見出し画像

モータースポーツの舞台裏その2:「世界一過激」な現場で活躍するドクター

モータースポーツを舞台裏で支える縁の下の力持ちを紹介するこのシリーズ。「しゃべり」のお仕事に続く第2回は、レースドクターを取材しました。最高時速は300キロに達するスピードで、接触すれすれのバトルが行われるSUPER GT(SGT)。

マシンの安全性能やサーキットレイアウトの向上などにより深刻なアクシデントは減少している印象ですが、それでもレースの現場は危険が伴います。

SGTは、FRO(ファースト・レスキュー・オペレーション)と呼ばれる緊急対応チームを配置しています。決勝レースだけでなく、予選やウォームアップなどレーシングカーの走行セッションでトラブルがあった際、「FRO」と書かれたクルマが現場に急行します。

SGTの全てのレースで、このFRO車両に乗って現場に駆け付ける古川誠医師に、レースドクターのお仕事についてうかがいました。

###

-- SGTの現場では、具体的にどのようなお仕事をされているのですか?

古川誠先生(以下、Dr):クラッシュ(事故)などが発生した時に現場に急行し、医師としてドライバーの状態確認や救出を行うのが私の仕事です。SGTではFROと呼ばれる緊急対応チームが3チームあります。3台のFRO車両それぞれに、レース経験が豊富なドライバーとクルマやサーキットの損傷に対応するレスキュー、そして医師が乗り、レース中は常にコース脇で待機しています。

-- 普段はドクターとしてお仕事をされていると思いますが、ご専門は何ですか?

Dr:私は、救急医です。病院の救急部門で救急患者さんの診療を行っています。また、専門である救急医学や外傷学に関する研究や学生の教育なども行っています。大きく分けると、医療にはガンや生活習慣病など慢性疾患への対応と、心筋梗塞や脳卒中、外傷などの緊急・急性期の医療があります。私は学生時代から、後者に進むことを希望していました。

-- いわゆる、「ER(Emergency Room = 救急室)」のドクターなんですね。お医者さんの中でもかなり激務だと聞いたことがあります。さらに研究や講義などでもお忙しいと思いますが、そんな中でSGTでのお仕事もされているのはなぜですか?

Dr:もともとレースが好きで、中学生の頃からサーキットには「通って」います(笑) ですので、漠然とではありますが学生時代からレースに関わる仕事をしたいという希望をもっていました。医者になってから、サーキットの「メディカルチーム」の存在を知り、富士スピードウェイで働くようになりました。SGTの仕事は、そこで知り合った先輩医師に声をかけていただいたというのがきっかけです。

今は、鈴鹿サーキットやツインリンクもてぎ、オートポリスでもメディカルチームに所属しています。F1日本グランプリや世界耐久選手権(WEC)の富士戦など、世界的なレースの現場で働くチャンスもあるんですよ。

また、今年から全日本ラリーにも行っています。その他のスポーツでは、ボクシング、ラグビー、マラソンなどの医務対応も経験しました。

-- もともとレースがお好きだったんですね。F1やWECなんて、レースファンにとっては夢の様です!とはいえ、実際に現場でのお仕事にはご苦労も多いと思います。難しさはどんなところにありますか?

Dr:SGT以外のレースでは、アクシデントがあった場合、赤旗を出して走行を一時中断したり、セーフティーカーが先導してスピードを落とした走行を行ったりと、安全を確保した状態で医療チームが現場に向かいます。

SGTの場合は、事故が発生すると即座にFROのクルマが現場に急行します。(アクシデント現場近くは黄旗が出され、追い越し禁止などの措置が取られるが、それ以外の)コース上は競技が継続されているので、常に身の安全に気をつけながら医療処置を行うことが必要です。

クラッシュしたマシンがコース上で止まった場合などは、私のすぐそばを「結構な勢い」でマシンが駆け抜けて行くことが、「ちょこちょこ」あります。また、雨でスピンした場合は同じ場所に他のマシンも突っ込んでくる可能性があるので、注意が必要です。こんなFROのシステムは世界的にも例が無いと思います。「世界一過激な(レスキュー)運用」だと思います(笑) 

-- かなりの危険も伴うお仕事なんですね!やりがいを感じるのはどんな時でしょうか?

