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【2019/5/24開催セミナーレポート】「オックスフォードに学ぶ 哲学xイノベーション」 〜西田哲学に見る、人類叡智とのつながりの可能性〜 後編

②村田さんボイドさんご夫妻の講演

村田さんより:西田哲学とトゥルーイノベーション

後半の村田ボイド夫妻のお話に移りたいと思います。村田さんよろしくお願いします。

村田:よろしくお願いします。今日は“オックスフォードに学ぶ哲学とイノベーションのつながり”ということでお話しさせていただきます。基本的には西田哲学をどのようにイノベーションとか日々のビジネスライフに使えるかという西田の応用の仕方ということで考えております。ちなみに西田哲学というのは宗教哲学とか形而上学の分野ですので、一般的にはビジネスライフにはあまり関係ないものと思われていますが、実は生産性や創造性やイノベーションを高めるのにかなり関連する部分があるんじゃないかと思っております。特に普通の状態を超えた神がかりの状態について西田哲学の一番最初に出した本で『純粋経験』という本があるんですが、そちらではそういうことがいっぱい載っておりまして、一般的なビジネスライフとの接点があると思っております。

今日お話しさせていただくのはこの5冊になります。

この5冊には共通する部分があります。ちなみに三木さんの本を哲学的な名前で呼ぶとしたら内在的超越論というものになります。内在的超越論っていうのは色々なタイプがあるんですが、西田が内在的超越論の哲学者として有名です。自分の内側にすごく深く入ると自分の中に存在しているものに出会うんですが、この内在しているはずのものが実は自分をはるかに超えた超越的な、ある意味自分を超えているものすごいものということで、最終的には内側と外側の壁がなくなるというかそういうこと自体も元々ないよという論理展開になります。三木さんの方法論として自分の中に深く入り込み本当の声を聞くという部分がありましたが、西洋にスピノザという哲学者がありまして、スピノザの哲学が典型的な内在的超越論と言われています。時々西洋と東洋の文化論を比較する時に、東洋は内在的超越論のような内在的な方向に行って、西洋は外在的だと言われるんですが実はそんなことなくて、探せばいっぱい西田哲学に近いようなものもあります。

今日の結論を簡単に話しておきたいと思います。フロー理論と西田の純粋経験説、至高体験、トゥルー・イノベーション、U理論という先ほどお見せしたこの5冊の本を合わせてどういう結論になるかというと、まず集中や没入がとても大切だと。集中や没入をすることで自分を忘れるもしくは自分から距離ができることになる。自分から距離ができることで様々な一体化が起こる。様々な一体化が起こることで超越的能力が発揮できるということになるかと思います。日頃のビジネスライフで高いパフォーマンスを上げるにはどうするかと言えば、時空間が変化するほど集中できれば自分から離れることになりますので、日頃の小さい自分を捨てる。日頃から時空間に囚われないという方向で生きることがそういう高いパフォーマンスにつながるということになるかと思います。

三木さんのトゥルー・イノベーションを生み出しやすい状態はフロー状態が典型的な状態であると定義ができます。三木さんの本の中でイノベーションに必要な7つの能力という説明がありましたが、そこはかなりフロー状態と重なるところが多いです。次に高いイノベーションを発揮できるフロー状態とは何かという説明をしていきたいと思います。よろしくお願いします。

ボイドさんより:フロー状態とはなにか

ボイド:こちらの本は1990年に出たものでして、チクセントミハイというアメリカで活躍されてる心理学者の本なんですが、彼は1970年代よりフローの概念を提案されています。

フローというのは一言で言うと1つの活動に没入している状態、すごい集中状態です。その経験自体がとても楽しい状態で他のことが気にならなくなります。その結果として自分の最高の状態にいられます。すごいことを達成してしまう状態です。とてもクリエイティブでイノベーションをしやすい状態です。西田の純粋経験との共通点は本当に多いです。両方とも没入状態を指しています。こちらの本がありまして、フローというのはGoogleなどの大企業でも何年も前から注目されていると思うんですが、ちょうど今日いらっしゃる染谷さんとこの間セミナーでご一緒したピョートル・グジバチさんの本にも書いています。

そのフローを研究しているシンギュラリティ・ユニバーシティのFlow Genome Projectによれば、フロー状態に入ることで創造性や課題解決能力が4倍になる結果が出ました。

