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新作歌舞伎「風の谷のナウシカ」観劇感想

 これは2019年12月に上演された新作歌舞伎「風の谷のナウシカ」を観劇したオタクによる感想未満の備忘録です。
 ネタバレには配慮していないので、ディレイビューイング等での鑑賞を予定していてネタバレを避けたい方は見ないでください。
 あとなんか色々間違ったりしてるところはスルーしてください。



〈前提〉
 「風の谷のナウシカ」原作については、アニメージュ連載の途中(単行本4巻まで刊行されていた時点、5巻以降は初版を所持)から追っている程度の中途半端に古いオタク。数年に一度読み返しては原作全編の映像化を妄想していた。
 まあでも生きているうちにはないだろうなと思っていたところでのまさかの舞台化の報! 色がついて動いて音がするナウシカが観られる! しかも原作7巻分を全部!
 しかし新作歌舞伎……歌舞伎に関しては2017年に名古屋平成中村座の公演を一度観たことがあるだけのまったくの素人。知識もなければ作法も知らない正真正銘ど素人。
 チケットを購入してから公演日までの2ヶ月弱、ど素人なりに少しでも勉強を……という気概も特になく、歌舞伎についてはなんの知識も入れないまま12月13日の観劇当日を迎える。
 原作は前日、いや日付変わって当日までかけて7巻分復習した。


〈観劇当日〉
 当日、新幹線で品川まできたあと簡単な乗り換えに迷いつつ、午前10時前に新橋演舞場に到着。この時点で開場時間を30分勘違いしており、会場周辺の人の少なさに戸惑いながら場外売り場にてイヤホンガイド(700円)と12月公演限定特製弁当(1500円)を購入。入場口の開場時間を示す立て看板を見て初めて自分が時間を間違えていたことを知り、30分後でなく30分前で良かったとホッとしつつ開場待ち。ホッとするんじゃなくて反省したほうがいい。
 ここ数年、座席指定ではなく整理番号のみで会場に入場後はポジション取りへダッシュするようなライブばかり参加していたので、周りの人が落ち着いて入場する様子に逆にそわそわしてしまう。あと観客の年齢層。幅広いとはいえ、自分が年に数度行っているスタンディングのライブよりは当然高く、落語会よりはほんのり若い。
 会場に入ってすぐ右手の売場で筋書きを購入し、そのまま奥に進んで売店でグッズを物色。事前に本公演限定グッズを確認していたのでどれを買うか決めていたにもかかわらず、実物を見ると迷うこと迷うこと。しかしその中でも絶対に買うつもりでいた「テトのぬいぐるみ」がどこを見てもない! なんで!? 売店のスタッフさんに尋ねたところ「劇場分は完売しました、通販でお求めいただけます」とのこと(後に10日にはすでに完売していたことを知る)(さらにその通販も観劇当日の13日午前10時に開始しており帰宅した時点でもうテト完売済み。ひどい)。がっくりしながら買えるものを買って2階席へ……
 一般販売開始と同時にプレイガイドに特攻したわけだが、その時点で期間中の土日は席種関わらず全席全滅状態。日にちは選ばずに、それでもそこしか空いてなかった2等A席は、座席背もたれに背中を付けると舞台の半分が視界から消える見事な見切れ席だった。頭上に見切れている舞台上を映すモニターがあることはあるけど、斜め真下からは真っ暗で何にも見えないよ? 仕方ないので隣の席の方の邪魔にならない程度に前傾で観ることに……。
 客入れのBGMはナウシカ映画版の劇伴の和楽器アレンジ。舞台には定式幕が引かれ、客席を貫く花道があり、「わあ、歌舞伎を観にきたんだなぁ」と当たり前のことをぼんやり思う。ここまできても「歌舞伎」を、というより「ナウシカ」を観にきているという感覚の方が強かった。


