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従軍慰安婦

幻の映画というものがある。

見たくてもソフト化されていなかったり、そもそも上映の機会がないという映画がある。

がゆえに、そのような映画はどうしても見てみたくなるというのが、人間の、いや映画ファンの心情というものだろう。

『従軍慰安婦』

なにやらまがまがしいタイトルのこの映画の上映が、きのうシネマヴェーラ渋谷で挙行されると聞きつけ、その館内の暗闇の中に身を沈めた。

タイトルロールから日中戦争が拡大してゆくさまを、記録映像で展開する。

そこにかぶさるスタッフ、キャストの名前。

すると脚本に石井輝男の名前が!!これは期待できる作品ではないかと心が躍る。

何しろ監督が鷹森立一で、基本的にこの人は「キイハンター」などを撮っていた監督。

今まで見てきた千葉ちゃんを主演に据えたアクション映画などでも、凡なものが多かったがゆえに不安もあったが、脚本が我らが石井輝男とあっては、そこに一筋の光明が差したような気になった。

女衒、小松方正は九州の田舎で遊女になる娘たちを集めていた。

その中の一人が本作の主人公である中島ゆたか。

博多へ向かう途中、一行は出征する兵士と、それを送り出す村人に遭遇する。一行も軍歌を歌って送り出し、さて出発するか、なんてなった時、一人の娘がいない。

よく見ると行列をなす村人の後ろにくっついて歩いている。

「なにしてるばい。わしらと離れたらいけんばい」

「はい」

さらに皆は進み小松方正が、物陰で小便をしていると、さっきの娘が方正のことを凝視している。

「な、なんや」

「だっておじさん。離れたらいけんいうきに」

にっこり笑う娘。

「はあー。親が少々頭が弱いと言うとったが、やはりかー」

石井節が早くもジャブとして放たれる。

方正は橋の上でアンパンを皆に配る。

「わあー。こげんうまかもん食べたの、わたし初めてや。おじさん」

「ほうか。ほうか。でもな。みんなおじさん言うのはそろそろやめて、お父さんと呼んでくれんかのう。これから飯も一緒に食うことになるわけやし」

博多の遊郭に到着した一行。

女衒の方正は同時に娼館の主人でもあった。

70年代の東映映画でよく見るババアがいる。

このババアがようするに、この娼館のやり手ババアで、新入りの遊女たちに性技を伝授する。

とは言っても腰を「へのへのもへじ」と動かすことを教えるくらいのもので、むしろ金銭管理、財務担当。遊女たちからは、ケチババアと呼ばれているババアであった。

普通こういう遊女ものというのは、遊女が廓の主人から働くだけ働かされて、搾り取られるというパターンが多いのだが、方正はそういうことは何もしない。むしろアットホーム経営というか、みんなで和気藹々とやっている感じが強い。

先輩の遊女の中に、元祖ヴァンプ女優、三原葉子がいるのだが、彼女はすでに腹ボテ状態。

それでも方正は三原葉子に何も言わない。というよりも、三原葉子が出てくるシーンには方正は出てこない。

遊郭に入ったばかりの中島ゆたかは、お姉さんと呼ばれる三原葉子に悩みを打ち明ける。

村には思いを寄せる男がいたのだが、家の経済事情で遊女になってしまった。男は兵隊になっていて、そのことを知らないが、もし知ってしまったら男は許してくれるだろうか、などと打ち明ける。