新しいスキルの学習スピードが2倍になると言われています。フロー状態によることで疲れずに短期的で高いアウトプットを得られるようになるという結果が出ています。参考までにOECDのデータもありまして、日本の生産性はとても低いと言われています。

日本の時間当たりの労働生産性はとても低いもので、OECD関連国36ヵ国の20位になっています。主要先進7ヵ国で見るとデータが取得可能な1970年以来最下位の状況が続いています。

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村田さんより:ピークエクスペリエンス、フロー、ゾーンについて

村田:今ご説明がありましたフロー状態のように生産性が高くてクリエイティブな状態というのは他にいっぱいあるのかもしれませんが、有名なところではピークエクスペリエンスというものがありまして、アブラハム・マズローという心理学者の出した考えです。

このピークエクスペリエンス=至高体験というのもフローと同じようにすごい没入状態、すごい集中状態ということで、自然にクリエイティブになり、ものすごい高いパフォーマンスを上げたり、生産性が高くなります。こういう状態の時には何が起こるかというと、自分の意識が弱くなるので周囲や世界と一体化するという現象が多く報告されております。普段と違うレベルの認識が起きてしまうということが報告されています。フローやピークエクスペリエンスに似た他の状態でゾーン状態がありまして、スポーツ心理学などでよく出てくる状態です。フロー状態とゾーン状態はとてもよく似ているので分かりやすく区別しようということで、茂木(健一郎)さんは「フロー状態の中で最高の状態だけをゾーン状態と呼びましょう」とおっしゃったんです。ゾーン状態というのは実際にどういうことかと言うと、スピードスケートの選手が自分が滑るべきルートが光って見えちゃうとか、動いているボールが止まって見えちゃったり、ラグビーの突っ込んでくる相手選手がゆっくり見えちゃったりということが起こります。そういう認識の変化というのはこちらのピークエクスペリエンスで言うとB認識(B=Being=存在・生命)ということに相当致します。

フローとかゾーンを見てみると人間の可能性とか潜在能力というのは果てしない。果てしないのがもっと先に行ったらどうなっちゃうかという話が次の話です。

簡単な図でいきますと、最初にフロー状態があり軽い神がかり状態だとしますと、それをもっとすごいものにすると先ほど言ったようにゾーン状態になり、それをもう一段すごくすると実際に神のようになってしまう状況というのが西田哲学の純粋経験ということでございます。純粋経験とは何かと言うと、フローとかゾーンとかそれからピークエクスペリエンスと同じようにこれも高い没入・集中状態のことを言います。この集中状態を主客合一と西田は呼んでおります。西田自身の言葉で「自己の意識状態を直に経験した時、いまだ主もなく客もない」という表現で言っております。「色を見、音を聞く刹那のごとく」ということは考える前の状態です。我々の普段の経験のように知性が働く前の状態のことを指しております。考える前の状態は何かと言いますと、例えば誰かが「バラの花を見て」と言った時には、私がバラの花を見てというように主体と客体が分裂している状態です。今皆さんが行っている西田哲学について考えている状態は私と西田哲学という風に離れている。私が対象について考えているという分裂が起きてるんですが、西田が言ってる純粋経験というのはその前の状態のことを指しております。それが意識が統一している状態だということで、それが宇宙全体の統一力であるということが純粋経験説の一番の中心の主張の1つということになります。

超簡単に西田哲学の歴史を言いますと、一番最初に純粋経験というのがございまして、それから自覚というセオリーがきて、それで一番有名な絶対無と場所というものがあって、それから行為的直観という言葉が出てきたり、絶対矛盾的自己同一という難しい言葉が出てきて、それから逆対応という言葉が出てきて、色々クリエイティブに言葉をボンボン出してきているんですが、西田哲学の一番すごいと僕が思っているのは一番最後の場所的論理と宗教的世界観というこの本なんですが、この本に西田の大切なことが書いてあると思っております。

