世界は敵なのか

昔から被害妄想が強い。
周りの皆が結託して自分を陥れようとしてるのでは。
そんなことを思うことが多かった。
人を信じられないってつらいなぁ。

こんなことがあった。
小学生のとき。
野球チームで風鈴づくりに行ったとき。
材料として1人あたり8本くらい竹の破材が与えられた。
インストラクターの人が私の破材を持って、
こんな風に切っても使えますと斧で切る実演をしてくれた。

私は嬉しかった。
皆の注目を集めるのは私の破材だが
まるで私が注目されているように感じたからだ。
インストラクターは破材をテーブルに置き、
風鈴づくりが始まった。

さぁ作るぞっと気合いを入れたときだった。
隣の知らない子どもが実演に使われた私の破材をもって
父親に「みて~僕のやつ切ってくれたよ」と言った。
私は衝撃を受けた。
「いや、それ俺のやし」
でも声には出せない。

父親が「それは横の子のものだよ」
と言ってくれるのを待っていた。
私は破材を取り返したかった。
しかし、父親は「良かったなぁ」と言って楽しそうにしているだけ。
私は愕然とした。
お前もグルなのか、と。

破材を1つ失った私は殻にこもった。
誰かが気づいてくれるのをひたすら待った。
その間、楽しそうにしている周りとは
隔絶された世界を生きていた。
何も信用できずに全てを疑っていた。

しばらくして、固まる私を見てようやくコーチが声をかけてくれた。
破材を取られたことは言わずに1つ足りないことを伝える。
コーチはすぐに破材を取ってきてくれた。
そこから私は皆と同じ世界に戻って風鈴を作った。
でも、コーチも私の気持ちに気づいてくれなかった。
そんな思いだけが心のなかに残った。

失った破材は返ってきたが、
失った何かは返ってこなかった。

世界は敵なのか。
皆グルになって私を陥れようとしているのか。
子どものときからそんなことばかり考えていた。
大人になるにつれて、
そうでもないということは分かり始めてきた。
世界は広いし、世界は色々あった。

ただ、私の根底には世界の「陰謀」に対する疑いが残っている。
その疑いはふとした瞬間に影をおとす。
この人は私を否定して傷つけるのではないか。
そんなことを考えてしまい、なかなか自己開示ができない。
友達や家族といても一人ぼっちだと感じることがある。
そんなとき、生きづらいと感じる。

私も皆と同じ世界に生きたい。
自分を守るために奇をてらったことをして
周りの世界との距離を取ることをやめたい。
そのために、心の壁を飛び越える自分でありたい。
そんなことを思いながら、今日も生きる。
きっと世界は敵ではない、そう信じて。

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ぜうす

生きづらさのない社会。
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