こづち

「蝶ネクタイ今日もめちゃ叱られてた」

このフレーズが私の中で大きな位置を占めるようになってきてから、もうどれくらい経つのだろうか。

蝶ネクタイ?叱られる?
ということはあれか、蝶ネクタイの人がサーヴィスしているような、シュッとした店で、でもオーナーからその動きを叱責され、傍から見ていて「それ以上 いけない」(c)孤独のグルメ(画像略)となってしまいそうな、そんな店なのか。

んー、ますますわからんなー。でも、あれだけ美味いモンを食している御方が絶賛するということは、よっぽどいい店なんだろうなーと思っている私にとってそこは、そう、一種の聖地のように脳内変換されているのである。

「昼メシ食いにいきましょうー」
「いいですね。どこにします?」
「こづち」
「えっ。せっかく遠くから来てるのに?」
「です。こづち」
「ほー。ではそこで」
「やったー」

恵比寿の駅からブラブラ散策。地図を頼りに店の前に着く。「めし処」の看板が美しい。

店の中へ。店内は奥にむかってストレートのカウンター。手前で右のほうにも伸びており、L字型。好きなタイプ。
酒飲む?メシだけ?の問に「飲みますー」と応じ、空いてるところに着席。

「荷物大きいときは奥のほうに押し込んどいたらいいですよー」
「オッ。ありがとうございます」
「さーてどうしましょうかね。とりあえずビールで」
「肉豆腐にオムレツで」

店内をぐるりと眺める。広い厨房では明確な役割分担のもと、ジャカジャカと料理が作られていく。
壁面上部に視線を移す。蛍光灯に明るく照らされた店内に、ほのかな湯気がただよう。壁面のメニューの端の「酒」から順に読んでいく。ビール、みそ汁、ライス….。

そうだ、カウンターが料理で満たされる前にやっておかねば。
「これお願いします」
「…たしかに」

ほどなくして続々と皿が届く。食う。うまい。
一列に並ぶ面前にスピーディに供される皿。流れるように食す。

「…でもやっぱり欲しいのは…名誉…名誉なんですよ…」
「行き着くところはそこですか」
「そうなんですよ。あっすいませーん焼きそば追加でー」
「稼ぐのはいつでもできますからねえ」
「求めても手に入らないもの。それが名誉」
「ふむ」
「そうなんです。すいませんビールもう一本。あと唐揚げとチャーハン」

店内はほぼ満席。遅いランチを取っている上司部下のような男女もいれば、正面斜め下の30センチ程度の空を凝視しながらコップ酒を握るオヤジさんもいる。
滞在する間、短い間隔で客が入れ替わる。その中でひたすら、酒を飲み、タンパク質と炭水化物を摂取する。アルコールの摂取速度と炭水化物の取得量が加速度的に比例する。


やがて、入口から見える外の景色が薄暗くなってくる。
頭がそれにあわせて薄らぼんやりしてきたのを認めた頃、「さてそろそろ」「もどりましょうか」「お疲れさまでした」と互いに挨拶し、各自が店を後にするのであった。


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