 さてイヤホンガイドを耳に挿し、開幕を待つ。5分前のブザーが鳴り、しばらくするとチョンチョンチョン、という例の拍子木の音。歌舞伎では柝っていうのね今調べた。
 幕が開くのを待っていると舞台袖から裃の男性が現れた。今回の演目、「風の谷のナウシカ」のざっくりとした物語の舞台解説が口上から語られる。瘴気、腐海、王蟲、トルメキア王国、土鬼帝国などの用語が定式幕に映し出されつつ説明。
 そして定式幕が引かれると現れたのが映画版のオープニングで使用されていた絵巻物風のイラスト画。それがそのまま幕になっており、ナウシカ世界の時代背景の説明に使用される。タペストリー幕といって今回の公演用の特注品だそう。
「ナウシカ」を初めて観る人、原作未読の人向けの説明が終わると、さぁっと幕が開く。


 舞台には紗幕が下されており、その向こうには腐海のセットが組まれているのがうっすら見える。「うわ! 腐海だ!」と興奮が高まったところで紗幕にドーンと「風の谷のナウシカ」のタイトル。
 紗幕が上がるとそこは森。胞子が舞い落ちる中を縦横無尽に飛び回る蟲たち。あれは小道具なのか大道具なのか、ヘビケラがでかい! 大きい! 黒衣さんが三人がかりで動かしている様子は天翔ける竜のよう。原作でクロトワが「竜のようなやつだ」って言ってたそのまんま。
 そしてナウシカ登場。ああ、動いてる! 動いてるナウシカだ! と思っていると唐突に空から舞台上に落ちてくるテト! あれ? ユパ様は?? ユパ様不在のまま「怖くない、怖くない」のシーン……
 なるほどこんな感じで話を端折っていくんだな、と理解。その後もストーリーは原作の時系列通りに、細かい描写は省きつつ必要な展開は残してぎゅっと凝縮し、かと思えば原作ではほんの一部だったシーンを膨らませたりしつつ進行していく。


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見切れ席付近からの眺め



(ここまで書いた時点で観劇から数日経っており既に半分くらいは記憶の彼方へ飛んでいるポンコツ脳みそ。このまま時系列で書こうにも思い出せず書けないので各キャラクターの印象をつらつらと)



◇ナウシカ
 原作の(個人的な)イメージよりも女性らしさが前面に出ている感じがした。髪型は茶髪前髪真ん中わけのポニーテール。女髷じゃなくて若衆風といえばいいのか。ポスタービジュアルでは狩衣をアレンジした衣装に飛行帽を被ってるので少年っぽさというか中性的な雰囲気があるけど、舞台では風の谷から土鬼のおばあさんに服をもらうまでの間の、水色と柄の入ったピンクベージュの小袖のような衣装が「お姫様の普段着」っぽくて妙齢のお嬢さまらしい。衣装だけでなく所作や立ち振る舞いが女方のそれだからか? 土鬼の服が王蟲の血で染まる場面は期待通りの早着替え(歌舞伎だと引き抜きっていうのね今知った)でにっこりした。「青い衣」になってからはどんどん凛々しくなっていく。
 ただ、「優しさ・猛々しさ・脆さ」のバランスでいうと原作よりも「脆さ・弱さ」の部分が他より目立った気がする。怒りで感情を昂ぶらせるのが明確に表現されたシーンは冒頭のクシャナ親衛隊との決闘くらいだった?
 個人的に原作のナウシカには「性別」を感じるところがあまりないからか、歌舞伎のナウシカは「男性から見たナウシカ像を具現化した」点で女方という存在そのものなのかなと思った(なんかうまく言えない)。


◇クシャナ
 クシャナ様はクシャナ様でしかなかった。殿下は実在していたのだった。ポスターでは前髪があってまだ姫っぽさがあったけど、舞台では前髪がなくなっていたうえに一人称が「妾(わらわ)」だったせいか女王様感が増し増し。酸の海の陣中で椅子に腰掛けている姿はトルメキアの白い魔女そのもの。めちゃめちゃノーブル。殿下は実在して以下略。銀色の甲冑に紫のマントが相待ってひたすら美しいそして強い。
 強いんだけどただ強いだけではない。蟲の大群に急襲されたあと子守唄を歌うシーンでちゃんとしっかり子守唄歌ってくれていてそれもメロディーが! ナウシカレクイエム! そうかそうきたか〜と目から鱗。途中から短調で不穏な感じのメロディーになっていて安らかに永眠しそうだった。でも「殿下のためなら死ねる」(実際にあったトルメキア第三軍兵士の台詞)からいいんだよ。ブロマイド12番は家宝。
 「背後や横から見たときに、マントが腰に差した剣の形に少し浮いている」のを見たかった自分はそれを生で見ることができたので成仏できますありがとうございます殿下。
 原作での、物語が進むにつれ内に秘めた苛烈さが少しずつなりを潜めていき終盤では憑き物が落ちたように穏やかになっていく(それに伴い外見もラフになっていく)様子はあまり表現しきれていない感じ。尺の問題か。


