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「コズミック・ピクニック          /cosmic picnic」4

 やがて母さんが、手にいっぱい食べ物を持ち、何故か頭に花の冠を載っけて戻ってきた。
 「何それ!?かわいい!!」
 姉さんは飛び上がった。
 「なんだか、いろいろ貰っちゃって」
 「花輪も?」
 「そうなのよ」
 頬をピンクにして照れながら母さんは言った。
 「きっとあなたにもくれるわ。みんなにあげていたから。向こうにいた馬をつれた若者のグループよ。すぐ分かると思うけど」
 姉さんは花の冠を求めて走り出した。
 風はもう無かった。空は雲一つ無い透き通ったブルーで、シルクのスカーフをするすると広げて地球をまるっとくるんだみたいだった。
 「ハワイの空だ」
 父さんが言った。でも父さんは気持ち良い晴天だとすぐにそんな言い方をする。
 「ハワイの朝だ」
 「今の風はペレの風だ」
 「まるでハワイの休日だ」
 僕のそんな心の声に気づいたのか、
 「これが本当のハワイの空だ」
 と、もう一度、力強く言った。
 父さんには悪いけれど、いくら心を込めて言われても本当のハワイの空とは言えないと思った。ここはハワイじゃないんだから。
 やがて姉さんが花輪を頭に載っけて戻ってくる頃には、湖の周りに集まったあちらこちらのグループから音楽が聞こえだした。ギターやバイオリンを持ってきている人たちもいたし、レコードをかけている人たちもいた。それらに合わせて歌ったり踊ったりする人たちもいた。
 とても不思議だったのは、それぞれが好き勝手に音楽を鳴らしていたのに、それら全部が合わさってちょうど良い一つのハーモニーを形成していたことだった。僕はおなかもいっぱいだし、空はハワイだし、最高の気分で身体をゆらゆらと揺らして湖を包むハーモニーを味わった。

 そんな風にみんながのんきに歌ったり踊ったりゆらゆらしたりしていた真っ最中に、あの日のメインイベントは、瞬く間にはじまった。パチンパチンと電気のスイッチを切ってからすかさず入れ直したように一度、夜のように真っ暗になったと思う。気づかないくらいのあっという間だったけれど。
 それから湖を覆う見えないドームが、ぱかっと被さったのが分かった。なぜなら、そのドームに「ぎゅいん」と大きな大きなネジが高速電気ネジ巻きで差し込まれたような感覚があったからだ。
 でも実際にはでっかいネジの姿は見えなくて、一連の動きの気配だけがはっきりと分かるだけだった。湖を覆う透明のドームに差し込まれたはずのでっかいネジの中心を通って、まっすぐ一滴の青い光がすーっと宙を降下しはじめた。その滴は、そのまま湖の中に沈んでいった。
 しばらくすると、青い滴が消えた辺りが「ぷくぷく」と泡立ちはじめた。数分後、「ぷうん」と湖の底から浮かび上がるようにパイみたいな形のローズゴールドの光が広がった。パイの真ん中が円形に盛り上がり彼らが登場したので、それが円盤なのだと分かった。
 「お出迎えありがとう」
 そんな声と共に、人魚のような容貌の生き物が「ぷんっ・ぷんっ・ぷんっ」と円盤から次々と飛びだしてきた。とはいえ、童話のマーメイドやマーマンとは幾分違っている。かなりムチムチしていたのだ。しかしそれはあくまで地球人の感覚であって、つまり彼らにはあれが標準の状態なのだと思う。みんな一体残らずぷりぷりしていたから。
 目一杯に空気を入れた風船みたいで、つついたらぽんっとバウンドして今にも飛んでいきそうだった。いやもちろん彼らは実際に、飛べるんだけれど。
 何より違っていたのは、彼らの背中にどでかい黄金色の羽根が付いていたことだ。それはあまりにもまぶしく、僕にはほとんど透明に見えた。
 彼らは四十六体でやってきていた。なぜそうはっきり言いきれるかって、
 「皆様方に敬意を表すため、二十三対でやってまいりました」
 と、彼らが言ったからなんだ。
 その時は意味が分からなかったんだけど、後で家に帰ってからPCで「二十三対」を検索してみると、どうも人間の染色体の数がそうらしいじゃないか。
 染色体の数を示すことがなぜ敬意を表すことになるのかちょっと意味が分からないんだけど、宇宙ではそれが常識なのかな。もし相手の染色体の数の薔薇の花を贈り物にしたり、その数のハンカチーフを胸に挿すことがエイリアンに会うときのマナーなのだとしたら、必ず前もって調べておいた方が良いって事だ。彼ら固有の文化かもしれないけれど、ともかく後学のためにも、僕はそのことを頭の片隅にしまっておいている。

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