MMS154村上さん

「他者と比べない、争わない、戦わないという『無敵経』の教えを拡める」株式会社創 代表取締役 村上肇さん(2017/09/22対談)

●ご挨拶と出演者紹介

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三木:マイクロモノづくりストリーミング第154回、本日も司会は株式会社enmonoの三木が務めさせていただきます。本日は株式会社創の村上さんにお越しいただきまして、新しく生み出された『無敵経』のコンセプトを色々と伺っていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

村上:お願いします。


●enmonoとの出会いと自己紹介

三木:村上さんと私の出会いなんですが、以前のNCネットワークという会社に私勤めておりまして、そちらのほうで村上さんが二六製作所という磁石を作る会社にお勤めで、NCネットワークのほうに登録をされていて、非常にWebを通じてEC販売に成功されたというところからのお付き合いなので、あれは何年ですか?

村上:98年だと思いますよ。20年ちょい。

宇都宮:そんなに前?

三木:20年ぐらい前に私はその時31かそこらでなぜか学生をしていました。それで研究対象として村上さんの会社を色々根掘り葉掘り……。そこが出会いで紆余曲折を経て今に至るということなんですが。

宇都宮:村上さんも紆余曲折が色々あったんですか?この20年で。

村上:色々ありますけど割と20年は一直線ですね。ネットに携わって20年なので、ずっとそれできてますよ。

三木:20年前に磁石がネットで売れるとは誰も思ってない時代ですね。

村上:僕も思ってなかったですから。

三木:決済とかも何もないですもんね。

村上:97年に僕はネットで磁石を売ろうと思ってホームページを立ち上げて。97年4月に楽天がオープンしてますから、そういうショッピングカート的なものもあったように思います。

宇都宮:楽天に掲載してたわけじゃなく?

村上:楽天は関係ないですけど、他にもショッピングカート的なものもありました。ただ僕がその会社で作ったのはホームページでまだショッピングカートはつけてなかったんです。カートをつけて売るようになったのは99年で2年後ぐらいです。それはもうオリジナルのカートを作ってもらってやりました。

三木:その時って最初は振込決済とか?

村上:振込ですね。請求書とかBtoBも多かったですから。

三木:そんなに来ると思わないじゃないですか。BtoBだから値段も何万とか何十万とか…

村上:それは普通にネット経由で仕事が来るだけであって、取引は通常のやり方ですね。大企業とか手形とかもありましたし。

宇都宮:大企業からも問い合わせがあったんですか?

村上:ありました。97年に立ち上げて一番最初に大きな仕事が来たのは、三菱重工広島製作所。

宇都宮:すごい。研究職の人?

村上:そう。倉庫とかの自動運搬で地面のほうに磁石を引くので、もうちょっと強力な永久磁石でやりたいということで試作で。試作といっても40~50万の仕事になったのは覚えてます。

宇都宮:それがネット経由で?どういう感触なんですか?「きたー!」っていう感じなんですか?

村上:「きたー!」というか最初の頃はすごいなと思いましたね。今まで営業なんてやったことがなかったのに向こうから探して来てくれる。その頃東京大学宇宙線研究所っていうところからもメールが来たりしてました。東大から滋賀の田舎の会社にメールが来たみたいなのでびっくりしましたよ。インターネットって革命だって当時言われてて、今はもう空気みたいになっちゃいましたけど、革命だったと思いますね。本当にあり得ない。お客さんが向こうから来るという、色んなところと取引も始まったし個人の方も磁石を買いに来るし、それでショッピングカートを作って売るようにもしたんです。

三木:確かに海外の本とか学術書を読めば、ECというものがあってそれがオンラインでもあり得るみたいな仮説的な話なんですけど、それを日本の町工場が何十万の仕事をオンラインで売ってるっていう、20年前ですからね。

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村上:97年9月1日にホームページをオープンして、12月末で締めたら120万ぐらい売上があって、そのうちの40~50万が広島製作所、あとはいろいろ。その次の98年はネット経由で年間1,600万売れた。

