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この物理学界トップ誌論文の作者の本当の身分はなんと….

原文記事:
[震惊!这个物理顶级期刊作者的真实身份竟然是……]

第一著者 (First Author): 单浩哲
ハーバード大学神経科学専攻博士課程所属。理論神経科学が専門。芭蕉さんにお魚をあげる人。

責任著者 (Corresponding Author): 芭蕉さん
单浩哲の飼い猫。毎日眠い。お魚を食べるのが好き。



図: 芭蕉さん。



長い間、心の中に一つずっとコンプレックスがある。
自分の発表した論文のランクと引用数が、にすら負けているなんて…。
(芭蕉さんの声: 猫に負けるのってそんなに恥?!)



それは1975年のことだった。ミシガン州立大学(MSU)の統計物理学者ジャック・ヘザリントン (Jack Hetherington)は物理学界で名声かくかくたる科学誌 Physical Review Letters (PRL)に、低温状態でのヘリウム原子の相互作用を記述した文章を発表した。彼は平均場理論(Mean Field Theory)を用いてヘリウム原子の相互作用を計算し、理論計算の結果が実験の結果と合うことを示した。


平均場理論って何か、とまあ焦らず、ひとまず半端なくすごいことだと理解しておけば十分。筆者のボスは10年前にPRLに論文を発表したことを今でも誇らしげに自慢してくる。
Hetheringtonの論文は今に至るまで81回引用されている。この論文はかなり評価が高く、ある会議ではHetheringtonは、著者のサイン入りの論文コピーを参加者に配った。

図: 著者が実際に”爪で”サインした論文


このサイン、形がなんかおかしくないか?!
この論文にはHetheringtonを除きもう一つ著者の名前がある。F.D.C Willard。
F.D.C Willardは当時たったの7歳。その天才的神童を正面から写した一枚がこちら:

(芭蕉さんの声: ほら、おたくの研究者を見てみなさい!)
(筆者の声: ほら、おたくの猫を見てみなさい!)



Hetheringtonの文章は、最初にPRLに投稿した時には、著者は彼一人しかいなかった。この頃*aの理論物理の論文ではこれは実はわりと良くあることだった。理論家は頭を使うのが仕事なので、一人が頭を使って完結してもおかしくはないのだろう。しかし、彼は学界の習慣に従って、論文中一貫して「我々 (We)」という一人称を用いていた。そしてレビュアー(論文を審査する人)は1人の著者しかいない論文にたまたま慣れていなかったのか、ツッコミを入れた: 一人の論文なのにWeってどういうこと? あなた本当にアメリカ人? 英語ちゃんとできる?お家に帰りなされば? と言わんばかりに。


Hetheringtonはしかし対応に迷った。一人称を私(I)に変えるのもなんかおかしい。
そうだ、じゃあ著者を一人加えちゃおう。けど誰にしよう?もともと明らかに一人で書いた論文なのに、功績を他の人に分け与えるなんてことできるもんか。


じゃあ猫にでも分け与えるか。


Hetheringtonは飼い猫に学者っぽい名前をつけることにした。飼い猫のラテン語の学名はFelis Domesticusなので、略してF.D。本名はChesterなので、F.D.Cにしとくか。Chesterには姓名はつけていなかったが、Chesterの父猫の名はWillardだった。じゃあ姓名は父親から取ればいいか。
こうして彼は第二著者を加えた。F.D.C. Willard。そして論文は無事レビュー(審査)を通過した[1]。

図: 芭蕉さんが論文執筆を助けてくれている様子。芭蕉さん非常に賢い。



F.D.C. Willardの身分は、最終的にはやはりばれた。聞くところ、論文を読んだ後に内容に疑問があり、著者に電話をして少し議論をしたいと思った人がいたそうだ。しかしたまたまHetheringtonは不在で、電話をかけた人は、じゃあ第二著者に話を聞いてもいいですか? と言った。そのときの会話はこんな感じだろうか:


質問者: 「こんにちは、論文の内容について少し伺いたいのですが、平均場理論がなぜ今回のように個体数が少ない場合に適用できるのでしょうか? この近似は原子の数が十分に大きくないと成り立たないのではないでしょうか?」
F.D.C. : 「にゃ~ にゃにゃにゃ! にゃにゃ~~!」
質問者: 「ん????」

F.D.C. はこの論文の後、なんと10分間でフランス語を習得し、フランスの科学誌”Recherche” (英語でresearch)で彼らの研究を紹介するフランス語の文章を発表した*b[2]。しかも今回の文章では彼が唯一の著者だった。この学習能力には筆者としてはとても頭が上がらない。


図: 芭蕉さん「私に話しかけるのは論文の引用数が80を超えてからにしてくれるかな? OK?」


PRLを出版しているアメリカ物理学会(American Physical Society)はこのような才能溢れ博学な研究員達と良好な関係を保つべく、2014年に、すべての猫が書いた論文を無料で全世界に公開することを発表した*c[3]。ここまで影響力を持った著者は、歴史上他にいないのでは。



[1] Hetherington, J. H., and F. D. C. Willard. "Two-, three-, and four-atom exchange effects in bcc He 3." Physical Review Letters 35, no. 21 (1975): 1442.

[2] Willard, F. D. C. "Solid helium 3: a nuclear antiferromagnetic element." Recherche (Paris) 11, no. 114 (1980): 972-973.

[3] https://journals.aps.org/2014/04/01/aps-announces-a-new-open-access-initiative.


訳注:
*a) (原文にはソースがなかったが参考となるデータ): Research Trends (2010) Did you know… “Publish or perish” has been worrying researchers for 60 years? Research Trends, issue 16, March 2010.
*b) ジョークが多分に含まれています. より正確な記述としては https://wired.jp/2017/06/16/f-d-c-willard/ などなど。[3]に関しては日付に注目。本記事投稿日でもあります。




日本語訳: 王 青波
ハーバード大学 博士課程在籍。 大規模人類遺伝学及びその希少疾患診断への応用を研究。
住んでいるアパートではペットは禁止されている模様...。