それに対して三原葉子は身は汚れても、その男を思う気持ちがあれば、心は綺麗なままなのさ的なことを言う。

かくして中島ゆたかの処女は、軍隊の上層部である盛りのついた関山耕二に捧げられた。

いつものようにアットホームな雰囲気の中、それでもババアに小言を言われながら、飯を食べている時、その台所の片隅に明らかに影を背負っている女がいた。

それが緑魔子であった。

絶えず咳をしている緑魔子は、「わたしには構わないでよ」タイプの女で、他の女が良かれと思って言ったことも、逆に揚げ足を取り、反感を買ってしまう。

その食事の最中も一人の女郎と険悪な雰囲気になってしまい、ついにはキャットファイトに発展。

修羅場と化す台所。

喧嘩がひと段落して、また一人の女郎が飯をてんこ盛りにして、三原葉子のもとに届けに行くと、えらい形相をして戻って来る。

「ギャー!!赤ん坊が流れているーっ!!」

娼館のみんなで中国に行くということは決まった。

すると裏口に緑魔子の妹が現れ、母親から預かったものを渡したいという。

「ダメだよ。ここは子供がくるような場所じゃないんだ。なんだってこんなところに子供をよこすんだろうね。はやく帰るんだよ」

「でも母ちゃんが姉ちゃんに、これを渡すようにって・・・」

「いくら家が貧しいからって娘を、こんな女郎屋に売り飛ばすような親には恩なんか被りたくないんだよ」

風呂敷を解いてみると、そこには厚手の半纏が入っていた。

「こんなもの」

そういうと緑魔子は半纏を地面に叩きつけ、建物の中に入ってしまった。

「ちゃんとお姉ちゃんに渡してやるきに。気をつけて帰るんやで」

一人の遊女は妹にそう諭すと、後ろ姿を見送った。

遊郭で遊女として生きるということは、苦界に身を落とすということである。他の遊女たちが開き直っているというか、あっけらかんとしているのに対し、緑魔子の存在はまさに苦界に生きる女を体現している。

ちなみに方正の娼館で、ハッスルしていた客、ロシア貴族の血を引く大泉滉が時間切れとなり、

「そんな殺生なぁ〜」

と言って果てたことも記しておかなければなるまい。

ある日、戦地へ発つ前に、やっぱ出すもん出しておかなければなるまいということで、室田日出男隊長に率いられた部隊が遊郭にやってきた。

外で各自のコンドームなどを確認したのち、室田日出男隊長の、

「突撃ーっ!」

の号令一声のもと、めいめいお目当ての娼館に飛び込んで行ったのだが、その中に橋の上で、ただボッーとしている兵隊がいた。

中島ゆたかは二階の窓から、その男の姿を確認した時、慄然とした。

その男こそは村で思いを寄せていた男だったのである。

同じ部屋には三原葉子もいた。

「あの人が、あの人が・・・」

「もしかしたら。あの人が想っている人なのかい」

「そうなんです」

「それで会う気はあるんだね」

「・・・」

「今会わなきゃだめだよ!もう会えないかもしれないんだよ!」

涙ぐむ中島ゆたか。

「わたしがうまいこと手引きしてあげるからさ。絶対会うんだよ」

「は、はい」

三原葉子は窓から男に声をかける。

「ちょっと。兵隊さん。兵隊さん」

窓の方に振り向き、男は言う。

「せっかくだけど遊ぶつもりじゃないんだ」

「そうじゃないんだよ。あんたに会わせたい娘がいるのさ」

三原葉子に導かれるまま、娼館の部屋に入ってみると、そこには中島ゆたかが娼婦の格好をしていた。

「きみちゃん(仮にこう呼ぶことにしよう)?なんでこんなところに?」

「許して。わたしが稼がないといけないから、どうしても。こんなわたしのこと嫌い」

「嫌いでなんかないよ。昔のままのきみちゃんでいてくれれば、俺はなにも」

情事には及ばなかったものの、二人はそのまま二人きりの時間を過ごしていた。

その頃、すっかり頭きちゃったのは室田隊長であった。

そもそも中島ゆたかは、俺が買ったのにどこ行きやがったんだと、娼館の中を血眼になって探していた。

んで、ふすまを開けた部屋で男と中島ゆたかがしっぽりやっていたもんだから、完全に頭に血が逆流したわけだ。

それで「気をつけーっ!」の号令一声のもと、男に鉄拳制裁を浴びせたが、そこに現れたのが三原葉子。

「隊長さん。そんな青臭い娘なんかより、わたしとどうだい。しっかりサービスするよ」

みたいなこと言ったのだが、室田隊長は誰がお前なんか見たいな年増女相手にするかと放言をしたので、最後は遊女たちに囲まれて、軍服にふんどし一丁姿で追い出されていった。