◇ユパ
 第一印象は若い。ユパ様若い頃はきっとこうだったんだろうな〜と思わせる美丈夫っぷり。ハンサムな顔面の印象が強くて最初はどうしても若く見えていたが、語り口や所作に落ち着きがあるんでだんだんと原作のユパに近づいていく感じ。帽子とマントなど衣装はほぼ原作通りのイメージ。
 セラミック鉱山でのくだりで多少話が盛られてたところの意図が読めなかったんだが、もしかしてユパの人となりを掘り下げるための演出だった?
 ユパ最後のシーン、手榴弾の表現やマニの僧正様が憑依する演出は原作そのまま三次元化されていて驚いた。


◇アスベル
 溌剌としていてアニメ(松田洋治さんの声が当てられている状態のアスベル、もっと言うと同じ声のアシタカ(もののけ姫)っぽさもある)の印象に近い。やたら「ペジテの王子」を強調されてる感。口調はいわゆる歌舞伎風・時代劇風の言い回しでなく普通の話し言葉。
 爽やか好青年なんだけど「メーヴェのふたり乗りはもうコリゴリだよ」が「メーヴェにふたりで乗ったことは忘れない」に聞こえたのは気のせい?記憶違い?ちょっとなんていうか色恋感が匂わせどころじゃなく醸されていて観ているこっちがこそばゆかった。
 マニ族の戦士に扮装している衣装は王子から一変して粗暴な戦士風なのに、立廻りが生き生きとしていてやんちゃさが増して逆にかっこいいしなぜかかわいい。


◇ケチャ
 原作よりも女の子感というか健気さが前面に出てる印象。原作だと自らも戦える力を持っている女の子だったけど、こちらのケチャはその色は抑えられていて(おそらくはナウシカとの差別化をはっきり出していて)「たまたまスポットが当たった庶民」といった感じ。
 女方だとわかっているのに、女性が演じているのかと一瞬本気で思ったくらい見た目が完全に女の子だし声も完全に女の子。可憐。パステルイエローの衣装もかわいい。
 「その服狙ってたんだ」の台詞で笑いが起こったのが意外だった。そうかそこ笑いどころだったのか……


◇クロトワ
 緑の陣羽織の戦国武将風の衣装。役者さんが持っていらっしゃる雰囲気も合わせてクロトワでしかなかった。殿下にヴ王の回し者であることがバレてからの、七五調で立て板に水のように言い訳をつらつら語るシーンがとにかく軽妙洒脱。原作通りのコミックリリーフ要員。昼の部でいちばん笑いを起こしていた。印象に残る声質。展開の都合であんまりズタボロにはならない。


◇ミラルパ
 見た目は歌舞伎的にわかりやすい悪役像。でも「かつては賢君であった」あたりを表現したのか登場時の衣装は落ち着いた神々しさもある。衣装チェンジした後(幽体離脱した姿)は原作と完全一致。やたらナウシカに執着を見せるところも含めて。なので成仏させてもらえなくて無念。
 夜の部の前に入った喫茶店で、隣の席にいた男女二人連れの男性が「(初見の人は)お風呂好き?それとも酸素カプセル?って思わないかな」と話していたのが耳に入って吹き出すところだった。
 その問題のお風呂シーン、ミラルパ・ナムリス二役を同じ役者さんが演じていることを認識してなくてこの二人が同時に舞台にいたことを完全にスルーしていた……早変わりしてたんじゃん……