三木:その時ってSEOという概念は全くないですよね。

村上:ないです。SEOという言葉すらないです。

三木:みんなどうやって調べて来られたんですかね。

村上:やっぱり磁石とかで探して。磁石ってこっちもどこに売りに行ったらいいか分からないんです。大手で使うところは分かってます。ハードディスク作ってたりスピーカー作ってたりすれば磁石がいることは分かるけど、そんなのはもう大手同士でやってるので、本当に小さなニーズなんです。さっきのやつもちょっとした不便で自動で動かしたいけど磁石をどうやって手に入れたらいいか分からないとか、ちょっとした不便から探すわけですよね。探して来られたら、マグネットワールドというホームページが出てきて、色々問い合わせにも答えてくれそうだということでどんどんメールが来て、それに答えてやってると98年1,600万売れて、99年にはショッピングカートをつけたら4,900万売れた。

宇都宮:会社全体の年商は?

村上:会社全体の年商はたぶん業績が悪くなってて、もう1億ぐらい。だから3年目でプラス5,000万になったわけです。2001年の5年目は1億6,000万ぐらい売れたので、会社の売上が全体の2.5倍になりました。

宇都宮:村上さんのそういうチャレンジで。

三木:それでその後会社を独立された?

村上:そうですね。その頃はもう2001年になってましたから、ネット通販っていうのはどんどん盛んになって、楽天も大きくなってヤフーショッピングとかできて、通販で小売りをするというのは一般化してきてたと思うんですけど、まだまだ製造業というのはそういう意識がない。「磁石だから売れたんだろ」みたいにとにかく線を引くので、そうじゃなくて…

宇都宮:toBではなかなかということなんですか?

村上:加工技術でも売れるし、もっと本当にあり得ないことが起きる。自分たちのやってることをちゃんと伝えたら向こうから問い合わせてくる。垣根なく東京大学も来るし三菱重工も来るし。そこに入り込んで営業してというのはまず無理な会社が、本当に超大手の企業との取引も何社も始まりました。そんな大きな取引じゃなくて総額で最後の年1億6,000万ぐらいですから、大きくても数百万ぐらいのレベルですけど。

三木:町工場にとっては大きいですよね。独立されてから何を始められたんですか?

村上:独立したきっかけは、二六製作所というところで5年Webマスターをやって、製造業とネットの可能性というものが身に染みて分かったから、製造業の人は下請けで買い叩かれるとか、その頃ちょうど空洞化と言われて海外にどんどんシフトしていく、国内の下請け企業の仕事がなくなるみたいな話もあって、それはそこの一社に依存しているからだから、依存するんじゃなくて自分たちの技術や、やってきたことをちゃんと伝えたら、必ず困っている人はいて、会社はあって引き合いあって仕事につながるから、もっと情報発信しましょうというのを伝えたくて独立した。セミナーで話をしたりネットでどうやったら伝わるか売れるかみたいなコンサルで1人で独立したんです。それが2002年の初めです。

三木:村上さんはもう講演伝道師みたいな1,000回を超えて講演をあらゆるところで…

村上:そこから講演をやって17年目ですか。17年で1,080回ぐらいです。

三木:すごい。話の内容はどういう内容ですか?

村上:基本は一緒なんですけど「情報発信しましょう」「自分たちの価値を伝えましょう」。自分たちの価値が伝わったら選んでもらえる、ということはそれでもうメーカーだと僕は思ってるんです。最終商品を作るというだけがメーカーではなくて、加工メーカーとか部品メーカーになれる、自分たちのやってる技術やその製品をちゃんと伝えて選んでもらって買ってもらえれば、それが一つの独立自尊になるし、メーカーの立ち位置になれますよということで、それをずっと伝えてきました。

三木:基本的な話ってその当時と今ってあんまり変わってないんじゃないですか。

村上:あんまり変わってないです。

三木:17年間同じことを1,000回言い続けた結果、村上さんのコンサルティングを受けた会社は変わってきましたか?

村上:多くのところで成果が出てると思いますね。製造業でも今や製造業専門のホームページ制作とか、色んなコンサルティング会社もやり出してるので、製造業の人がネットなんて全く見向きもしなかったところからは、20年で大きく変わってはきていますね。


●最近の変化とzenschool受講の経緯について

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三木:それで17年を経た後、また次の変化を迎えられたわけですが、どのような?