娼館の一行はかねてより決まっていた中国に渡った。そこで日本軍の宿営地を訪ねて、慰安婦として働くのである。

記録映像がインサートされ、日中戦争の拡大を伝える。

一行は貨物列車の中にいた。

花札をやる者。ババアも一緒で金勘定をしていた。緑魔子は黙っている。

「もうちょと待遇良くしてくれないのかねえ。こんな貨物室に押し込めてさ」

「まあ我慢してくれいや。うちらは荷物扱いっていうことになってるんじゃき」

方正はなんとか女たちの機嫌を取ろうとしていた。

と、この列車で合流した女がいた。名前を金子(きんこ)と言い、その口ぶりや発音から朝鮮人であることは明らかであった。

「仕事って兵隊さんの肩揉んだり、身の回りのお世話すればいいんでしょ。わたし一度、日本髪結ってみたかったのよ」

「そんな仕事だけじゃないのよ」

と、中島ゆたか。

すると一人の女が、

「あー。もう我慢できない。あー。我慢できない」

と貨物室内をうろつき始めた。

「なんやお前、我慢できないって。あれほど男とやっておるやろ。わしのでよければ使えや」

あっちの方と勘違いした方正は、ズボンを脱ぎ始めたが、女の我慢できないのは尿意の方であった。

「我慢せえーっ!今楽にしてやるじゃき」

そう言って方正が貨物室の扉を開けると、女は勢いよく放尿した。

そして機関士たちに降り注ぐ黄金水。

「なんだあ。天気雨か。変わった天気だな」

ここにも石井節が炸裂している。

途中、列車が止まり方正が軍人に理由を聞くと、匪賊(戦時中の用語で日本人に敵対する中国人のこと)がゆくえを遮っていて、これ以上進めないのだと言う。

それならここで慰安所を開くかという流れになり、日本兵たちはウハウハ喜ぶ、ババアはもぎりのような仕事をしていて、てんてこ舞いの忙しさを見せるのであった。

三原葉子はある兵隊の筆下ろしをしてやった。

「どんな気持ちだった」

「はい。なにやら故郷に帰ったようないい気持ちになりました」

と、兵隊は女体はすべての男の故郷という原理を図らずも開陳したのであった。

かようにして一行がトラックにて宿営地に到着した際は、現代のAKB48のファンなど足元にも及ばないくらい日本兵は熱狂した。

だがトラブルもあった。

金子と寝た男が早漏のため、あっという間に果ててしまい、それを逆に金子のせいだと言って言いがかりをつけてきた。

それを聞いた他の女たちに囲まれ、ピンチに陥った男であったが、ふんどし一丁姿のところへさらに隊長がやってきて、こんなところで無様な真似をするなとさらに辱めを受けた。

