お風呂の話

しばらく前、お題箱で「サウナについてはどうですか?」とのリクエストを頂いていたのですが、サウナは私の手札には無いものでした。

そこで、今回は少し範囲を広げて、「お風呂」の話をしていきます。


・カラスの子

私はお風呂の時間が長いです。というか「長い長い」と家族に言われ続けてきたので、私自身も「長いのだろう」と思っていました。ところが、大人になって家族以外のお風呂とも接することがある中で、「べつにそこまで長くない」ことに気付きます。

むしろ私の家族こそが、絵に描いたような「烏(カラス)の行水」だったのです。湯船にお湯を張っていない場合、みんな10分もせず出てきます。一方私は、シャワーだけでも20〜30分はかけています。やることを普通にこなすだけでもそれくらい欲しいですし、できればボーッとする時間も設けたいです。

お風呂という密室で、一人あれやこれやと考えを巡らせたり、あるいは無心でルーティンをこなし続けることは、大切な癒やしのひとときです。カラスの行水の人たちにとって、お風呂は単なる「洗浄行為」なのでしょうか。私にはわかりませんが、もし家族全員が毎回30分や1時間かけるようなら争奪戦になってしまいますので、これはこれで良かったとは思っています。私がお風呂に居場所を見出せたのは、家族がみんなカラスだったおかげです。


・おじさんとして生きること

物心ついた頃から、私は朝・晩ともにお風呂へ入る生活です。基本的にはシャワーだけですが、寝起きには入りたいですし、外から帰ってきて部屋着に着替える前にも入りたいです。それに加えて真夏に外出した後など、汗をかくたびにも入っていたところ、恋人から「あなたはしずかちゃんなの?」と言われてしまいました。たしかに、それくらいお風呂が好きです。

しかし、私がやたらとお風呂へ入りたがることには、近年では切実な問題も関係しています。

20代後半まではなかった感覚ですが、いつからか歳を重ねるごとに「ただ息をしているだけで勝手に薄汚れていく」感じになってきました。おじさんと化すにつれて、汗や脂やその他の汁などによって薄汚れる程度が、明らかに加速・増加しています。おじさんにとってはもう「普通に生活すること」=「薄汚れること」に他なりません。

そして、日常的に人と接する暮らしをしている限り、清潔感を保つことはかなり大切です。ましてやおじさんともなれば、薄汚れることに比例して人権を喪失していくような状態すらあり得ます。清潔感を保つことで、ようやくおじさんは人間でいられる。どうせ同じおじさんなら、きれいなほうのおじさんを目指したいと思いました。

もともと体臭など強いほうではありませんが、日頃から気をつけておくに越したことはありません。耳の後ろや脇の下、足の指の間など、臭いを溜め込みやすい細かな部分も含めて日々しっかりと洗い、またきちんと洗濯した服を着るように心がけています。香水の必要性などは感じていませんが、やりすぎない範囲で良いものがあれば、検討してみるのもよさそうです。

何はともあれ、清潔感の基本は「ちゃんとお風呂へ入ること」だと考えています。自分の体からにじみ出るおじさんの香りを、できる限りコントロールしていく。お風呂上がりにボディーソープの程よい香りに包まれたとき、私はおじさんであることを一瞬だけ忘れられます。やはりお風呂はいいものです。今後おじさんとして生きていくことを受け入れる上では、お風呂との適切な付き合いが欠かせないのです。


・大きなお風呂はアミューズメント

温泉やスーパー銭湯など、大きなお風呂でしか味わえない開放的な気持ち良さがあります。一時は銭湯めぐりを趣味にしてみようかと、都内の有名銭湯などに出向くこともありましたが、趣味としては定着しませんでした。

たとえば、ローカルなお風呂であればあるほど、そのお風呂は常連の方々のパーソナル空間のような雰囲気があります。私はどこへ行っても「よそから来た人」で、そこはかとなくアウェーです。出先で汗を流すことは叶っても、リラックスするまではいかないというか。地元の全裸の老人たちから漂ってくる、剥き出しの緊張感にあてられてしまう部分があります。公衆浴場特有のそれらを丸ごと楽しめるのなら、銭湯めぐりは趣味になり得たかもしれません。でも、私がお風呂に求める感情とは、それほどマッチしないことを理解しました。

やはり私は、一人で入るお風呂のことを、もっとも愛しています。広々とした銭湯も、露天風呂も、天然温泉も、ジャグジーも、それはそれでたいへん気持ちのいいものですが、他人がアクセスできるお風呂は、あくまでも「外」です。自宅では得られない非日常的な欲求を満たすためと割り切れば、たまに入りに行く大きなお風呂はとても楽しい。場所によっては旅情のようなものも味わえます。ただし、スッキリするのは体だけです。

結局、大きなお風呂から帰ってきた後、私はまた自宅のお風呂にも入ってしまうことが多い。それでようやく落ち着けます。自宅のお風呂に入ることは、その日一日の「店じまいの儀式」みたいなところがあるのかもしれません。



一人でプライベートなお風呂にさえ入れれば、自宅以外でも「店じまいの儀式」はできます。その意味で「一人で泊まるホテルにある、いい感じの内風呂」のことが、概念としてかなり好きな部類にあたります。

いい感じの内風呂といえば、昔こんなことがありました。

このホテルには一泊しましたが、この「いい感じの内風呂」には計4回は入った記憶があります。夕方チェックインしてまず汗を流して、外へ食事に行って帰ってきてまた入って、寝る前にも入って、翌朝も入りました。ホテルには立派な大浴場があったそうですが、一度も行きませんでした。こうして振り返ると、当時から私の嗜好が全力で現れていますね。

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zenpoly

何かしら書いています。
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