村上:そうですね。20年前磁石を売ってた時代からいくとネットに携わって20年ちょうど経ったんです。この2017年9月1日で20年経ったんです。

宇都宮:20周年記念なんですね。ちょうど今。

村上:ちょうど20周年動画になるんですけど、20年経ってちょっと飽きてきたのもあるんですけど(笑)、お役に立つのでもちろんこれは続けていくんですけど、もうちょっとネットの活用を話すということではなくて、何でネットに僕が惹かれたかとか、なぜインターネットというものがこれだけ20年もずっとやれてるのか、その本質的なところに“戦わなくていい”というのがある。見える市場でパイを奪い合うとか競争するとかいうのがビジネスだという時代が長く続いてたんです。それも市場がどんどん大きく伸びてる時は奪い合っててもいいんですけど、今縮小してきて人口も減ってきてる中でそれをやると疲弊していくばかりなんです。見えてるマーケットというのはどうしても奪い合いになりますから、ネットだとみんながつながりっぱなし、グローバルビレッジというか一つの村みたいにつながってるので、自分が「こういうことをやってますよ」と言うと「それがほしい」という人が、見えないけれども必ずいる。そこにちゃんとアプローチをしてやれば戦わなくてもいいということです。僕はずっと「SEOなんていらない」とよく言ってたんですけど、あれも競争してるんですよね。検索上げてシェアを奪おうとか、そういう考え方はネットには合わないから。SEOっていうのは本来の意味は検索を上げるという意味ではないので、間違った捉え方をした業者さんたちがたくさん出てきた。もう今はあんまり下火になってますけど、グーグルが日本で使われ出した頃、2003、4年ぐらいからもうSEO、SEOって5、6年前までそればっかりになってしまって、これが僕にとってはネットをおもしろくなくしている。「そんなことしなくても自分に合うお客さん、自分が喜ばれる市場っていうのは見えないけどあるから、そこにちゃんと発信すればアプローチできれば戦わなくていいよ」ってまた言い出してたんです。

三木:その変化というのはいつぐらいですか?自分でやってきたことから次に移行したくなってきたというのは何年ぐらいですか?

村上:やっぱりここ1、2年ですね。

三木:確かに村上さんが発信してる情報を見ると少し変わってきたなというのは感じていて、それでコンコンと「zenschool行きませんか?」というのがある人の経由で来たと。

宇都宮:大熊さんの…

村上:塗装屋さんの強い誘いがあったんです。

宇都宮:東大阪の塗装屋さん。何て言われたんですか?その方は。

村上:何て言われたかというか、その前に変わってきたのは何でかというとSNSです。検索一辺倒、SEO一辺倒だったのが、SNSが出てきてFacebookとかそういうSNSツールがすごく優れたものが出てきたことによって、探さない時代に入ってきたんです。シェアするとかつながってる人の紹介、自分で何かを探して買うという選択肢だけではなくて、紹介してもらったモノ、この人が言うんだったら買うとか、そういう風にまた意識が変わった。これも戦わないんです。そっちがどんどん広がっていって、そうなってくると、僕はずっと発信してきたことはマーケットインだったんです。製造業の人たちに自分たちが持ってる今ある価値、今役に立ってる技術や部品をそのままストレートにちゃんと伝わるように発信すればマーケットがありますよ、すでに求めている人がいるよということだったんです。あんまり勧めてなかったのは、製造業の人たちは自社商品開発がしたいんです。僕もそうだったんです。最初磁石を売る時も、ネットで売るんだったら新しいモノを作って売らないと売れないんじゃないかと思ってたんだけど、そういう資金もなかったし僕サラリーマンでそういうこともできなかったので、あるモノを発信したら売れたのでそれにいったんです。だけどそれをずっと10年、15年売ってきてそこでは成果が出るんですけど、「もっとこんなのを作りたい」と言ってる人たちがいても僕は止めてきた。「探せないモノは売れないからやめておけ」ということで止めてたんです。だけどそれがどんどん変わってきて、シェアして買ってもらえるということは別に探せなくてもいいわけです。そうなってきた時にこれからはどっちもありだなと。そしたらその人が「楽しい」「やりたい」と言ってることを止めることはよくないので、やりたかったらやってもらったらいい。それで伝え方が今までと違うだけであって、SNSで自分の仲間をちゃんと作っておけばそれを紹介したところで広がっていって、どれだけ売れるかは別にしてその人が本当にほしいモノ、本当に作りたいモノであれば売れるチャンスはどんどん出てきてるので、そこでここ2、3年で変わったのはSNSの影響がありますね。ネットが探す検索マーケティング一辺倒だった時代から、SNSでシェアして買ってもらえるとか商売ができる時代になってきたので、それによって意識が変わった。三木さんとか宇都宮さんがやってるのを見てて、「これならいけるな」と僕も思ってたということです。