◇ナムリス
 こちらもわかりやすい悪役なんだけどミラルパとは対照的。ミラルパが静でナムリスが動。「神聖皇帝のいにしえの戦衣」の色が想像していたのと違った。なんでヒョウ柄もしくは迷彩柄だと思ってたんだろうか自分。毒々しさの中にも格好良さがあってこのナムリスはずるい。
 原作だと終盤まで耐えに耐えた野心があるわりに出番が来たらあっさり退場してしまう小物感があったが、このナムリスに小物感はほとんどない。大海嘯の王蟲の群れをバックにしたナムリスかっこよかったずるい。いや退場はやっぱりあっさりだったけど。


◇チャルカ
 「ヤ」が「ャ」になっていたのが解釈違い。それ以外は「ぼくのかんがえたさいきょうのチヤルカ」だった。敵役の立ち位置でも、ちゃんと後々ナウシカの理解者に回る知性というか常識を持った生真面目さが最初からうかがえる。僧兵風の黒い法衣で凛々しさが3割り増し。シュッとして強そうな感じに見えたけど、大海嘯後の僧衣を脱いだ羽織袴の衣装の方がよりチヤルカらしい。展開の都合でズタボロにはならない。


◇マニ族僧正
 土鬼僧会の僧たちの衣装が日本仏教の法衣に置き換えられている中でただ一人原作通りの糞掃衣風のモップだったマニ族僧正さま……
 後光をまとってナムリスと対峙する場面は原作そのままの迫力。なのに霊体になった後の衣装がもっとすごくて目を疑った。


◇チクク
 原作から悪ガキっぽさというか生意気な小猿感を抜いてできた感じのチククなのでやや没個性的。クイの子供と並んでいるところを観たかったけど残念ながらクイの出番なし。


◇セルム
 森の人の立ち位置と精神性を歌舞伎にうまく落とし込んだな、と思ったビジュアル。真っ白なので初見では森の人だとはわからない。原作通りなんだけどナウシカへのプロポーズ(?)が原作以上に唐突なプロポーズになっていて若干草が生えた。
 草といえば精神世界でのセルム(原作での半裸状態)と現実に戻ったときのセルムを、緑色の草マットのような肩掛けの有無で区別している。
 衣装と風貌のせいか神秘性が増して、共に生きるというよりも守護霊的な庇護者感が強い。


◇ヒドラの庭の主
 衣装や髪型はほとんど原作通り。原作だと男のようにも女のようにも取れるキャラクターだったけど、そこが完璧に三次元に再現されていて震えた。特に声! 男声と女声の切り替えが一瞬でシームレスになされていて見事としか言いようがない。
 セラミック鉱山の酒場でやたら目に入ってくる踊女が一人いて、おそらくは庭の主を演じていたのと同じ方だと筋書きで知る。見た人間に強い印象を残す役者さんだと思ったけど、なんでこの方だけブロマイドないんですかね松竹さん?


◇ヴ王
 中身は原作通りのヴ王なのに見た目がかけ離れているのであのヴ王は反則。外観からも王の風格がダダ漏れ。戦国武将風なので王というよりは殿という感じ。いかにも戦争を起こしそうな風貌(?)。ゲームなどで一般にイメージされている織田信長像に近い感じのビジュアル。深紅が似合う。
 トルメキア軍の兵士全般そうだけど、王家の紋章「双頭の蛇」から着想されたという鱗文の衣装がかっこいい。


◇道化
 夜の部から登場する狂言回し。夜の部からの観客への解説にこのキャラクターを使った演出が上手い。原作の道化をさらに使えるキャラクターに膨らませていて感心した。出番も台詞も大幅に増えていて存在感がある。舞台上の他の登場人物が喋っている裏でこまごまと別の人物にちょっかいを出しているので目が離せない。「毒を吐くので王様に気に入られて召し抱えられた」という台詞があったが、毒よりも愛嬌が上回る。


◇トルメキア第三軍兵士
 数人で一斉に「殿下!」と声をあげるところが多分揃わなくて「ででで殿下!」となっていたのがかわいかった。一兵士の台詞「殿下のためなら死ねる」はおそらくいちばん共感度の高い台詞だったのではないか。
 西洋風の甲冑から日本的な髷に鉢巻・銀と黒の全面鱗紋の甲冑へと、ビジュアルのイメージが原作からガラッと変わっている。


