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[短篇小説] とある女の手記

私の仕事を説明するにあたって、最初に断っておくことがあります。それは、私のしている仕事について、善か悪かを、とやかく議論することは、あまりにも不毛で、愚の骨頂極まりないということです。人によって価値観は違いますし、その人の倫理観や、正義の定義によって、私の仕事は、善にも悪にもなり得るのです。私はそういう、人によって答えや意見が異なってしまう、曖昧で、不確定な要素を議論する人間を、ひどく滑稽だと思ってしまうのです。ですので、もし、これを読んでいる方がいらっしゃれば、今から私の記述すること、およそ全てにおいて、無感情でいて欲しいと、切にお願いすることになります。そして、あなたの持つあらゆるものへの観念をかなぐり捨て、まっさらな虚無の心で、読んで欲しいのです。私がここに書く文字の羅列を、咀嚼し、思考して読むことを、絶対にしてはいけません。もしあなたが、私の後述する"特定の人間"であるのならば、私の執筆するこのけったいな羅列達は、あなたに大いなる影響与えてしまう可能性が、十二分に存在するからです。ですから、何度も繰り返すようですが、これは飽くまで、他人の独り言のように、もしくは、僧侶の唱える退屈なお経のように、読み流し、聞き流して欲しいのです。私には、そうして欲しい理由があります。その理由についてここで詳しく明記することは、敢えて避けますが、私にとってだけでなく、それは、これを読むあなたにとっても、非常に重要で必要なことでありまして、つまり、人のお願いというものは、決して無下にするものではない、というこなのです。

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私は生来、孤独というものしか知り得ませんでした。孤独というのはつまり、家族や友人や恋人のような、人間関係においての孤独。という意味合いではありません。私は、それらの人間達と、いかに触れ合おうとも、どうしても、その陰鬱な孤独感を拭うことが出来ませんでした。心ここに在らず、とはよく言ったものです。私はいつでも、抜け殻よりも抜け殻らしい、孤独故の脆弱性を、絶えずその心に宿して生きていたような人間でした。学生の頃、私は明るくも、根暗でもなく、ごく一般的な女生徒でありましたが、周囲の人間からは、まるでこの女は幽霊みたいだ。などと揶揄されたり、幽霊というのはもう、幸が薄いだとか、存在感がないだとか、生気が感じられないだとか、そういう嫌味を、的確に表した、彼らなりの表現だったのでしょうけれども、私にとって、その不名誉なあだ名は、あまりにも的を射ていて、よもや私は、幽霊そのものなのではないかと、錯覚に陥ってしまうほど、私の心は、孤独に苛まれていたのです。

そんな中でも、私の人生において、何一つ幸福なことが無かったわけでは、決してありません。高校生の頃、私には好きな人が出来ました。(当時、私はあまり、こういった感情に慣れていませんでしたので、それが異性に対する特別な感情なのだという自覚は、微塵もありませんでした。)

私は、その男性を目で追随しては、胸の痛むような奇妙な感覚に襲われ、その、胸に風穴を空けられ、そこから木枯らしが吹き込んでいくような、不愉快とも形容し難い感覚を、半ば快楽を貪るような形で、それを一興とし、愉悦に浸っていたのでした。今に至り考えてみれば、なんて自分は、自分でも悪寒がする程、有り体に言って、気持ち悪い生徒であったのだろう。とさえ思うほど、やはり恋の病というものは、自己を見失わせる悪いものなのだと、この時ほど思い知らされた事はありません。

しかし、急な展開にはなってしまいますが、ある日、その男性は、自ら命を絶ってしまったのです。その理由は、校内でも諸説ありましたが、どうやら、父親による虐待を苦にしたものだとの噂が、私たち生徒間で、一番信憑し得る情報でした。

好きな人が死ぬというのは、一体どのような感情なのでしょう。私には、よくわかりませんでした。私が読む本は、大抵が純文学でしたが、時折、現代ラブロマンスのような作品も、僅かながら嗜んでいました。そして決まって、恋物語における、死別という展開は、もはやお決まりのように、遺された側の人間が、嘆き悲しみ、途方に暮れるというものでした。恐らくは、こういった表現のように、それが人間としての、正常な反応であったのでしょうけれども、私は、私自身を嫌悪したくなるほど、悲嘆とは、全く逆の感情を抱いてしまったのです。

それは、恐らくは美徳のようなものだと思われます。あろうことか、私は、彼の自殺という結末に、一種の美徳を見出したのです。なんと儚い最後であっただろうか。私は想像を張り巡らせました。彼の、まるで、シェイクスピアの悲劇のような、筋書きめいた結末。彼は、自宅のマンションから飛び降りたそうで、高さは50m以上あり、私が思うに、恐らくは原型を留めていなかった思われます。もしかしたら、ありとあらゆる臓器が凄惨に散らばり、折れた骨が肉を突破って出てきていたかも知れません。真っ赤な鮮血が、硬いコンクリートの、まるでバケツを丸ごとひっくり返したように、そこかしこに飛び散っていたに違いありません。私はその鮮血を、脳内で、彼岸花の生い茂る原っぱのような光景に置換して。そしてまた、それに美を見出していました。