zenschoolで得られたこと

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三木:そしてzenschoolに入って来られて何を…

村上:入るきっかけは大熊さんの強制的な誘いですけど、それもいいきっかけだと思ってすぐ来たら「行きます」と言って二つ返事でやった。何かきっかけがほしかったのでそれでちょうど良かったし、本当にこれでいいのかなともやもやしてるところもここ1、2年あったので入ってみてそれでスッキリしましたね。

宇都宮:初日水天宮の白い部屋に来られて…

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(zenschool東京開催場所は西村拓紀デザイン株式会社のアイデアルームを使います。)

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村上:そうそう。東京に行ってzenschoolに入って、瞑想とかには元々座禅断食も行ってるし抵抗ないんですけど、どんな体験ができるか楽しみに行ったんです。それでワクワクを引き出すという、ワクワク・トレジャーハンティングをやった時にブワーッと湧いてきましたね。

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三木:何が湧いてきたんですか?

村上:10歳の夏休みの感情とか体験が湧いてきて、今何で自分はもやもやしてたのかとか、ネットで20年やってきたのはどういうことだったのかとか全部つながって、僕のワクワクは“道を拓く”ということなんです。新しいことをやりたがるんです。新しいことが好きというレベルではなくて、新しいことがしたい、行動まで伴ってしまうんです。

三木:必ず新しいことにチャレンジする、行きたくなるんですね。

宇都宮:でも失敗もあるじゃないですか。新しいことをやったりすると。それも含めて?

村上:それも含めて楽しい。それが一番のワクワクなんだということに気づかせてもらって。

宇都宮:それまではそんなに意識してなかったんですか?

村上:でも新しいモノが好きとかそのレベルはありました。これかなとか思ってたんですけど全部つながったので、何でこのインターネットで20年も食えたかと。結構挫折してるベンチャーとかいっぱいいるじゃないですか。

宇都宮:結構たくさんいますよね。

三木:よく20年食べられましたね。

村上:それが続いたというのは自分のワクワクと結びついてるから、そこのエネルギー源が強かったというのが一つあると思うんです。もちろん周りのおかげもあるんですけど、ネットって本当に世の中を変えるモノだというのを、特に1冊の本がマクルーハンの本があってそれを読んだ時、「これが世の中を変えるんだ」ということは道を拓く人間にとってはめちゃめちゃワクワクする。

「そうなのか、これか」と。「これは怪しいモノではなくて世の中を変えるモノなんだ」と信じ切ってスタートしてるんです。その通りだったら良かった。あれで本当にネットワークビジネスとか信じ切ってやってたかもしれないですけど(笑)。

三木:ネットワークビジネス(笑)。

宇都宮:紙一重ですよね(笑)。

村上:紙一重ですけど本能的に分かるんでしょうけどね。それでずっとやれたというのはあって、ここまで来てインターネットがまた本質を表してきたわけです。要するに検索マーケティングしかないインターネットはまだまだ本物じゃないんです。このSNSと言われる今のFacebookを始めあのツールのやってることがもっと進化するかもしれないです。そういうツールは人と人をつながりっぱなしにしてしまう。スマホとSNSツールが20年経って本当のインターネットを見せてきてると思うんです。そこまで来たら誰でも普通にできるので、「ネットをこうやって使いましょう」とか「SEOをこうしましょう」とかそんなことはもうよくて、本当に小さくても個人であっても自分の価値というものがちゃんと伝われば、マーケットがあるし自分の本当にやりたいことをあきらめずにしっかりやれば、ビジネスとしても成り立っていくとなった時に、もっとそこを研ぎ澄まして伝えるというか、戦わないという言葉は否定語なので『無敵』という言葉に出会うんですけど、『無敵』という考え方をもっと広めたら、もう空気のようになったインターネットの時代、SNSの時代に商売も人間関係も全てうまくいくんではないかと思って、それを伝える人になりたいということですね。