◇蟲使い
 衣装! 蟲使いの装束をあの衣装へ置き換えたのが上手い。色の使い方がイメージ通りだった。新しい腐海が生まれて踊る群舞の様子が、原作の一コマに小さく描かれていた人物の動きをしっかり模していた。


 とにかく衣装、登場人物全ての衣装を写真もしくはイラストで解説したビジュアルブック出して欲しい。言い値で買う。頼む。本当に。


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このキービジュアルからマイナーチェンジされている。公演初日までずっと試行錯誤していたことがうかがえる。



(ここまで書いたはいいけど記憶がもうだいぶ薄れているので、記憶違いが増え印象が捏造されている可能性も無きにしも非ず)



〈舞台・お芝居全般のこと〉
 歌舞伎を見慣れていないので観ている間には気づかなかった「あるべき違和感」、それは女方であるナウシカ、クシャナ、ケチャがめちゃめちゃ走ること!
 揚幕がジャッと音を立てて上がると同時に、女方が全力で風を切って花道を駆け抜けていく!!
 歌舞伎で女方が立廻りをしたり舞台上を走り回ったりするイメージがない(※歌舞伎そのものを見たことがほとんどないのであくまでイメージ)んだけど、これはもしかして新作歌舞伎ならではなのかな?
 ナウシカは裁付袴風なので普通の着物と違って駆ける足元がよく見える。その足さばきは男性の走り方とは違うように見えた。両手も腹の前に重ねたままで腕は振らない。足も高く上げないので滑るように走っている。これが女方の走り方なのか。ケチャは上衣の裾が長いので足さばきまでは見えないんだけど、逆にあの裾の長い衣装で歩幅も広くないのに、動き回って足を取られないのがお見事。
 殿下は甲冑姿だしサパタでも大立廻りを繰り広げるので立役との動きの差はあまりないのかもしれない(が、歌舞伎素人なのでなんとも言えん)。

 歌舞伎そのものをほとんど見たことがないので、通常の歌舞伎がどのように物語を展開していくのかを知らず比較のしようがないんだが、所々で挟まれる歌舞伎ならでは、舞台ならではと思われる演出で「自分が今観ているのは歌舞伎なんだ」と再確認する感じ。と同時に、その演出に圧倒され唸らされる。

 立廻り、特に印象深いのがユパとアスベルが王蟲培養槽を破壊する場面。
 舞台上のセリ(昇降装置)が上がっている向こう側に王蟲の培養槽が見えたときは「うわ、このシーンどうやって再現するんだろう」と思ったけど、原作のボリュームをはるかに超える迫力だった。破壊された培養槽から噴き出す水! それも大量の! 舞台上に滝のように水が降り注く中での大立廻り! セリの前に配置された左右二つの水槽に、ユパとアスベルに斬られた蟲使いたちがバッタバッタいやバッシャバッシャ次から次へと落ちていく。落ちたと思ったらまた水槽から這い出して斬りかかりバッシャバッシャとエンドレス。
 舞台全面水浸し、水の勢いがすごくてこれ客席にも水が飛ぶだろ、と思ったら1階席最前列にはビニールシートが。花道沿いの席にも同じようにシートが用意されてるな、と思ったら全身ずぶ濡れのユパとアスベルが花道に駆け込んでそこでもまた飛沫を飛ばす。
 2階席からでも気圧される迫力で自分だけでなく周囲からも感嘆の声が上がっていたけど、これはぜひ1階席で水を浴びたい。
 1階席といえば昼の部前半、風の谷の城でテトに案内されたユパが城の奥に向かう場面。そこでテトが舞台を降りて客席を行ったり来たりするのを追いかけるユパ……観客を「人の顔をした像」と言って狭い座席の隙間を無理やり通っていくユパ……腰にさした剣を観客にぶつけながらテトを追って花道に上がるユパ……
 なんで昼の部2階席・夜の部1階席にしたのかな自分……いや2階席から舞台機構がばっちり見えてたのも面白くてよかったけど、水被りたかったしユパ様に剣で叩かれたかったね……