彼は何故、飛び降りたのでしょうか。私は恐らく、彼自身の死に関して、美を感じていたわけだはなく、これはあくまで、自己分析のようなものなのですが、人が最も畏怖すべき概念、すなわち死に対する、羨望という感情が、どのようにして発現したのか、そしてそれを、自殺という結果として、踏み切る事の出来た理由を、極めて不可思議であり、神秘的なものだと、恐らくは感じていたのかもしれません。つまり、誰がどういう形で自殺をしようと、きっと私は、それに美徳を感じていたに違いないわけです。なんと歪んだ、異状なまでの感性なのでしょうか。自分の中に、ここまでおぞましい怪物のような心が存在していたとは、その時まで夢にも思っていなかったわけですから、私は私という人間を、いよいよ信用することが、出来なくなってしまったのです。

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私という名の怪物は、大学院に進学し、心理学部に進みました。そしてそこで、フロイトやアドラーをはじめ、多岐にわたる心理学者の論文などを読み漁っては、人の心理、とりわけ深層心理という言葉について、知識を深めていきました。教授や同僚には、恐ろしく向上心のある学生だと、それこそ言われていましたが、それもこれも、私の勤勉さの原動力は、つまり、死に対する美学の研究意欲が根底にあるわけでして、私はあの日の、彼が自殺した日に味わった、計り知れない程の感動について、あれは一体何だったのか、自明してみせたかったのです。

ある日、私がいつものように、そうやって心理学についての文献を、読みふけっていた時、私の友人とのたわいも無い話が、私の行く道を、大きく変えることとなりました。(友人、と表現したのは、これしか的確な表現がなかったからであり、決して、私はその人を友人だとは、これっぽっちも、微塵も思っていません。)

暗い日曜日。という曲がある。なんでもその曲は、聴くだけで、自殺への願望が増幅されてしまうという、恐ろしい性質を孕んでいるという。

私は友人の話を、全て受け流すようにして相槌を打っていましたが、暗い日曜日の話を聞くやいなや、本を閉じ、眼球を見開き、挙句に身を乗り出してしまったのを、今でも覚えています。私は初めて、その人と、仮初の友人関係を築いていて良かったと、その時ほど思ったことはありません。

そして、大学の図書館で、それに関する文献を見つけ、曲のメロディや、歌詞が、どのようにして、人の自殺願望に火をつけるのか。という潜在的過程について、あらゆる限りの思考を、およそ数時間に渡って、続けていました。私は翌日から、学部の変更を申し出ました。極める一歩手前にして、私は心理学を放棄したのです。教授からは散々、思いとどまるように説得されましたが、その時点で、既に私の中では、あれほどまでに熱狂していた心理学への学習意欲が、雲散霧消していまして、何の迷いもなく、私は、私の追求してきた、自殺というカテゴリの真理を、間近に見た気がして、さながら猪突猛進の如く、言語学という学部に、進んで行ったのでした。

私は言語学において、どこの国が、どのようにして、独自の言葉を確立させたのだとか、そういった、言語学を学ぶにあたって、必ず通るような道を、私は軽視し、敬遠していました。私が研究していたのは、言葉が人に及ぼす影響について、でした。暗い日曜日という曲が、何故、自殺を促すのか、そのような研究をしているうちに、私は、人の持つ死への観念を、倫理観を、死生観の境界を、混乱させ、曖昧にする。一種の文法のような物を見つけ出しました。これはもはや、言葉という文化の、極みと呼べる領域に到達しておりまして、言葉によって人の心を掻き乱し、操る、マインドコントロールのような類のものでした。

