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It's All Over Now , Baby Blue / zico

 


旅の記憶は、時と共に薄れてゆく。僕がかつて訪れたのは、とても小さな島だった。

 僕はさまよっていた。朝日を浴び、風に吹かれて、新しい人に出会い、別れてゆく。僕は歩き続けた。そこには海があり、空には青が透きとおっていた。

 懐かしい気分になった。子どもの頃に見ていた景色、嗅いだ匂い、感じた空気、受けた愛の感触。信じていたものや、見えていたはずのもの。僕たちが失ってしまった大事な記憶のかけらが、この島にはたくさんあった。それをひとつずつ拾い集めていく。

 島を小さな力で支えてきた老婆の目はやさしく、木々は島人たちのこぼした涙をうけて大地にしっかりと根をおろしていた。その根はどこまでも深く、力強い。この島でこれから生きていく少女の眼は、澄みきっているようにも見えたし、どこか寂しそうにも見えた。「何もかも失われた時にも、未来だけはまだ残っている」誰かが言った。

 僕たちは何を失ってきて、何を残してきたのだろうか。僕たちはこれから何を見て、何を感じればいいのだろう。誰と生きて、誰を愛していくのだろうか。きっと僕たち人間は、これからも失い続けていく。止めた時間には真実と虚構が背中合わせで写っていた。

 僕が見た島は本当にそこにあったのだろうか。僕が歩いたこの道は、誰かが既に一度歩いた道で、物語はもう完結してしまっていたのかもしれない。

 あの日吹かれた風の感触、匂い。海の色。空の色。出会った人はどんな顔をしていただろうか。

 記憶が薄れてゆく代わりに、写真だけが残った。

zico


この作品は、2011年に玄光社より発売のカメラライフvol.10に掲載されたデビュー作品です。


ご覧頂きありがとうございました。

写真はこれからも少しずつ追加していく予定です。

zico(奇天烈写真館)

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いざ、他力本願!