『善の研究』という本についてお話ししたいと思います。

この純粋経験というのはとても幅が広すぎる概念で、禅でも小さい悟りがあったり大きい悟りがあったりというようなことが白隠禅師とか有名な禅の方が言われたりするように、純粋経験はあまりに幅が広いので読んでる方は簡単に混乱してしまう部分も含んでいます。西田は1870年に生まれて、1945年に75歳で鎌倉で亡くなったんですが、たぶん皆さんは京都の哲学の道って聞いたことあると思うんですが、この哲学の道は西田の昔の散歩道であるということで、南禅寺の上からだいたい銀閣寺までです。西田の純粋経験とフロー状態と先ほどの至高経験=ピークエクスペリエンスっていうのはとても近いところもあります。集中状態、没入状態について書いています。普段の自分の力をはるかに超えたようなものが出てくることもある。そしてものすごいクリエイティブな状態になるということです。ただし、純粋経験とフローというのはたくさん違いもあります。今回は共通点についてお話ししてますが、実はたくさん相違点もございます。例えばフロー経験っていうのは条件的な幸せ、こういう条件が整ったら幸せになれますという経験なんですが、西田の場合は条件が全くなくて幸せになるっていう条件は取りましょうという方で、ある意味では真逆ということになっています。人間にはものすごい能力が眠っているのは明らかなことで、例えばサヴァン症候群なんかですと、数学の天才のダニエルさんという方は数字が色や感情のように見えて動きを感じて、ものすごい複雑な数式をあっという間に解いてしまう。横で大学の先生が数式をコンピュータに入れてる間にもう答えが出てしまったというコンピュータよりも早い才能をお持ちです。円周率2万桁を暗唱してしまう方なんですが、このサヴァン症候群も集中力というのがとても特徴的だと言われております。

U理論について

それからもう1つは最近よくビジネス界で注目されているU理論という理論がありまして、これはリーダーシップの開発です。

これも三木さんやフロー理論や西田ととても近いことがいっぱい書いてあります。自分の内面状態がとても大切で、外面状態にあまりフォーカスしないように、それからいつもの小さい自分を捨てるということで、本当の自分にアクセスするというようなことです。現代の時代の流れがあまりにも早いので、そういう不確実な時代では過去の習慣的なパターンから考えてもいけないということで、自分の内面に入り作業をするような理論です。このU理論でも先ほどの純粋経験と同じように主客の同一ということが起きてくると言われております。例えば観察するものと観察されるものとの境界がなくなるということです。

ちなみに基本的には内在的超越論について話したんですが、ソクラテスは内在的超越論じゃないんですが、ソクラテスのことをここで簡単に言いますと、ソクラテスも「自分を捨てなさい」ということを繰り返し言っている方です。『パイドン』という本がここにあります。

パイドンという本は死ぬ前に書いたようなんですが、「思考が最もよく働く時は肉体の感覚から離れている時、魂だけの時に思考が最もよく働く」と。今我々の普通の現代文明ではこの肉体的な意識の状態で考えることが考えることだと。理性的っていうのがこの肉体的な普通の意識状態で一生懸命考えることだということになっていますが、ソクラテスはその逆で「肉体から離れていない時っていうのは本当に考えることができない。そういう場合は哲学をするゆとりを失うのだ」と言っています。ここでも先ほどのフローとかと同じように日頃の自分を離れるということが繰り返し話されています。

この5冊の共通点から何が言えるかというと、まず集中や没入状態に入ることがとても大切であると。この集中や没入っていうのは自分のやっている行動とかアーティストだったら自分の作っている音楽とかそういうものに入り込むということがとても大切です。入り込むと自然と没我状態というか、自分を忘れる状態に入ると一体化が起きます。何と一体化するかと言うと自分の行っている仕事と一体化する人もいるし、自分がいる環境と一体化するという場合もありますが、そうすると超越的な能力が立ち上がり、すごく大きなことが起きてくる。こういうような能力がなぜ発揮できるのかということについて、西田は「自分の中に宇宙があるので、自分と外にある宇宙と実は同一で重なり共鳴しています」と言っています。これを西田の言葉で言うと「自己と宇宙は同一の根底を持っている。ただちに同一物である」いうようなことを繰り返し『善の研究』で言っております。これが段々他の言葉に変化していきましたら、西田自身っていうのは経験論者で経験するのがとても大切だという風に何回も話しています。「宗教は神明上の事実である。哲学者が自己の体験から宗教を捏造すべきではない。哲学者はこの神明上の事実、神明上の事実っていうのは絶対無の場所なんですが、哲学者はこの事実=絶対無の場所を説明せねばならない」っていうことですので、最初に絶対無の経験がきてその次に哲学が来ると。だから「まず経験しなければ説明もできませんよ」と言ったんですが、どうやって経験するのかっていうことになるとその方法論が全然書かれていないんです。方法論が欠如している。瞑想などのことは書いていないということです。

