生きる

ある日、女が死んだ。

私が見知った、唯一無二とも言える友好的な関係を築いた女だ。いや、しかし私は、その女の事について、或いは何も理解出来ていなかったのかも知れない。私はその女を見知っていただけで、とにかく、知ったような気に勝手になっていただけなのかもしれない。それでも、彼女の死は、私にとって大きな損失にほかならない重大な事象であったことは、おおよそ間違いはないだろう。

彼女はあまり喋るような系統の人間ではなかった。

無口とは言わぬものの、いつもどこか遠影を視るような虚ろな眼をしており、私は彼女の視線を辿ることを試みたりしたが、やはりそこには、焦点を合わせるに足る理由を持つ物体ないし空間は存在し得なかったし、やがて私は、彼女がそのような状態に陥った時には、静かに、彼女のその瞑想じみた無の時間とやらが終わりを告げるのを待つようになった。
それは長い時であれば、およそ十分に及ぶ時もあったし、ほんの数秒で済む時もあった。
私は最初こそ、彼女に何を視ているのかをふいに尋ねたりしてみたが、返ってくる答えはいつも「いえ、何も。」の一点張りであった。
恐らく、彼女は本当に何も視ていなかったのだろう。私はいつもそうだ。彼女が視ているものの本質を理解出来なかったし、彼女が考えていることも、また理解出来なかった。
結局、そこに意味なんてものは存在しなかったのだろう。
私がそれに気付くことが出来た時には、彼女は既に私の前から姿を消し、そして死んだ。
不思議なことに、私は彼女の死を目の当たりにしても、涙一粒さえも流すことはなかった。それどころか、悲壮感に囚われることもなく、私はただ、警察署内の死体安置所に収容されていた彼女の真っ白で無垢な遺体を見て、ただぼうっと、死という畏怖すべき概念に立ち会っていただけだった。
彼女の遺体を見て思ったことといえば、黒くて長い髪がとても美しいだとか、肌が白くて綺麗だとか、鼻筋が通っていて美形だとか、そういう、外見上の新たな発見のような事ばかりだったし、私はその時、彼女の頬を優しく撫で、既に人の温もりを失った冷ややかな柔肌が、こんなにも死を感じさせるものなのかと、優しく吐息を漏らしながら痛感していただけだった。ただそこには確かに、胸に空いた空虚で果てのない漆黒の洞穴のようなものが、痛々しいまでの感覚をどこからか呼び起こしていた。

彼女は芸術が好きだった。

私はそういうものにひどく疎いため、芸術と言えば、つまり絵画や彫刻の事だろうと、浅はかにも、一般の人が普遍的に連想するであろうジャンルを想像していたのだが、彼女にとって芸術というものは、とても広い、とにかく広い、人々の感性や情緒が生み出す全ての物質の事を指すものだったようだ。大袈裟な言い回しをすれば、彼女から言わせると、芸術とは万物であると言っても過言ではなかったのかもしれない。それくらい、彼女は人という生き物が生み出す創造物に対して、病的なまでの執着をしていたのだ。

ある日、彼女と共に、東京の某所で、限定的な期間に開催されていたとある有名芸術家(それはやはり私の想像通り、モニュメントやオブジェと言った、立体的で前衛的な芸術それそのものであった)の個展へと足を運んだことがあった。彼女には芸術の好みというものはあまり存在せず、人の産物であれば何でも美徳を感じるような人間で、そこに差別や区別、偏見と言った類の念は抱いていなかったように思われる。

怪奇な幻想。醜悪な心象。泡沫の夢幻。

「芸術とはつまり、人の情緒に、悲劇的ないし喜劇的な感情を呼び起こす為の鍵に他ならない。」

彼女はそう言った。
私は適当な相槌を打ちながら、分かったような振りをしていたけれど、やがて私が奇怪極まりない個展に退屈していたのを見透かされたのか、彼女は足早にその場を後にし、私を映画に誘ってきたものだった。
その日に観た映画は、終始とても物静かな雰囲気の映画だった。マンチェスターバイザシーのとある街を舞台にしたヒューマンドラマだったと記憶している。海岸線から吹き荒れる凍えるような潮風に、登場人物達はヴィンテージ風のダッフルコートのポケットに手を突っ込みながらも頬や鼻先などを赤らめていて、観ているこちらまでもが寒くなってくるほどだった。正直、内容に関してはあまり覚えていなかった。ただ、その静謐とした雰囲気の中で俳優によって演じられる哀愁などには、あまり感受性の豊かではない私からしても、かなり目を見張るものがあった。これがまた、彼女の言う、人の情緒に感情を呼び起こすという芸術の定義なのだろうかと、柄にもなく思案してみたりしたものだった。

彼女はジャズが好きだった。

私が彼女の自宅を訪ね、半ば引け目を感じながらも玄関を上がり部屋へ踏み入ると、彼女の部屋はひどく簡素で殺風景な、まるでその部屋には生活感というものが無く、衣食住という最低限の文明を享受する為だけの空間そのものだった。八畳程のフローリングはマットさえ敷かれることなく剥き出しで、シンプルなデザインの真っ白なベッドと、何着かの服が収納出来る小さな乳白色のクローゼットだけが、その部屋で唯一目につく家具だった。とりわけ不可解なのは、というより、異質さを放っていたのは、窓際の小さなテーブルに置かれた百合の入った花瓶の隣に、古びた蓄音機があったことだ。それはひどくボロけており、ホーンは恐らく、元の色は煌々とした金色だったのだろうが、今や見る影もない程褪せて輝きを失っていた。レコードはセットされておらず、ただのインテリアとして設置しているのかとも思ったが、彼女は私が蓄音機に気を取られているのに気付いたのだろう。少し微笑んで、私に尋ねた。