三木:それで生み出されたのがこちら(動画)になります。


●『無敵経』について

<動画>:【無敵とは】肯定的な言葉で戦わない、争わない、比べない、競わないというのをもっと伝えていけたらいいんですけど、否定形よりは何か言葉がほしかったんです。

【無敵経】『無敵経』という『教』にしてないのは僕の教えじゃないということです。僕自身から教えるということではなくて、自分が体験してきたこと、得られてきたこと、感じたことや今思っている思想、そういったものをそこに綴る。お経の『経』なので経典のようにそれが存在してメディアがあって、それに共感してくれる人が増えるのが目指すことです。

【無敵の経典を創る】昔は目の前にいる人にだけ伝えて、それが広めたいと思う人だけが広めていったわけですけど、いきなりメディアとして経典をそこで生み出していく。双方向のメディアなので自分も発信するけど色々突っ込んでくる人もいるだろうし、色んな人との関わりの中で発信されるものが経典になっていくというようなイメージです。

【無敵経の目指すモノ】言葉としては怪しいしたまに「壺売るで」とか言いながらも自分としては今まで伝えてきた『無敵』という考え方、思想であったり実践方法であったりそういうことをストレートに伝えるというのでいままで接していない人にも「こんな考え方があるんだ」ということに気づいてもらって、ふと我に返る人が一人でも出てきたらやってきた甲斐がありますよね。本格的に『無敵経』を広めるのです。

三木:『無敵経』とは何なんでしょう?

村上:ネットが絡んでくるんですけど、宗教と言えば宗教だし。子供の頃からすごい競争させられて学校とか嫌だったんですけど、そういう中でずっときて、そうでない時代が来てるというのをもっと伝えたい。その時の在り方っていうのはこういう風にあるほうが生きやすいし、物事がうまくいきますよということを伝えていく。それを今Webがあるのでそこをメディアとして捉えてそこで発信していく。そこに情報を集約することによって、昔のキリスト教でも仏教でも全部お弟子さんたちが経典として書き残したわけですが、いきなりそこに経典のように『無敵』の生き方、考え方、在り方っていうのがあるというものができたらおもしろいんじゃないかなと。新しい時代の経典みたいなものがそこに存在するというものを創りたいなということです。

三木:それは哲学なのか宗教なのか。

村上:どうなんですかね。何なのかはまだ分からないです。宗教っていうものでもないしね。どっちかと言うと哲学寄りかな?

三木:仏教も宗教じゃないと言われますが、あれは哲学だと。科学であって哲学であると。

村上:信仰っていうのは知恵ですもんね。結局そのお釈迦さまは信仰してくれとは言ってないし、むしろするなって言ってますからね。だからそういう意味では近いですよね。

宇都宮:そういう情報発信をzenschool卒業後はし始めて約2~3ヵ月、何か変化はありますか?

村上:WebとかFacebookとかでやっていくとは言ったもののあんまり動いてないのは事実なんですけど、ちょっと違う方向に動かされてるというか、結構セミナーの内容に『無敵』という言葉を入れていってるんです。Webの本質が無敵だと僕は思ってますから。これは商工会のセミナーのチラシをうちで作ったんです。

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『Webで戦わない無敵の経営を実現する』なんてタイトルでチラシを。商工会さんで4回連続講座の講師を受けてるんですけど、いつもの印刷屋さんにチラシを依頼すると堅いものになってしまうから、「『無敵経』らしいはじけたのを作ってくれ」って言われて作ったんですけど、これが採用されそうなんです。

宇都宮:はじけてもいいっていう感じなんですか?

三木:商工会も変わってきたんですね。戦わない方向に。

宇都宮:どちらの商工会なんですか?