女たちはその男が所属している部隊が、明日前線に送られるのだと知った。

翌朝。

宿営地の中では部隊が隊列を成して、行進を開始した。その模様を見ながら女たちは軍歌を歌って兵隊たちを見送った。

すると金子はやにわに走り出し、早漏男を見つけると、

「頑張ってきて!頑張ってきて!」

と男を励ました。

宿営地の中には軍医がいて、定期的に女たちの検診をしていた。

軍医の真っ黒な頭の後ろ姿。それがカメラに向かって振り返り、由利徹の顔のアップがスクリーンに映ると場内は爆笑に包まれた。

「軍医殿。定期健診、お願いします」

「定期健診って言ってもな。お前たちのあそこ見るのもう飽きちゃったよ。まあ。じゃあ順番に並んで、股広げろや」

ある女には、

「よっし元気だな」

し言い。ある女が股を開くと、

「ウップ」

と、匂いのきついのをアピールしたが、緑魔子の時には、

「おめえ。最近元気ねえんじゃないのか?」

と言った。

さらに由利徹軍医の助手が、たこ八郎で〝デバ亀〟と呼ばれていることは、さらに笑いを誘った。

そして宿営地では気分転換ということで、女たちも参加して運動会が催されることとなった。

騎馬戦などを繰り広げたのち、リレーが行われた。ある組のアンカーは緑魔子で、普段の病弱な姿からは想像できないぶっちぎりの速さを見せた。

彼女がゴールテープを切った時、その表情には確かに歓喜のそれがあった。

しかし、彼女はその直後血反吐を吐いて地面に倒れこんだ。そして女たちが寝泊まりしている部屋に運ばれた。

「わたし。そんなに速かった」

「もうびっくりするくらい速かったわよ」

「お前もな。疲れているんだよ。ゆっくり休めば治るんだからな。心配するな」

由利軍医はそう言ったが、方正にはそっと、

「あとで薬取りにこい」

と言った。

女たちはそれぞれ緑魔子に励ましの言葉をかけたが、ババアが客が待っているからと言って、その場を離れていった。

残った三原葉子に緑魔子は荷物の中から、例の厚手の半纏を取ってくれと言い、三原葉子はその半纏を肩にかけてやり、緑魔子を寝かせてやった。

「やっぱり大事に取っておいたんだね」

「なぜか知らないけど。故郷が恋しくなってきたわ。故郷の唄が聴きたくなってきたわ。「佐渡おけさ」」

「じゃあわたしが歌ってあげるから元気を出すんだよ。「佐渡へ 佐渡へと 草木もなびく」」

じっと目をつぶっている緑魔子。さらに続ける三原葉子。緑魔子の薄白い顔のアップ。三原葉子の表情が、何事かに気づいたようなそれに変わる。

緑魔子の死に顔は美しかった。そして苦界に生きる女の悲壮感と同時に、ある種の崇高感さえたたえていた。

ここまでの緑魔子の演技を見て、やはり緑魔子は傑出した演技者だと感じたのは俺一人ではあるまい。

宿営地には新しい部隊が入ってきた。

その一団の中にまたしても中島ゆたかは、かの男の姿を発見してしまったのだ。

そして、また三原葉子に相談した。

「ここで会っておかなきゃ本当に二人とも二度と会えなくなるんだよ」

「でも、こんなところで。毛布一枚で仕切って、そこで男と女が寝るような場所であの人と・・・」

「とにかくバアさんには、あの人にあんたの番号札を渡すように言っておくから。いいね」

かくして再び想い合う二人は再会した。

「きみちゃん・・・」

「わたしのことなんか軽蔑するでしょ」

「なにを言っているんだよ。こうして再びお互いに生きて会えたんじゃないか」

男の腕の中で号泣する中島ゆたか。

「わたしを抱いて」

そして官能、恍惚の表情を浮かべたゆたかのアップのカットが連続する。

が、そこへ突然轟音が響き渡る。宿営地に敵の大砲が着弾したのだった。大砲は次々に着弾する。パニックに陥る宿営地。装備を整え前線に出撃してゆく兵隊たち。その中には当然、ゆたかが想う人もいた。

女たちは小松方正と一緒に、自分たちの部屋で怯えていたが、宿営地で犠牲になる兵隊もいた。

血まみれのたこ八郎。仲間に担がれながら、自分が衛生兵なのに、

「衛生兵はいないか。衛生兵はいないか」

と、うわ言のように繰り返している。

ベッドに寝かされるたこ八郎。そこへある女がやってくる。

「デバ亀さん。わたしの見るの好きだったでしょ。見たら元気になってくれる?」

うなづくたこ八郎。女が股を広げてあそこを見せると、ヤツはにっこり笑いながら死んだ。

ゆたかが兵隊に、人手が足らないんですかと聞くと、

「猫の手も借りたいんじゃーっ!!!」

という答えが返ってきた。そして前線を目指す女たち。

初めは負傷した兵士の介護などをしていたが、日本軍が築いた陣地には機関銃があって、そこから応戦するものの弾の補給がなかなかできない。

その補給を担う兵士が狙い撃ちされ、その死体は塹壕の中に落ちてゆく。

その補給を手伝おうとした女はやはり撃ち殺された。

機関銃を打っている兵士が叫ぶ。

「水をくれーっ!」

「この事態に飲み水なんぞないぞ!」

「違う!機関銃が焼き付いて弾がでんのじゃーっ!」

「それなら、わたしが冷やしてやるよ」

女は機関銃の上に飛び乗った。

「危ない!やめろ!」

女は機関銃に放尿したが、そのまま撃ち殺された(また小便ネタかい)。

バアさんは戦場をうろつき回っていたが、財布から金が落っこちて、それを拾おうとしている時に撃たれて死んだ。

さらに機関銃を撃っていた兵士も撃ち殺される。あちこちに着弾する大砲。その中を走り回るゆたか。

その先には弾薬を取りに行こうとしているゆたかの想う男が走っている。だが彼めがけて機関銃が一線放たれる。崩れ落ちる男。

続いてゆたかの背中にも一線、機関銃が放たれる。

硝煙渦巻く戦場に、ゆたかの死に顔は何かを求めんと鮮烈な光を放っていた。

丘の上に佇む生き残った者たち。その首からは骨壷をぶら下げている。

「博多に帰ってみんなでまた出直そうや」

そう言う方正。しかし三原葉子ともう一人の女は、このまま部隊について行くと言う。そして骨壷に一輪づつ花を手向ける三原葉子。

その後部隊は敗走のような形で移動する。

その途中、赤ん坊が置き去りにされていて、兵隊は面倒が見れないからと、三原葉子たちに赤ん坊を託す。

そして移動する部隊の遠景に浮かぶ〝完〟の文字のような気がした。

上映後、主演の中島ゆたかさんのトークショーがあり、撮影中の貴重なエピソードや、作品の製作経緯などが聞けた。

『従軍慰安婦』

それは当初思っていたイメージよりも、笑えてジンとくる邦画の隠れた傑作だと言えるだろう。

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