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映画感想『哀れなるものたち』

原題「POOR THINGS」

◆あらすじ◆
1度は死んだ若い女性ベラだったが、天才外科医ゴドウィン・バクスターの手術によって生まれたばかりの赤ん坊の心を持って生き返る。ベラはゴドウィンに見守られ、急速に成長していく。次第に自我に目覚めていくベラは、やがて弁護士のダンカンとともに未知なる世界を求めて壮大な冒険へと旅立つのだったが…。


原作は1992年に出版だそうだがまさに“今”がタイミングの完成度高き現代の逸話

こういうアート系の作品は理解されにくい部分はあるがこの物語は“女性そのものの歴史”と言ってイイのだろう。

或る経緯から成人女性の姿で赤ん坊の脳を組み込まれ物凄い速さで世の中を学習し知識を得ていくベラ。
先入観を持たない彼女は、何にも束縛されずに行動する。

その過程で成熟していく女性の生(性)と男権主義や格差社会の現実を見せつける展開は見事。

大胆な性描写、細部に渡って成長状況が表現される衣装、ゴシックファンタジーな美術、モノクロとカラーの使い分けも演出効果抜群。

ブラックユーモアたっぷりのランティモス監督らしさが炸裂!

ベラの奔放さが小気味良く、楽しくて仕方ない!
多岐に渡る知は理不尽な権力を制す!

知識はチカラ。

やっぱりこの監督作品は面白いわ!

役者陣もベラを取り巻く哀れな男達がまぁ哀れで・・・ww
マーク・ラファロの悪役ってのもあまり出くわした事がないからすっごく見応えあった。
嫌な奴だったねぇ。一文無しになった時にはざまぁみろって思ったね(笑)

気持ち悪さしかない!


傷だらけの顔を持つゴッドはもうウィレム・デフォーのはまり役っしょ!
一見彼がフランケンシュタイン博士の様だが実は彼の方が狭く限られた環境で生きる異形なのが見て取れる。

クリストファー・アボット演じる最悪の男尊女卑野郎アルフィーは喋る度に「くたばれ!」って心の中で繰り返した位最悪だったね。

その逆にベラの婚約者となるマックスを演じるラミー・ユセフはイイ人過ぎませんか?って思うくらいベラの破天荒さを受け入れ受け止め心穏やかに待つという信念の人間性を巧く見せたね。個人的にはこの人がこの物語を締めてたって思う。


ベラを演じたエマ・ストーンは観るのは『クルエラ』以来か。
でランティモス監督作品は前作の『女王陛下のお気に入り』にも出てたな。
気に入られた?ww
でも今作のベラは違和感無く観られたのは良かった。
大人の身体で子供の脳っていうかなり難しい役柄だけどその脳と身体のチグハグさはかなり良く演じられてたんじゃないかな?
あのぎこちない歩き方も喋り方もいつの間にかホントに子供が成長する如く自然に・・・女性になって行ったよね。
衣装の素晴らしさも加味してベラには楽しませて貰った。

衣装・・・美しかったなぁ。
と言うか不思議さがあったよな。
トップスが奇抜且つエレガントなドレス調なのにボトムスがショートパンツとか。
成長に伴って衣装の演出にも変化が見られてイイ。


それと色彩!
これ、モノクロだったスタートのロンドンが最後には色付きになってベラにとってのその色彩表現はかなり重要。
女性の人生と前述したがまさにそのものが色でも表現されてる。


やっと色の在る世界を生きられる様になった女性へのエールにも思える。

もう一度言うけど、やっぱりランティモス監督作品は面白い!
ヨルゴス・ランティモス監督ただモノじゃないわ!




◆ネタばれ◆
原題の「POOR THINGS」だが自分の解釈では物語が進むにつれて対象が変化するように思えた。

最初は観客も含め世間の目として異形であるベラを対象に描かれる。
が、ベラがゴドウィン(ゴッド)の手を離れ自立していくとゴッド自体がその対象に思え、ベラが世の中を知り知識を身に付けると今度は男性至上主義な男達に向けての言葉へと変化して行く。

女性は嘗て何の権利も持たず “哀れ”とされたが#MeTooや#TimesUp運動などで権利を主張するまでに至った現代に映画化する意味はとても大きい。

正直観る視点や性別によってかなり解釈は変わりそうだが【女性の権利】と言う意味でのベラの成長はかなりの見応えでランティモス監督の描く進歩的な世界が広がる映像に夢中になる。

面白かったのは、(脳が)子供時代のベラが解剖中のゴッドに自分も人体を切り刻みたいと駄々をこねるシーンだ。
ゴッドは「遺体ならいい」と我がままを聞き入れるがベラは遺体に近づくとそのペニスを指先でチョイチョイと玩ぶ。
成長後もベラにとっては男根がまるで自分の欲求を満たすオモチャの様な描き方でその辺の表現がベラのオモチャにされている男達がさも自分達が女を組み敷いていると勘違いしているのが面白い。

ただゴッドは自らの医学(人体解剖)探求の為にベラを作り、本来その対象物(POOR THING)に私情は禁物、それを抑えながらベラの成長を見守ってきた。
しかしゴッドはベラが一人の女性として生きたい、世の中を学びたいと言う願いを否定しなかった。
それを悔やみ“二作目”を作り、実験対象として扱うがベラと比べてしまう事でその研究の難しさに直面する。

ベラを思う気持ちが報われるラストは彼の存在そのものの証として想いが伝わるシークエンスだった。


次回のランティモス作品もめちゃ楽しみ!
*̥(∗︎*⁰͈⁰͈)˚ゎ‹ゎ‹♡


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