村上:岡山です。岡山県商工会連合会の委員会ですね。結構セミナー依頼が来た時に僕は『無敵』というのを入れて、基本しゃべってる内容はそんなには変わらないですけどもっと無敵色を強くしていて、無敵経の布教活動と呼んでるんですけどそれを最近させてくれるんですよ。

三木:セミナーという布教活動ですね。

村上:そうです。だからメディアで発信するとかちょっと遅れ気味ですけど、傍らセミナーで今それがすごく受け入れられた。

宇都宮:リアルなFace to Faceの。

村上:今回(滋賀県)高島市でも2回やったんですけど、SNSの活用というセミナー4回講座、これは小畑さんに動画と写真の撮り方を2回入ってもらってやって、その講座全体のプロデュースと講習を僕はやって、基本小畑さんも一緒に言ってくれたんですけど、「SNSの本質って何かと言ったら良き仲間を増やすことだ」と言って、いきなり集まったメンバーの自己紹介をめっちゃ長くやって、3時間の講義が自己紹介で終わりそうになったんですけど、「それでいいんですよ」みたいなことを言って…

三木:(笑)「これがSNSです」と。

村上:みんなSNSのツールを教えてもらえるんだと思ってたら全然違う。でもそれが意外に受けが良かったという話で、また引き続き秋にもやるんですけど。割とお堅い商工会であったり中小企業支援施設であったり、そういうところの人たちも意識がちょっと変わってきた。

宇都宮:来場して実際聞きに来てる人の反応はどうなんですか?

村上:反応は良かったんですよね。

宇都宮:でも期待値は違うわけでしょ。元々の期待値とは。

三木:良い意味でずらされたんじゃないですか。期待を。

村上:自分が自信を持って言うからかもしれないですけど、もやもやしてたところから吹っ切れてるので、もう無敵でいいと。だから商工会の人たちも圧倒されてるのかもしれないですけど(笑)。

三木:『無敵経』と言いつつ本業にどんどん本業に……

村上:仕事がまた増え出したんです。一旦去年で色んな連続講座が終わったりしてもうセミナーの仕事はなくなるのかなと思ったら、今度無敵って言い出してから無敵で仕事が増えてきてる。

三木:いいじゃないですか。

宇都宮:すごいですね。会社の業績も?

村上:会社の業績も今年はいいですね。去年一昨年と良くなかったんですけど、自分がもやもやしてたらいけないですね。

宇都宮:やっぱり違いますか?経営者が吹っ切れると。

村上:自分は分からないですよ。同じようにやってるつもりだけど、そんなに顔に出してるつもりもなければ、だけど違うんでしょうね。

宇都宮:結果に表れてくるということですか?

村上:たまたまなのかもしれないです。それは分からないけれど。

宇都宮:でもzenschool卒業生みんなそういう分からない変化が起きてるのは確かなので。

村上:だからあの時に取り出されたワクワクが明確になったことによって意識が変わってる。これでいいんだと。

三木:意識が変わると現実が変わってくるという怪しい世界へようこそ(笑)。


●肯定する、受け入れるという意識の変化

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宇都宮:三木さんとか僕ら言ってたことってzenschoolを実際受講してみて印象変わりました?受講前はたぶん違う印象を持ってたかもしれないですけど。

村上:2009年の頃は僕は否定派だから。

宇都宮:プロダクトアウト的なもの。

村上:特に当時は本当にプロダクトアウト、そんなに無理して作ってうまくいってるところもあるけど、確率は悪いだろうなと思ってたんです。売れればいいけど売れない商品がたくさんできてしまってるだろうなと思ってたんだけど、その意識が変わってきたのはさっきのSNSの話ですけど、そうではなくて本当にやりたいことだったらやらせてあげれば、どれだけ儲かるとかそういうことはあんまり気にしなくてもいいんじゃないかなと思えるようになったし、だからそういう意味で色んなことを肯定するようになったことで、相手に受け入れられやすくなった。それが本業につながって。

三木:最初は僕らもモノだったんですけども、モノではなくなってこういう自社宗教が生み出されちゃったので。

宇都宮:自社商品開発講座から宗教が生み出されたって(笑)。

三木:あるいは色んなサービス、製造業でもサービスを発表する人が増えてたりとか、あとはAIの技術者がものすごいAIを生み出しちゃったりとか、あまりモノにこだわらないことが増えてきて。

村上:基本何でも受け入れようということになって。自分の一つの本にまとめたやり方っていうのは確実性はあるんですけど、コンテンツマーケティングを含めた課題解決とかの製造業の情報発信っていうのは確実に成果が出てるので、だからあれ以外のところはちょっとやめておけというところが良くなかったんだと。それに乗ってくれはった人はいいんですけど、そこ以外のところは止めるので否定されるということになるからそれはやったらダメだと。

三木:僕らの豊田市の発表を見て衝撃を受けたそうですね。どういうことで衝撃を受けられたっていう?

