エンジニアの話

いつの間にか仕事をしています。

職場の新年会へ行ったところ、普段接点がない人たち同士で親睦を深めましょう、と言わんばかりの席振りがされていて、そもそも入って間もない私はチームメンバー以外の大半がわからないのですが、適当にお酒を飲んでいました。


隣の席には、ほぼ初めましてのエンジニア氏がいらっしゃった。

今の仕事、どういうわけだか「なんか文章とか書ける人」という立ち位置で来てしまったので、先に私の情報を得ていたエンジニア氏から「文章が書けるなんてすごいですよね〜、憧れますよ」と、話を振っていただけた。

それに対して「いやいや、コードを書けることのほうが、私にはだいぶ憧れなんですよね~!」と返す。これは本当にそう。


「コードがとにかく苦手なんです。文章はニュアンスとかを駆使して伝えられるけど、コンピューターってニュアンスを一切汲んでくれなくて、そのままエラーを返してくるので」

「なるほど。でもボクは普通の文章のほうが、何を書いていいのかわからなくて困っちゃうんですよ。書式やルールがハッキリ決まっているほうが、すごく書きやすいと感じますね」

へえ、私たち対照的ですねえ、なんてこの時は思っていたのですが。

こうして振り返ってみると二人とも、得意な引き出しの場所を言い合っている(つまり、二人がやっていることは同じ)ようにも見える。自分と異なる引き出しを持っている人と話すのは、純粋に楽しいですね。


そういえば私が小学生の頃は、「算数と国語だったら算数のほうが得意」で、その理由が「ハッキリ決まった正解があるから」だったなぁということを、エンジニア氏との会話の中で薄っすらと思い出していました。

目の前の式を解いて正解を出せばいい算数の明快さに対して、「作者の気持ちを考えましょう」みたいな国語の求めてくる着地点が、当時の私にはひどく不明瞭なものに見えました。

これは当時の私が理数系だったわけでもなんでもなく、日本語よりも数字や計算式のほうが「読解しやすかった」だけの話なんですよね。文字は読めても文章は読めていなかった。

今ではむしろ、そうした不明瞭さこそに面白みや安らぎを感じるので、不思議なものです。


そして、いつしか数字はおっかないものになった。

数年前にはまさに、エンジニア氏が扱うような言語を勉強していた時期が私にも一瞬あったんですが、そもそも何一つ興味が持てず、しっくりこなくて挫折してしまいました。あわよくば仕事にありつけるかな〜と思ったんですが、その路線は完全にポイしました。コードを眺めていると何だかめまいがしてきます。全部日本語で書いてくれ、形容詞で動いてくれと思います。

友人・知人にはエンジニア的な職業の方が、おそらく把握していない人も含めてものすごく大量に存在していると思うんですが、基本的にはその全員のことを尊敬しています。私はあれ、できないです。

だから日本語のほうをがんばりますという感じで、今に至っています。

仕事があるっていいですね…。

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zenpoly

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