クリエイティビティやイノベーションについて

クリエイティビティやイノベーションということで言いますと、集中・没入状態から西田的には自分の中の宇宙に入ると。自分の宇宙に入ると内側と外側が結局は同じですから、外側のものすごいものにアクセスすることになるので、すごいインスピレーション能力が高く、クリエイティブな能力が発揮されることになるかと思います。そこの具体的な話や実例については実はU理論の本にいっぱい出てきて、もちろんU理論と西田哲学は全然違うんですが、結構役立つ実践的な事例が出てきて、自分の内面からどうやってインスピレーションを得るのかっていうことはたぶんU理論が分かりやすいかなと思います。今回西田哲学の応用部分についてお話ししてるんですが、そういう高いパフォーマンスを上げることと精神修業的なことはかなり高い相関性があると。にもかかわらず日本のビジネス界や教育界はあまりこの辺に気がついていないということです。

啐啄同時と言う禅語がございまして、それは自分の中の小宇宙と大宇宙が共鳴していますと。例えば中にいるヒヨコが殻を突っついて外に出ようとする動きと親鳥が殻を壊そうとする動きと2つが同時に起きるというようなことを西田は逆対応という言葉で表現しました。東洋の中でしかこういうことが言われてないかと言うと、こういう西田に関係するような話はいくらでもあります。スピノザとかライプニッツとかそういうものもあります。

仏教哲学で言うと華厳宗と関係しています。これを西田は絶対矛盾的自己同一という近代的な方法論で表現しました。東洋では例えば日本の芸能なんかでは自分を忘れる、捨てるという方法論が今まで実は発達してきて、例えば合気道の植芝盛平さんみたいなパフォーマンスはそういうことと非常に関係しているんじゃないかと思います。

神がかり的なものすごい状態だと体験者には何が起こるかと言いますと、フローとか至高体験を読みますと時間や空間が変化するということがいっぱい報告されています。西田でも絶対現在という言葉がありまして、神がかり的な高いパフォーマンスを上げるためには時空間が変化するぐらい集中できたと。時空間が変化するぐらい集中するというのは自分がないっていうことですので、自分から離れるために日頃から時空間に囚われないで小さい自分を捨てることができればそういうのにつながってくるんじゃないかと。ちょっとそれは難しいなというところがありますが、どうやって自分を捨てるのかというとZen2.0とたぶん関係するかと思いますが、スポーツ心理学の辻秀一先生は心エントリーという言葉で説明されております。「心の良い状態が自然にフローを呼ぶことで、自然にフローが出るようにいつも心の良い状態を目指しましょう」という意味で心エントリーという言葉で表現されております。人間は普通は結果エントリーで結果優先で入っちゃうわけです。「結果優先ではなく心の状態を優先しましょうよ」ということを申しております。それを僕なりに解釈すると例えば他人を応援する、特にライバルを応援しちゃう。そうすると小さい自分を捨てることになりますし、それから他人を尊重する。特に苦手な人まで尊重できたらこれまた普段の小さい自分から離れるきっかけを作れる。もしくは他の人に親切にする。特に避けてる人にも親切にできればいつもの小さい自分から離れられる。そういうようなことを繰り返して意識化していくというようなことになります。

最後に、今回は西田の応用について話させていただいたんですが、仏教では精神成長とか本当の心の中に潜んでいる深い話ですので、単に資本主義に飲み込まれるっていうことは良いことではないと思っていまして、社会への批判原理というか対抗原理としての一面もありますので、その辺のギャップの取り方がとても難しいと思います。西田は方法論がなくて瞑想についてほとんど何も話していないことから考えますと、今の時代だったら瞑想の可能性を逆にアピールすることが世界の肯定になるのではないかと思っております。ちなみに今の現代社会っていうのはある意味で鎖国状態で、我々が普通住んでいる意識状態以外の状態とうまく離れられないような、ある意味で江戸時代の鎖国状態みたいな時が今の状態ではないかと思っています。そういうような状態を解くためにも西田の言っているフローとか色々なことを経験しつつ現代文明がもっと成熟してバランスのあるものになったらいいんじゃないかなと思っております。ありがとうございます。

三木:どうもありがとうございました。


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