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「生きづらさ」はどこから来たの?バブル崩壊後の宗教観の変化

 令和時代になり、はや4ヶ月。元号が変わる瞬間のお祭りムードから、まわりは徐々に新しい時代に変わり始めている。

 週1回のNO残業デーが撤廃され、『毎日定時で帰ろう』キャンペーンをしている会社があったり、どんどん副業解禁になったり、時代に合わせて変わろうとする気配を感じる。

 一方、面談をしていると仕事でもプライベートでもやりがいを感じられずに「生きづらさ」を抱えている人が意外と多いことも実感する。

 最近増えたかのように感じていたこの『生きづらさ』は、実は平成からだったようだ。

平成の生きづらさとは…

 平成の30年間を宗教的観点から同じ東工大出身の池上彰・上田紀行・中島岳志・弓山達也の4人の識者が振り返った本でそれを知った。平成30年はぼく自身の人生(3〜33歳)とほぼ同じ期間なので、自分の人生史の振り返りのようにも感じた。


 阪神淡路大震災、オウム真理教による地下鉄サリン事件、山一証券破産などは、幼少期の頃なのでなんとなく覚えている程度の記憶だったが、その実態を深く知れた。

 中でも、やはり宗教と関わりの深いオウム真理教について少し述べていきたい。

 敗戦後の日本は、アメリカやヨーロッパ諸国に追いつけ追い越せと必死に頑張り、みごと経済成長を果たした。しかし、1991年頃からバブル崩壊が起こり始め、自体は一変した。

 バブル期は、右肩上がりに成長し続ける日本で不安を感じる人は少なく、みな豊かな暮らしを手に入れようと頑張り続けていた。もちろん、その一方でなんらかの不安を抱え、宗教に入り込む人も存在した。

 宗教にハマる大きな原因は3つ。

・貧困
・病気
・人間関係

 仕事に明け暮れて家庭のことを顧みない夫を支え続けた妻たちが、地元でワンオペ育児をしている苦悩を共有する団体に所属するのも一種の宗教なのだろう。

 そんな中、変化が起きたのがバブル末期。今までは、上記3つが宗教にハマる要素であったのが、この3要素を満たしている人でも宗教にハマるようになった。

なぜ人はオウム真理教にはまったのか?

 高度経済成長で、ある程度豊かな暮らしを手に入れた人々の不安は、ものがないことや自分に何が起きるのかという不安よりも、自分に何も起きないことに対する不安が多かった。

 「一体自分は何者なのか?なんのために生きているのか?」

 衣食住全てが満たされて、一見すると何一つ不満のないように見える人たちが生きる意義を見出せずにいた。生きている実感がなく、ただ日々が過ぎていった。

 そんな中あわられたのがオウム真理教だった。オウム真理教が急速に拡大したのはバブル末期の1988〜89年であるが、なぜオウム心理教にこんなに人が集まったのか?理由を本書から一部抜粋して紹介する。

 "経済的に繁栄しても、物質的な豊かさは移ろいやすいものです。お金が入れば、もっと欲しくなる。いい車を買っても、もっといい車があるんじゃないかと思う。美味しいものを食べても、もっと美味しいものが食べたくなる。今あげた例は麻原がよく説法で持ち出したものですが、そうした物質的な豊かさは絶対的な満足を与えることはできないし、生きる意味や確固たる価値観を支えるものにはならないのです。特定の宗教が価値観の源泉となっていない日本においては、伝統宗教はそうした存在にはなりえないし、そうかといって学校や先生には権威がなくなった。家庭や地域などには望むべくもない。そうしたなかで、「真理はわが手の中にある」と錯覚させるカルト教団の主張が、とても魅力的に映ったのでしょう。"

「平成論「生きづらさ」の30年を考える」より
 池上 彰,上田 紀行,中島 岳志,弓山 達也.