 いちばん歌舞伎ならでは、と思ったのはやはり最後の墓所の主の場、大詰の演舞は圧巻であれだけでも十分観にきて良かったと思わせる。
 いわゆる連獅子、あの装束の「オーマの精」(赤)、「墓の主の精」(白)がそれぞれ8体の獅子を引き連れ、群舞という形で激突する。
 これはまったく予想できない展開だった。王蟲の子、オーマ、墓の主、という三次元で表現するには難しい人外のキャラクターを、「人の形」に置き換えた「精」として舞台に立たせる演出は歌舞伎だから成立するものなんだろう。このそれぞれの「精」が出てくる場面はどれも非常に幻想的で美しかった。



〈大道具・小道具・舞台機構〉
 世界観の再現度が高い。腐海のセットは舞台上に立って180°見回したいくらい腐海だった。
 原作7巻分なのでめまぐるしくシーンが変わっていく。それに合わせて当然すべての場面で背景(大道具)が転換していくわけだけど、その量がとにかく膨大。一つとして同じ背景がない。(多分。)
 なかでもやっぱり迫力があったのが王蟲。大量の王蟲の眼の色が赤から青へ変わっていくのとかどういう仕掛けなんかな。そういえば王蟲の声がカマキリ先生こと香川照之(市川中車)さんだったのは一部の人間の要求に応えてくれたのよねキャスティングありがとう(最初に配役が発表されたとき「王蟲役:市川中車って書いてないんだけどなんで?」と叫んだ勢)。
 
 腐海やガンシップ、王蟲など概ね原作に沿った背景の中で、所々に日本的な大道具(トルメキア軍宿営地には戦国時代風の陣幕が張られている等々)が出てくるたびに「あ、これ歌舞伎だ」と思い出す。
 個人的に異色に感じたのがヒドラの庭。蝶が舞う日本庭園風の庭を横切っていくケストが白い。牛なのか馬なのかわからないけど白い。多分ケスト。白いけどケスト。
 
 コルベットの見張り台(セリの上)にいるナウシカから視点が下がって目隠しが取り払われ、クシャナとクロトワがいる船内に場面が移るなどのギミックが面白い。他に土鬼戦艦の中で粘菌の種苗が巨大化していく様子や戦艦を爆発炎上させる見せ方なども。
 腐海の底でアスベルに取り付く地蟲の群(人が演じている)や、ヘビケラ、カボの基地でクシャナの前に現れた巨大な羽蟲など、腐海の蟲たちの造形が原作からそのまま出てきたように見事だった。

 この辺りを思い出せるだけ全部書こうとするとキリがない。



〈劇伴〉
 映画のサントラを和楽器でアレンジした部分(録音)と、歌舞伎特有の音楽(鳴り物の生演奏)の部分の区別、もうほとんど覚えてないのでもう一度確認したい。当然生演奏の方が多い。


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長丁場……



(ここまで書いたはいいけど記憶は以下略)



〈まとめ〉
 公演期間が終了した今、自分は再演を待ち望んでいる。
 ディレイビューイングのチケットは発売日に入手済みだけど、映画館で見られるのは自分が見たいナウシカではないかもしれない。映画館のスクリーンは観劇当日双眼鏡を忘れた馬鹿な自分には見えていなかった役者の細かい表情や衣装の柄を教えてくれるだろう。でも自分はカメラが追っていなかった部分を観たかったと思うかもしれない。
 ナウシカが観たいというよりも「ナウシカ歌舞伎」が観たい。できれば新橋演舞場で観たい。

 実は個人的にいちばん観たいと思っていたシーンが件のアクシデントで演出が変更されてカットされた。サパタ攻城砲台の騎馬戦……
 ナウシカが舞台化される、それも原作7巻分全部。その第一報を見たときに自分が真っ先に思ったのが「あの場面カットされないよね?」だった。映像化されたら絶対に見たいと思っていた場面。むしろあの場面が動くところが見たいから映像化しないかなとずっと妄想していた。
 その場面が演出変更された。仕方ない。仕方ないけど諦めきれない自分がいる。できれば、できることならその場面を見たい。生の舞台で。

