一日限りの本音
泣いてもいいんだよ、と通夜の時に後にハンカチを差し出してくれたアイツを未だに許せない。不慮の事故で突然父も母も妹も全員死んでしまったというのに、「泣け」というのは一体どういうことなんだろうとその時は思った。本当に悲しいと涙なんて出るわけないのに、そいつはまるで他人事のようにそう言ったんだ。世界の中心で悲しみを叫んだってこの気持ちは誰にも伝わらない。
葬式が終わると、それまでバタバタとやってきては「かわいそうに」という大人もいなくなった。広い家にあるのは写真と白い箱が三つ。悲しみよりも先に怒りしかなかった。写真の中の顔はみんな楽しそうで、まるで隠れてこっそりケーキでも食べているんじゃないかって感じだ。どうしてそっちに混ざれないんだろうと言う悔しさに怒りと、あとは何だかわからない何かで結局もらったハンカチを使うことになった。
それからもアイツは何かと「頑張っているね」とか「無理しちゃダメだよ」と母親気取りのことを言い続けた。「困ったときはすぐに言いなさい」と言われた時は、お前は母親じゃねーんだって言いたかったけど、言ったところで無駄に悲しみが増えるだけだから何も言わなかった。それを見てアイツがどう思っていたかなんて何にも考えていなかった。
それから働くようになって、恋人も出来てアイツらと会う機会も減っていった。親はいなかったけれど、相手の親はまるで本当の子供のように思ってくれて、こういう家族だったらよかったのかなと思うようになった。でも、別にこういう家族はどこにでもあるんじゃないかって思った。本当はあったんだけれど、ただ見えていなかっただけだったんだ。いや、見ようともしていなかった。
そして今日を迎えた。正直、今でもアイツのことを見るだけでムカつく。死んだ母さんにそっくりだし、母さんと同じようなことを言うくせにこいつは母さんではない。だけど、そろそろ許さなければいけないのかもしれない。いつまでもみなしごのままではいられないから。
彼女が真っ白なドレスを着ている。俺は懐から一通の手紙を取り出した。
「俺の母さんは俺が小学生の時に死にました。だけど、俺には立派な母さんがいました。母さんの妹ってだけでどうして俺は素直になれなかったのか、よくわかりません。もうお前なんて言いません。たくさん心配をかけたけれど、今日、俺はやっと結婚します」
「ごめんなさい、そしてありがとう、母さん」
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