私はその発見を論文にして発表することはしませんでした。いいえ、出来なかったのです。これは世に出してはいけないものだと、私は空虚な心の持ち主で、人の死、とりわけ自殺といったものに、美を感じる精神異常者でありましたが、そういった、世の中にとって、良いものと、悪いものの区別ぐらいは、付けられる人間です。私は、私が見つけだした、悪魔の呪禁の如き言葉の法則を、決して、誰一人にも、漏らすことはしませんでした。長い間、その悪魔の呪禁の研究をしているうちに、私は、自身の語りの中に、ひっそりと、その文法(仮に"自殺の文法"と名付けましょう)を、忍ばせることの出来る、技術を身に付けました。しかし、私の予測通り、その自殺の文法は、誰にでも通用するようなものではありませんでした。この社会で、健全に、何の不自由もなく、不幸と幸福を平等に分かち合っている人間。つまり、常人には、この文法は、何ら意味の無いものであるということです。そして、これが通用する人間、冒頭で述べたような"特定の人間"というのは、まさにここで述べることなのですが、すなわち、自殺願望のある人間。それが、この文法の効果を、如実に蒙る対象なのであります。私がこの仮説について確信を持ったのは、私が個人的に行った、実験に基づくものでした。私は、自殺願望のある人達が集う、ネット社会の裏に、時折垣間見る、裏掲示板のような場所で、とある一人の自殺願望者を引っ掛けました。例によって、自殺の名所である青木ケ原樹海にて、我々は待ち合わせをし、建前上、一緒に自殺するという手筈でした。勿論、私にはそんな気はありませんでしたが、私は元より、幽霊のような、生気がなく、ひどく生に疲弊したような身なりでしたので、相手の方には何の疑いもかけられること無く、ただ一つの道化を演じることもせず、お互いの話をしながら、樹海の奥へと進んでいきました。実験の謝礼と言っては何ですが、私は、首を吊るためのロープや、一夜程過ごすためのテントなどを、適当に自腹で購入し、全ての前準備は、私が進めましたので、相手の方はとても、私に感謝していたようでした。しかし、相手の方は、奥に進むにつれて、まるで動物病院に連れていかれる子犬のように、うだうだと、そわそわと、何だか忙しなく、険しい面持ちになってきたのです。しかし、それもまた、私には凡そ見当は付いていました。自殺の文法を試すにあたって、自殺することを自ら覚悟している人間と話しても、何の立証にもなり得ないからです。私はあえて、掲示板の中でも、分かりやすく、自分の人生にいまいち見切りが付けられていない、言ってしまえば優柔不断そうな人間に、声をかけたのです。そして私は、樹海のこの不気味な、道無き道を行く中、相手の方に、人生は意外に悪くないのかもしれないだの、死んだら何が残るのだろうだの、そんな、相手を不安がらせるような事を、私の持ち前の、言語学を通じて習得した、それこそ、悪魔の囁きの如き話術を以て、延々と、相手の方の精神を、撹乱し続けていました。案の定、相手の方は、ひどく取り乱し始めて、私が首を吊るのにちょうどいい場所を見つけ、テントを張り出した時、私の思惑通り、やっぱり死ぬの、辞めませんか。などと吐かし始めました。その時、私は一体どんな顔をしていたのか、あまり良く覚えてはいませんが、もしかしたら、とても嬉しそうな顔をしていたのかもしれません。(私が笑うと、ひどく不気味な、幽霊が薄ら笑いをしているような様相になるので、私は人生で、ほとんど笑ったことはありませんでした。)

相手の方の提案を聞くと、私はすぐさま、実験に移りました。予め考えておいた、自殺の文法を、自然な会話の中に刷り込ませ、私は相手の方の精神を、黄泉の方へと誘いました。相手の方からすれば、その時の私の姿は、女神が、優しく微笑んで手を招いているように見えたのでしょうけれども、そんなことはなく、皮を一枚剥がせば、ひどく爛れた肉と、目や鼻といったあらゆる穴から蛆虫が沸き、さながら、いざなみの神のように、醜い死神が、実際のところそこにいたわけです。

私が自殺の文法を忍ばせた言葉を、喋り倒す内に、相手の方は、ひどく息切れを催しているようでした。動悸のような、過呼吸のような、どちらにせよ、苦しそうな様子でありましたが、私はそれを気にも留めず、文法の刷り込みを行い続けていました。しばらくして、相手の方は、落ち着きを取り戻したかと思うと、しかし、その目には、驚くことに、光が宿っていませんでした。虚ろな目で、虚空を凝視し続ける様子に、私は不気味さを感じましたが、こうしたのも全て、私の、魔的な話術が成しえたものだと思うと、私こそ、不気味なものではないのかと、憂鬱とまではいかなくとも、少し気落ちしてしまいました。相手の方の第一声は、とても衝撃的な言葉でした。落ち着きがあり、無感情に、相手の方は、こう言ったのです。それでは、早く死にましょうと。ここまで上手くいくとは思っていなかったものですから、私は拍子抜けしてしまいました。私は樹海の木に登り、吊るされた際に、周りに枝などの、縋り付ける場所が無い、程よい塩梅の木に、ロープを二本括りつけました。勿論、私は死ぬつもりなど毛頭ありません。ポケットに、サバイバルナイフを忍ばせているので、一斉に首を吊った直後、ナイフでロープを切り、脱出する算段でした。そしてそれは、呆気ないほどに上手くいってしまいました。2人で手を繋いで首を吊りましたが、私は苦しいものが大嫌いなので、すぐに手を払い除け、ポケットのナイフでロープを切断しました。上を見上げると、目を血走らせ、涙を浮かべ、稲妻のような極太の血管を、脳天から首筋にかけて走らせた、相手の方がいらっしゃいました。私はそれを真顔で見つめ続けていましたが、相手の方はひどく幻滅したといったような様子で、なんでだの、どうしてだの。戯言のようにも聞こえる言葉をつらつらと並べておりましたので、私はそこまで言われて黙っているのは、余りにも酷だと思い立ち、一言、いってらっしゃい。とだけ、言い残したのでした。

