戸
塚の体制で始まった感じですね。

ー入社後に印象に残っていることはありますか?

清水:入社して2~3年目が人生で一番苦しかった時期でしたね。こんなにも自分の力が通用しないとは思ってもみませんでした。どんどん優秀な人が入ってきて、自分の居場所がなくなっていくような感覚もあったと思います。今だから言えますが、逃げ出したくなって、3回も辞表を出しました(笑)。

乗り越えるきっかけをくれたのは、野澤・水野と保戸塚の存在です。乗り越えてはじめて感じられたことではありますが、役員の2人が私のパフォーマンスが出るまで辛抱強く待ってくれていたんだなと。
また、いろんな人から厳しいことを言われることもありましたが、保戸塚は心の支えとして、そばにいてくれる優しい存在でした。後から聞いた話ですが、野澤・水野・保戸塚の中では、1番若い私のことをちゃんと育てていこうという、お兄さん・お父さん的な会話もあったそうです。
人生最大の挫折であり、人生最高の成長の機会がZENKIGENの6年の中に集約されています。

保戸塚:清水に近い経験は私にもありました。未経験ながら、採用や経理、総務、営業管理、法務、ISMSやPマーク取得などあらゆるコーポレート業務に携わってきましたが、専門家ではないからという多少の甘えから、自分の中で7割くらいの成果で十分できていると思っていたところがありました。会社の規模が拡大していく中で、専門性を持った方に仕事を引き継ぐ際、色々とツッコミまれ不甲斐なさを痛感する場面がたくさんありました。

今でこそ、コーポレートの仕事にそれぞれ専門家が入り、私は新しいことにチャレンジさせてもらっていますが、今一度、会社の中での自分の存在価値を再定義しなければならないタイミングに来ていると感じています。ZENKIGENや目指すべき全機現社会に、どうやって貢献してゆくべきか。清水が2~3年前に感じていた、自分が力になりきれていない感覚を今まさに感じています。
一人でも多くの人が全機現に近い状態で、生き生きと過ごせる社会を作りたいという想いは入社時から変わりません。自分の役割が変わっても、その想いを軸にブレずに進んでいきたいと思っています。

役割が細分化された今、自身の能力を発揮するべきところで120%やりきる

ー入社されてからこれまで、ZENKIGENはどのように変わってきましたか?

保戸塚:会社のカルチャーは人の総和で出来上がるものだと思っています。初期の家族みたいな状態の時に比べて、大きく変わった部分もあります。
創業当時の採用は、ビジョンマッチがメインで、役割が明確でない状態で入社した人も多くいました。ある専門性を持ちながらも、私たちと同じように、なんでもやろうというマインドで、専門ではない分野もカバーしていました。
小さないかだをちゃんとした船にするために必要なアクションだったからです。

今では、いい意味でプロフェッショナルが集まった集団に変わってきていると思います。会社として組織がしっかり出来てきたことで、自分たちが能力を発揮すべき専門領域に集中して、120%・150%の成果を目指せる組織に変わってきていると思います。

清水:素晴らしい仲間が集まってくれたことは大きな変化でした。それぞれの役割が専門化していくことは、次のステップに進んでいることなんだと思います。当事者としてこの成長過程を経験・体験できるのは、すごく幸せなことですね。

今は求められていることを120%でやりきることが成果に直結しやすい一方で、全機現という誰も挑戦したことのない社会を創るためには、イノベーティブな組織であり続けなければいけない。
そのためには、常に目指すべき方向性を確認しながら進んでいくことや、役割を超えてチャレンジングな仕事をしていく人も組織の中には必要です。これを忘れてしまうと軍隊組織になってしまうので、求められることを120%でやりながら、同時進行で常に目的を考えながら動く必要がありますし、そこに仕事のやりがいがあるのではないかと考えるようになりました。

ー今、ZENKIGENで働く面白さはどんなところだと思いますか?

清水:事業面では、創業期に想像していた「データハブとなって社員の入社前から入社後の活躍までをDXしていく」という構想を実現するためのピースが、ようやく揃い始めました。ピースとはデータであり、技術力であり、提案力であり、お客様です。これらが揃い始めたことで、誰もやったことがないことに挑戦できる、それにより大きな構造的変化を起こせる、とても面白いフェーズです。

組織についても同様で、市場など外部環境の変化が激しいため、事業戦略も同様に刻一刻と変わっていきます。一人ひとりが昨日までの正解を忘れ、もう一度学び直し、組織自体も戦略に合わせて役割を変えていくという変化が楽しめるタイミングです。
この変化対応力はZENKIGENにいるから必要というわけではなく、社会で生きていく上で絶対的に必要な力だと思います。組織面でも事業面でも変化を楽しめる人にとっては、とても良い環境ですね。

保戸塚:清水の言う通り、スタートアップはフェーズが激しく変わっていくがゆえに、その時々で求められる人のタイプや能力は変わっていきます。組織としての形は一定ありますが、フェーズに合わせていろいろな人たちが、ビジョンを達成するために思いっきり駆け抜けてバトンを繋いでいます。
目指すビジョンに対して、同じ想いを持つ仲間たちと共に、刺激し合いながら仕事することができる面白さが、7年目のZENKIGENにはあると思いますよ。


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