Dr:もちろん、私たちが働かない方が良いのですが…。やはり、不幸にもケガをされた場合に、ダメージを最小限にとどめて迅速にメディカルセンターに運び、次の治療に上手くつなげられた時は「よかったな」と思いますね。

-- 今日のような天気になると、耐火スーツを着てコース脇でスタンバイするのは、体力的にもきついですよね。危険に加え、いろいろなご苦労があるモータースポーツ現場でのお仕事ですが、魅力は何でしょうか?

Dr:学生時代にレースを観ていた頃は、単純にカッコいいマシンを上手なドライバーがすごく速いスピードで操りながら展開するバトルに興奮していました。この仕事を通してレースの舞台裏も知ると、色々な人たちが支えてレースが成り立っていることが分かりました。例えば、マシンを動かすだけでも、とてもたくさんのメカニックさんがいます。

運営面でも、計時の担当、コントロールタワーの管制など色々な職種の方々が働いています。そうしたプロのみなさんが、一つの目標に向かっている姿勢もモータースポーツの魅力だと感じています。

-- なるほど。では最後に、レース現場も含め、ドクターとして大切なのはどんなことでしょうか?

Dr:軽傷、重症に関わらず、患者さんを「よくみる」ことに気をつけています。救急の患者さんは、次にどのような症状が出るか分かりません、例えば、お腹が痛いといってご自身で歩いて病院に来られても、検査をすると別の場所にとても重篤な原因があるケースもあります。ですから、局所だけでなくまず全身を診ることが大切です。

さらに重症の患者さんの場合、心電図など色々なモニター類を使いながら、できるだけたくさんの情報を集めるようにしています。救急の場合は容態が急変する事もあるので、全身の情報をできるだけ多く集める一方で、どんな検査をするのか、治療方針をどうするのかなどをできるだけ迅速に決定する必要もあります。

じっくり考える時間がほとんどない中で的確な判断を下すためには、患者さんの状況をできるだけ詳しく把握しなければなりません。ですので、患者さんを良く診る、全身をみる、ことを心がけています。

-- 救急医として、日々の診療で培われた救急医療のノウハウがモータースポーツをより安全なモノにしているわけですね。一方で、モータースポーツの現場で得た経験が、病院でも役に立つという事もありそうですね。

Dr: そうなんです。正にそれが、私がこの仕事を続けている理由です!私の救急医としてのスキルを活かし、また磨くことができる。私に打って付けの仕事なんです(笑)

-- 古川先生のようにレース好きの若いみなさんにメッセージをお願いします

MF:医師は、人の命や生活に直接かかわる仕事なので、責任は重いですがそれゆえにやりがいもある仕事です。人を助けることのできる魅力的な職業です。

モータースポーツに関しては、レーシングドライバーやメカニックとは違い、接点、入り口を見つけるのが難しいとは思います。医師だけでなく看護師や救命士など医療従事者でモータースポーツの仕事に興味のある方は、サーキットのメディカルセンターに来てください。やる気と資格・スキルがあれば、入り口は見つかると思います。

###

自分のすぐ近くをレーシングカーが爆音を上げて高速で走っていく。そんな状況で人の命をあずかるのが、レースドクターのお仕事なんですね。モータースポーツへの情熱が無ければできないお仕事です。そんな情熱を掻き立ててくれるレースの魅力をうかがうと、たくさんのプロフェッショナルたちが一つの目標に向かって努力している姿だと答えてくれました。

前回インタビューした渡辺順子さんも、モータースポーツの魅力を「部活みたい」と表現していました。レーシングドライバーや監督だけでなくメカニックやエンジニアなどの多くのメンバーが、それぞれの役割をこなしながら一台のマシンを速く走らせることに力を合わせる。その中で生まれるドラマがモータースポーツの魅力だと語ってくれました。

医師とイベントMCという全く異なる職種でモータースポーツに関わっているお二人ですが、レースに惹かれる理由が共通しているのは興味深いですね。これからは、そんなところにも注目しながら、また「縁の下の力持ち」をご紹介していこうと思います。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?