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無職3ヶ月目 ~働きたくないでござる~

光陰矢の如し。もう8月です、あっという間ですね。
最近セミが鳴き始めて「夏だな〜」という感じがします。

さて、4月末日をもって会社をやめ、無職歴3ヶ月

不安障害の方は最近少し調子がよくなってきたのか、少しの遠出なら即効性の薬をガブガブ飲まなくても行けるようになってきました。理解ある友人が付き添ってくれるのも心の拠り所になってます。ありがたいことです。

まあまあ心は安定してきて、好きなことについて書き出して、おすすめとしてまとめて記事にしてみて・・・と、とりあえず今の自分に出来ることをやっているんですが、最近、モヤモヤッと、思うことがあります。

「私、働く気、あるのか?」と。

現段階で、不安障害はまだ続いています。遠出はできても出かけた先でちょっと不安定になったり、どうしても家でグズグズするときもあったり。
まあでもそれはそれとして、いつかは向き合うことになる問題。別に、治らなかったところで、薬を飲みつつ病気と付き合っていけばいいだけです。

でも、そもそも「働きたい」と思わないと、働けない

最近、「無職だキャッホイ病気だワッショイ」な私に、「家でできる仕事でこういうのがあるらしいよ」「こういう方法もあるんじゃないかな」と、心優しい友人や母親が耳寄りな情報を教えてくれます

私はそれを「ありがたいなあ」「なるほどそんな仕事もあるのかあ」とフンフン頷きつつ、心の底のうめき声をなんとか無視しようとしています

「働きたくない」という、うめき声。

仕事を辞めた時、「今は病気でダウンしているけれど、いつかはまた働くのだ」と、”意気込む”までは行かずとも、それなりに意識してはいました。

ですが、最近、「働きたくない」という気持ちがムクムクとわいてきてしまっているのです。

「大企業」で働くこと

私が4月末をもって辞めた会社は、いわゆる大手企業に属していました
開発、営業、工場と働く内容も色々で(私は開発に所属していました)、全体として働いている人数は○千人を越えています。

かなり長い時間をかけて新入社員に研修を受けさせ、福利厚生もしっかりしていて、「理系分野にも女性社員をどんどん入れていこう」という流れも取り入れており、辞めた今でも、良い会社だったと思います

ただ、歴史ある会社であるがゆえに、”昔ながらの会社”らしい部分も色濃く残っていました

新入社員は絶対参加の会社旅行へ行って、宴会でダンスや芸を披露したり(そのために仕事終わりに公園で自主練し、しかもなぜかダンス経験ゼロの私がリーダーになって練習を取り仕切ることになった苦い思い出)、上司にお酌をするため座敷をまわりまくったり、屋形船で宴会をしたり・・・

こういった出来事は、個人ではできない、ある意味 非常に貴重な体験ではありましたが、同時に、人との交流が苦手な、特に大人数で宿泊や酒で親睦を深める系のイベントが不得意な私にとっては、非常にストレスでもありました

また、勤務時間中、休憩をうまくとることができないのも苦痛でした。
「疲れたら休んでいいよ」とは言われているのですが、どう休めばいいのかがわからないのです

大学では、集中力が切れたらTwitterを開いたり、音楽を聴いたり、外に散歩に出ていました。ヘタに椅子でじっとしているより、ずっと効率よく研究に打ち込めていたと思います。

ですが、会社はそうもいきません
なぜなら、「そういう休憩は駄目」と言われてしまったから。

タバコを吸うために席を5分はずすのはいいのに、Twitterを5分みたり、音楽をきくのは駄目なのかあ、と私は内心納得いかない気持ちでいました。
まあ、トイレに行ってこっそりやるとか、色々やりようはあったのかもしれませんけども。

・・・と、働いていた頃の色々な思い出、自分のできなかったことを思い出しては、「働きたくない(働ける気がしない)なあ」と思ってしまうのでした。

「働く」ことの定義

「働きたくない」という気持ちに見舞われた私は、自分自身、その気持ちがショックでした。なんというか、まわりは頑張っているのに私って一体・・・みたいな、サボりたいだけなのかな・・・みたいな。

それでしばらく何も考えないで済むタイプの娯楽(ソシャゲ)に逃げていたのですが、なんだかしっくりこない。ですが、何らかのタスクを遂げた後でなら、ゲームを楽しめる、ということに気づきました

例えばnoteを書くのでもよし。読破を目指していた本を読み進めるもよし。
「今日はこれをやろう」と課題を自分に与えてこなすのは、苦痛ではない。

そこでようやくわかりました。私は別に「働きたくない」んじゃなくて、「以前に勤めていた企業のような、大きな会社という枠組みで働きたくない」だけなんだな、と。

文章を書くこと、絵を描くこと、考えをまとめること、本を読んで勉強することは、私にとっては楽しいことです。なので、ずっとこれらを娯楽と捉えていましたが、もしかしたら、これを活かせる仕事もあるかもしれない

福利厚生の充実した大企業は、家庭を持つお父さんお母さんや、ほしいものがあってバリバリお金を稼ぎたい人には良いところでしょう。

ですが、特に金に対しての頓着がなく、同居人ともあんまり家庭という感覚を持たず、紙と鉛筆とネット環境さえあれば幸せに過ごせる私にとっては、8時から17時まで(残業が入ればもっとですね)とガッツリ時間をとられるうえに、苦手な交流の場に行かなくてはならない、つまり非常に不向きな環境だったというわけです。

というわけで、「なんだ、私は”働きたくない”んじゃなくて、”会社で働きたくない”だけなんだな!」と気づけて、とてもサッパリしました。

会社で働く人たちのことは、尊敬しています。私には出来ないことを出来る人たちなんだな、すごいな、と思っています。
ですが、会社で働くのがイヤだという自分の気持ちを否定するのはやめようと思います。だってイヤなんだもん!大勢と一緒にいるの苦手なんだもん!

金銭問題や信用問題など、現実的な課題は色々とこの先出て来るとは思いますが、少なくとも「一般的な会社員として働いてない=罪」みたいな感覚は捨て去ろうと思います。他人に迷惑かけない範囲で好きに生きとけ!!!

自分の葬式とか墓石代くらいは稼ぎたいけどね〜。泥水でした。

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