「ジャズを聴いた事は?」

私はいやと、短く返事をし首を横に振った。別に全く聴いたことが無いわけではなかったが、彼女の質問はそういう意図ではなく、ジャズというジャンルを普段から聴くか否か、という意図の質問である事はおおよそ察することが出来たので、私はそう返した。

「まあ、でしょうね。どちらかと言うと、あなたはケルト音楽って感じだもの。」

彼女は言いながら、ベッドの下の収納をおもむろに引き出して、そこにあった何枚かのレコード盤の中から一枚を取り出し、優しく丁重な手つきで、それを蓄音機にセットした。
私は彼女の言っている意味が理解出来ず、首を軽く傾げてみせた。

「ほら、オランダよ。前に言ってたじゃない、ここに来る前はオランダに住んでたって。」

私はそこで納得をした。彼女は私が過去に在住していた西欧の国の一つである、オランダから着想、連想をして、西欧発祥であるケルト音楽を口にしたわけだ。安直な連想の仕方ではあるが、多少の音楽に対する教養がなければ、そんな連想は出来ないだろう。私は深く関心をしながら、納得した様子で、照れ笑いにも似たぎこちない笑顔を浮かべて頬をぽりぽりと掻いた。
私はあまり音楽を聴くことをしない。
故に好きな曲もなければ、ジャンルというものもない。たまに不意に耳に入ってくる曲で、心を打つような音楽に出会うことはあれど、現代の人達みたいに、それの収録されたCDを購入することもしなかったし、インターネットで購入ないし試聴することはなかった。決して無関心なわけではなかったが、どういうわけだか、私のこれまでの人生の中で、音楽というものは大して私に何か特別な影響を与えるなんて事はなかった。多くの人間は、音楽を嗜み、人間的な部分が補強されたり、豊かな精神を育む過程となるはずなのだが、私の人生には、そういう、一般の人間がほぼ確実に通過するであろう文化的経験というものが、なぜだかほとんど存在し得なかった。
私がそれについて彼女に話すと、彼女はゆっくりと蓄音機のレコード針を下ろした。

「それは、とても哀しい事ね。」

哀しい。

その言葉の意味を、当時の私は上手く捉えることが出来なかった。私は、音楽など無くても、人は生きていけると反論すると、彼女は沈黙した。蓄音機から流れるややノイズのかかった不明瞭なジャズは、どこか聴いた事なあるような曲調だった。彼女はそれに聴き入っていたようで、静かに目を閉じて、いつの間にかベッドに腰を下ろしていた。
私は彼女の隣に、ほんの少しの距離をあけて同じように腰を下ろし、そして私もまた同じように、その柔らかで儚げな曲調に耳を傾けた。

かなり後の話になるが、この時私が聴いたこの曲は、どうやら有名なサックス奏者である、ジョン・コルトレーンの、マイフェイバリットスィングという曲だということが分かった。最も、それを教えてくれたのは、彼女ではなかったし、その時には既に、彼女の口は永遠に開くことを止めてしまっていたのだが。

そして、曲が終わる。

他にも曲が収録されていたようだったが、彼女はその曲を聴き終えると、立ち上がり、レコード針を上げ、再生を停止した。私はそんな彼女の後ろ姿を目で追っていた。

「でもね、それじゃ…」

出し抜けに彼女は切り出した。接続語から始まった辺りから察するに、先程の私の発言への返答であるということはすぐにわかった。
些か間を置きすぎだとも思ったが、私は彼女の返答を期待して、少しの固唾を飲み、振り返る彼女を見つめた。

「それじゃあ… 人って、"ただ生きているだけ"なんじゃないかしら。」

当時の私は、その言葉の意味がほとんど、全く理解できなかった。そう話す彼女は、本当に、それこそ百合の花のように、美しく、切なげな表情をしていた。
手の平から零れていく柔らかい砂のように、彼女の形は、いまにも脆く崩れていくような気がした。
実際、そうして彼女は消えて失くなった。
私はもう、二度とその零れていく砂を、すくい上げることは出来ないのだ。

後を追う。だなんて馬鹿げたことをする勇気は、今の私にはない。或いは当時の私のままであったなら、その選択は有り得たのかもしれないが、少なくとも今は、それが愚行であるということを充分に理解している。

そうして、私は今日も、ジャズを聴く。

彼女の好きだった曲だ。

名はもう知っている。

この曲を口ずさみながら、そうだな、少し遠いけれど、今日は美術館にでも行ってみようか。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

ありがとうございます。これが本当にモチベーションになるんだなぁ。
6

糸紡弥生

純文学を敬愛してやまない、この世に辟易した底辺作家。弥(ヒト)の生は、無限に紡がれる螺旋状の糸のようで、あまりに美しく、あまりに儚い。故に、糸紡弥生。

糸紡之短編集

適当に書き上げた粗雑な物語。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。