村上:絶対止めてるというのがありましたね。

三木:前の自分だったら止めてるみたいな?

村上:あの瞬間では僕は一応否定したらダメってなったから言わなかったけど、無理ちゃうん?みたいなのがありましたね。

三木:でも彼は今元気にその道を進んでいます。何でもいいんだよっていう、その人がやりたければ…

村上:あれは衝撃だった。それからまわりでも色々起きてるんです。

宇都宮:村上さん周辺でも?

村上:そう。キノコの山専用皿っていう皿を作った信楽焼きの窯元とか。

キノコの山とタケノコの里の対決っていうのがあって、「専用皿を作ったら売れるんじゃないか」って冗談で言ったら本当に作ったんですよ。シェアされまくってその皿300枚ぐらい売れてると思います。そういう時代だなと。本当にいいモノ、必要なモノとかは大企業が作るしどこかにあるし別に作らなくてもいいんですね。儲かりそうなモノとか役に立つモノとかそういうものはみんな考えてるから。

三木:そうじゃないモノ、文明が進化して利便性じゃない方向に文明が行くと、何か心の機微というか楽しいな、ワクワクするな、気持ちいいなとかそういうハイセンスなモノにどんどん行くんですよね。そこはたぶん大企業は苦手なんです。だって説明できないから。中小企業はやっちゃうので。

宇都宮:オーナーがやっちゃえばいいんですよ。先代からたぶん止められると思いますけど。

三木:理詰めのプロダクトはもう大企業にお任せして、中小企業はより感性の方向に製品とかサービスをシフトする時代に。それは本当に戦わないプロダクト。

村上:マスターも戦わないんですよね。

宇都宮:誰とも戦ってないじゃない。

村上:その講座で無敵でやってますけどワクワクの話もするんです。ワクワクと無敵というものを話しすると、そうやっていきたいとみんな思ってるんです。そこを話をしたり色んなワークをやってもらったり、雑談してもらったりすると盛り上がって、これでいいんじゃないかと。別に僕が教えるものなんてないんだと。

宇都宮:かなりゆるくなられたんですか?村上さんご自身は。

村上:ゆるくなりましたね。元々ゆるいと思ってたんですけど、ある部分やり方がうまくいった過去の成功体験みたいなものを守ろうとしてたのか、確かに成果は出るので今でもそれはどんどん伝えてるんです。それはそれで向こうがそれを求めているからいいんですけど、そうでない場合も受け入れて自分のできることをやっていくのが楽しいですよね。


●村上さんの考える「日本の○○」に対する想いについて

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三木:村上さんの考える「日本の○○」についての想いを教えてください。

宇都宮:町工場とか中小企業とかそういったWebの活用の仕方とかWebの未来とか。

村上:日本の経営者かな?経営者の人がまずは一番身近なので、日本の経営者。大企業じゃなくて中小企業の経営者の人には本当に無敵の在り方とかが広がってほしいなと思います。

三木:戦わない経営スタイル。

宇都宮:そうするとKPIが違ってくるんです。指標型のシェアとか売上とかではないところ。

三木:こういう村上さんと一緒に仕事ができるようになるとは思ってもいなかったので、非常に我々もうれしいですね。

宇都宮:今後zenschoolマスターとしても。

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三木:そうそう。時々お会いして「何か一緒にやりましょうよ」って言ってなかなかそれが進まない時だったんですよね。

村上:ありましたね。5、6年前から言ってました?「何かやりましょう」とは言ってましたけど、行きかけては行き詰まりみたいな感じだったんですけど、今回スーッと何の抵抗もなく…

三木:何の抵抗もなく…(笑)。

村上:やっぱりタイミングとかあるんだと思います。僕『川の流れのように』という曲も好きなんです。無理してもしょうがないので。

宇都宮:ご縁もありますしね。

村上:色んなものに逆らわないで生きたいなと思いますね。

三木:今後ともよろしくお願いします。貴重なお時間ありがとうございました。

村上:ありがとうございました。


対談動画


村上肇さん


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