以上の経緯があり、私は、深層心理に自殺願望をちらつかせている人間、すなわち、黄泉の国の門を叩こうかどうか、足踏みしている人間の、背中を押すことの出来る、自殺の文法という技術を、かくして身につけることに成功し、そしてそれを、確固たるものとして立証することが出来たのですが、前述した通り、私は自殺に美徳を見出す異常者でありましたので、よもやこの自殺の後押しという行為が、私の中で、異性との性交渉や、自慰行為よりも、深い悦楽に浸れるものとなってしまったのです。

そして、冒頭で述べましたように、これが、現在の私の、仕事と呼べるものであって、やはりこれについて、どうしようもない下衆だの、仰れる方もいると思いますが、正直に言って、これは、等価交換の成り立っている、極めてビジネス的なものだということを、私はここで断言しておきたいと思います。死を提供する代わりに、相手の方からは、その代金と、私に精神的な快楽を与えてくださいます。お客様は神様とは、正にこのことなのでしょう。幸い、食い扶持に困ることはありませんでした。お客様は、私との取引で、この世を去る身でありますので、とうに未来など存在しない、もはや死を前に、お客様にとっては、周りのありとあらゆる物が、無価値に見えてしまうのでしょう。代金は私の言い値で、どんなに横暴な金額を要求しても、お客様はよろこんで、払ってくださいました。中でも、飛び降り自殺などをされるお客様は、ひどくこの世に絶望なさっているお客様が多いので(飛び降り自殺というものは、その在り方がそもそも遺書のような性質を持っています。敢えて目立ち、敢えて人様に迷惑をかけるような死に方をして、自らの死を、社会に突きつける、という意味です。) 後押しをする私に、とても感謝して、要求した金額の倍額を払ってくださるお客様も、いらっしゃいました。ですので、私は恐らく、一生、この自殺の後押しという仕事を、続けていくに違いありません。これは倫理的に正しいのか、間違っているのか、という議題について、私はこれまで、一度たりとも考えたことがありません。それは私が、異常者であるからだということは、自覚しておりますが、やはり、このことについて、人にとやかく言われる筋合いも、またないと考えております。

ちなみに、私は長い間、間接的ではあれど、自殺の文法によって、人を殺めてきていたが故に、無意識に、言葉や、文に、その文法を忍ばせてしまうことが、多々起きてしまいます。この手記についても、例外ではありません。

私は先に、警告しておいたはずなので、恐らくは問題ないかと思われますが、もしこの手記を、心で感じ、頭で考え、感慨深く読んでしまったのなら、もしかしたら、あなたも私に殺められてしまうことも、また有り得ない話ではないでしょう。

私から言わせれば、この手記によって、未来のある人間達がたくさん殺められてしまうのは、些か不本意なのですが、しかし、その責任の所在は、私には無いように思います。ですので、私から言えることはひとつだけ。

願わくば、あなたの生涯に、幸福が咲き誇りますように。




あとがき

ここまで読んで下さり、ありがとうございます。糸紡弥生です。

自分でも書いていて、「この内容、やばくね?」

みたいな、焦燥感に駆られていましたが、書く手を止めることが出来ませんでした汗

前回の短篇小説「極黒」もそうでしたが、私はどうやら、この手の短篇小説になると、ダークな物語を書いてしまうようです。

前回の短篇小説はこちら

恐らくは第三弾も、これまで同様、とてもダークな内容になってしまうかと思います。(別に、私が病んでいるからこんな内容になってしまうわけでは、絶対に、断じて、有り得ません。)

これを読んでくれた方、もし気に入って頂けたなら、スキ、シェア等してくださると、私は、もっと良いものを書いてみせようと奮起出来ます!

あわよくば、フォローもしてくださると、泣いて喜ぶことでしょう。

以上、糸紡弥生の戯言でした。

改めて、ありがとうございました。








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ありがとうございます。これが本当にモチベーションになるんだなぁ。
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糸紡弥生

純文学を敬愛してやまない、この世に辟易した底辺作家。弥(ヒト)の生は、無限に紡がれる螺旋状の糸のようで、あまりに美しく、あまりに儚い。故に、糸紡弥生。

糸紡之短編集

適当に書き上げた粗雑な物語。
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