 今となってみれば、歌舞伎の知識があればもっと見所も増えていたんだろうと思う。付け焼き刃の薄っぺらの知識でなく、何度も歌舞伎を見たうえで身に付いた経験があれば。この文章を書いていて、歌舞伎の知識がないことを歯がゆく思うことがいくつかあった。演舞場で観ているときは別段そんなこと思わなかったし楽しかったのに。なんでだろう。
 知識も何もないまま観てしまった。それでも十分に楽しめた。ナウシカやっぱり好きだなぁと思ったし、歌舞伎そのものにも興味がわいた。
 それでももし再演があれば、そっちにはちょっとは間に合わせられるかもしれない。
 再演してください。お願いします。


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この「お詫び」は9日から千穐楽までずっとあったんだろうか。



(以下歌舞伎もナウシカも関係ない覚書)


〈新橋演舞場〉
 2階席右は結構狭い。鞄などの荷物を置くスペースはほぼない。端っこの見切れ席は座席横に隙間があったのでそこに置くことはできたけど、座席列の真ん中だとかなり厳しい。
 1階席は2階席よりは前の座席との間に多少の余裕はあるが、シネコンとか映画館の座席ほどではない。


〈お食事〉
 昼の部と夜の部の間でどこかに足を伸ばして昼食を取るつもりでいたけど、せっかく新橋演舞場にきたんだからと買ってみた12月公演限定特製弁当(昼)を最初の幕間35分で平らげたのでお昼はそれで十分だった。1500円ってまあまあ高いよな、こういうとこのお弁当ってあんまり味には期待できないかな、とか思っていたけどお値段以上に美味しかった。その話を帰宅後に家族にしたら「歌舞伎を観に来るお客さんに出すお弁当なんだから味もそれなりで当然でしょう」と笑われた。そりゃそうだ。
 (昼)が美味しかったので(夜)も買う。買ってすぐはほんのり温かかった。けど幕間に食べる余裕がなくて持ち帰り。帰宅して真夜中に食べたけどやっぱり美味しかった。味付けがどれも上品で濃過ぎず薄過ぎずいい塩梅。再演されたらまた食べたい。
 演舞場名物らしい小倉もなかアイスもいただく。そこそこのボリュームだけど甘さはあっさりめ。食べてみると1つでは足りない。昼夜で2つ食べておけばよかった。

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12月公演限定特製弁当(昼)と(夜)


〈イヤホンガイド〉
 幕と幕の間、場と場の間で話が大胆にカットされているところは、だいたいイヤホンガイドで補完されている。新しい登場人物が出るたびに演者の名前と屋号を教えてくれる。幕間には「教えてナウシカ先生」というナウシカの世界観を補足する解説が流れる。じっくり聞きたい気持ちもあったけど、トイレに立ったり売店をのぞいたりで幕間にじっとしていなかったのでろくに聞けなかった。
 音声解説がない間の「サーーーーーッ」というホワイトノイズが気になって気になってしょうがない。片耳を塞ぐわけだから劇場内に溢れる音の迫力が半減してしまうのは当然のことで仕方ないとはいえもう少しどうにかしたい。
 再演されたらイヤホンガイドなしで観る。


〈ブロマイド売場〉
 わりと普通にネタバレ会場。壁にずらりと並んだブロマイド(会場では66枚くらい)を見て「え? このキャラ誰?」と思ってたのが本編に出てきて「これか!」ってなるのが面白かった。ネタバレを気にしないなら幕間の時間つぶしに売場を見るのも面白い。17.6cm×12.6cmで意外と大きい。
 所定の用紙に写真の番号と枚数、合計枚数と金額(1枚500円)を自分で記入。
 妙齢(誤用)のお嬢さん方が真剣に写真を選んでいる後ろで役者の名前もほとんどわかっていない自分も記念にと3枚買ってしまう。


〈テト〉
 通販で再販分を予約購入した。あとはブロマイドをどこまで追加で買うか迷っている。


 以上。
 それにしても『新作歌舞伎「風の谷のナウシカ」観劇感想』って「か」が多いな。


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