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やっと編集が終った。

「中国で家を買う」というノートに書いていた文章、その映像版は、ほぼ完成していたのだけど、いくつかの写真が足りなかったりしていたので、ずーと、カメラを持ってウロウロ彷徨っていた。

雪が溶けるの待っていた。

そんなこんなで編集が終らない。

浜田弥依さんにお願いした20000字ほどもあるナレーションはとっくに受け取り、作品に組み込まれている。

自分としては完成では無かったけど、締め切りが間に合わず応募した映画祭もひとつある。

もう、直し過ぎてナニがナンだか判らなくなっている。

もうキリが無いので28日を締め切りと決めて、さっきやっと編集が終った。

そして、編集しながら、ゴチャゴチャになっていた編集素材やナレーション原稿の整理を始めた所で、古いバージョンの原稿が出てきた。

最初はこんな風に作品を完成させたかったんだと思い返す。

{薔薇のつぼみが開花し、枯れてゆく}
{蝉の幼虫から真っ白い蝉が出てきて、飛び立つ}

そんな長い時間を1分ほどに圧縮した映像を一度は見た事があるだろう。

そんなふうに部屋が出来るまでを撮り続けた映像や写真を元に、作品を作りたいと最初は思っていた。

そして定点観測的に撮りためた映像をつないで見たら、すべてがクソつまんなかった。

そこには生命の躍動とか、充実感とか、とにかく、ナニも写ってなかった。

そして、完成させるまでのゴタゴタは前にも書いたので省略するが、完成してみると、またクソつまんなく思えてきた。

もっと違う切り口があったのではないか・・・まあ、そう思うのは毎度の事だ。だから、また違う作品を作りたくなるのだろう。


noteの中で知った3名の方に手を貸していただいた。

{手を貸していただいた}という言い方は変だけど、{依頼した}というほど上からの感じなら「もっと払えよ!」と言われそうだ。

noteの中の人とは不思議な感覚で、Eightmanさんがどんな音楽を作っているのか、unimamさんがどんな字を書かれるのか、浜田 弥依さんの声はどんな声なのか、・・・noteの中にいればすぐに判る。

それだけではない、Eightmanさんの部屋の一部、unimamさんの家族構成やちょっとした食生活、最近ジムに行き出した事、浜田弥依さんの猫まで知ることが出来る。

もちろん、浜田弥依さんが猫を飼ってるからナレーションをお願いした訳ではなく、さんざんnoteの中でナレーションをやっている人を探し、声を聴き、悩みに悩んでお願いしたのが浜田さんで、音楽や書も、同じように、note内で色んな作品を出している人の字を見て、音楽を聴いて、Eightmanさんとunimamさんにお願いした。

他の人が悪かったのではなく、今回、自分が作ろうとしている作品には誰が適しているのだろうと考えた末での{お願い}だった。

今では、すべてがピッタリ収まった感じで、他の人に差し替えるなんて事は想像出来ない。

クリエイターの集まりのnoteという特性があり、その過去作品を遡って見られるのがイイ。

そして、もっともっと、こんな作品を作ってましたというサンプルがあればイイと思う「こんな商品のパッケージデザインをしたよ」「こんなモノを作ってるよ」「こんなポスター書いたよ」色んな人が色んなアピールをしていいと思う。

長い事映像業界にいたので、音楽を作る人も、ナレーションをしてくれる俳優も、字を書いてくれる人も知っている、でもこれはどうしてもnoteの中だけでやりたかった。

誰も知らない所で作品を完成させたかった。

とにかく、終った。

今時ドキュメンタリーなど受けないだろうけど、いくつかの映画祭に出して、少しでも多くの人に見てもらう努力をしたい。







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