 結局豊かになってもキリがない。欲望は増大し続けて、いつまでたっても決して満たされることがない。それに気づいた人たちが、別の幸せを求めて宗教にのめり込んでいった。

 ところが地下鉄サリン事件や数々の殺人事件を契機に、人々は手のひらを返したように宗教を恐れ、宗教から距離を取るようになった。そうなると、生きづらさを抱えた人たちはいったいどうしたのだろうか?

「教団」をもたないものに救いを求める人々

 実は距離を取ったのは宗教といっても教団としての宗教であって、宗教的信仰は全く減っていなかった。
 具体的には、2000年代からパワースポットめぐりやオーラソーマなどのスピリチュアルブームとなっている。これらは仏教やキリスト教などの伝統的宗教や、オウム真理教などの新興宗教とも違い、教団を持たないものだった。

 これらも広い意味で宗教には変わりなく、人々の心の苦悩を救っていた。この『宗教性』は人々が生きていく上で大きな役割を意味している。

 1998年、WHO(世界保健機関)が健康の定義に下記のように「スピリチュアル」という言葉を追加したほどだ。

Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.

 ものがありふれた社会で、生きづらさを抱える人たちが生きていく上で大切なスピリチュアル。信じられる何かがあることは非常に大きな意味をもつ。

 情報が溢れ、何を信じたらいいのかわからない社会で生きづらさを抱える人々は、生を感じるために戦場に行こうとしたりする者さえもいた。IS国で自爆テロをする人や、IS国に捕まって殺された湯川遥菜さんもその一人だったようだ。

 外国の人たちのように伝統的宗教を信じられない人が増えてきている昨今、教団としての宗教ではなく教団に所属する僧侶1人1人の役割が大きくなっている。

 実際、東日本大震災後の救済活動として、教団としてではなく一個人として様々な宗派のお坊さんが被災地に赴き、死者や行方不明者に対する不安を軽減しようと努める動きが見られた。

 宗教という観点でも、団体から個人へ重要性がシフトしているのだ。

 信仰する宗教のあるなしにかかわらず、何か自分の信じられるものが存在するということが大切なのだろう。

 しかし、2000年以上信じられたきた、仏教やキリスト教はやはりそれだけの歴史がある。"宗教は人間を自由にするものに他なりません"と本書でも言われているが、人間を苦しみから解放する糸口がきっとたくさんあるはずなのだ。

 政治や経済だけでは人が救われず、高度に発達した社会構造が人間を苦しめる現代において、リベラルアーツとして宗教を学ぶことも大事なのだろう。

【まとめ】
・バブル崩壊以前は、『貧困・病気・人間関係』がきっかけで宗教にハマる人が多かった
・オウム真理教以降「教団」が運営する宗教は敬遠されている
・個人個人が求める「宗教性」「スピリチュアル」の価値は増している
・「信じられるものがある」のは生きづらさを抱える人にとって大切な拠り所になる

ぴらい&ふーみん


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ぴらい&ふーみんの凸凹夫婦が、色んな人に出会い、話を聴き、それをもとに気づいたことを文章に綴っています。読んだ人が「もっと楽に」生きることができるようになりますように。そんなことを願って。

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ぴらい&ふーみん 凸凹夫婦のカウンセリングnote

抽象化するぴらい(夫:産業医)と口の多動で喋り続けるふーみん(妻:ソーシャルワーカー)の凸凹夫婦が悩み相談を受けて考えたことを綴っています。"べき思考・役割思考で苦しむ人を減らしたい"が人生のテーマ。Twitter→https://twitter.com/mi_nusion

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コメント2件

生きづらさの源を知りたいですね。それが、いまのままでいい、と思う
保守層の増加とのつながりに結び付けば、なおすっきりします。
生きづらさの源、難しいですね…
なんとなくですが、生きている実感がないことなのかなぁと思います。

「今のままでいい」という人で、本当に今のままで良いと思っている、いわゆる『足るを知る』人なのか、諦めの気持ちから言っているのか、分かれそうですね。
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