「一緒に暮らす」ということ

食事中は肘をつかない。
風呂掃除は毎日やる。
家に帰ってきたら必ず手を洗う。

「家の決まりごと」は、どのご家庭にも、多かれ少なかれあると思います。

そして、それは家庭の数だけ存在し、完璧に一致することはそうそうないでしょう。

ここで言っているのは”マナー”や”常識”のことではありません

あくまで、その「家庭でのルール」についてのお話です。

「そのやり方、おかしくない?」

私がパートナーと同居生活を始めてから、7ヶ月ほどたちました。

彼は基本的に、家事をすることをいやがらずむしろ率先して行うタイプで、私が不調の際などは、家事を丸投げしても許してくれます。めっちゃ助かる。

ですが、私はちょくちょく、というか、かなり、彼の家事に対して口出しをしてしまいます。そのたびに、喧嘩(?)になります。

家事をやってくれること自体には、非常に感謝しています。
ですが、私は口出しを当分やめられそうにありません

彼のルールと、私のルールに、大きな差があるためです。

我が家の”ルール”

私の母は専業主婦で、家事において「完璧主義」でした。

より正確に言うならば、家事が母の中のルールで完璧に行われていないと我慢ならない、という感じでした。

例えば、私が家事の手伝いを申し出ると、掃除でも皿洗いでも、私のやり方が雑なのか、普段の母のやり方と違うのが気になって仕方がないのか、結局、母がやりなおすオチになることが多かったです。

そんな母の家事、特に掃除や洗濯は、非常に細やかでした。

そんな毎日やらなくてもいいんじゃない?というレベルで掃除をするので、おかげで我が家は常にホコリも見当たらない、カビも存在しない状態でした。

そして、若干の潔癖症でもあった気がします。

これはどこの家でも当然といえば当然なのかもしれませんが、我が家では、手を洗ってからでないと冷蔵庫(というか台所)に触ってはいけませんでした

なので、アイスを買ってきて、溶ける前にさっさと冷凍庫にいれよう・・・とすると、必ず注意されました。まず、手を洗いなさい、と。

同様に、外出したときは、風呂に入ってからでないと家でくつろいではいけないとされていました。要するに、外に出たら手を洗うように、風呂に入って身を清めなさい、ということだったのだと思います。

外出してから帰ってきて母にじゃれつこうとすると、「まず風呂はいってきて!」と一蹴されることがしょっちゅうでした。
(帰ってすぐに母親にじゃれつく20歳児もたいがいですけど・・・)

受け継がれた”ルール”

こんな感じの環境で育ってきた私は、母ほどではないですが、”許容範囲”がせまくなりました

手洗いうがいはもちろんのこと、外出したら絶対に風呂に入る、もしくは服を家着に着替えないと落ち着かない。

掃除は母ほどではないですが、2、3日に一度はやっておかないと落ち着かない。風呂やトイレも同様。

一方で、パートナーの彼は、よく言えば許容範囲が広く、悪く言えばかなり大雑把

あまり家が片付いていなくても気にならず、一時期は風呂・布団なしで普通に生活していたこともあるほどなので、家事もかなり「適当でもオッケー」というスタンスです。

そうなると、「彼がよくても私がよくない」というパターンが多く発生します

図にするとこんなレベル。
青い部分が「彼がよくても私がよくない」ところです。

私の許容範囲、せっっっっっま!!!!!!!!!!

「自分のルール」は「他人の当たり前」ではない

私は、私のルールの中で当然だと思っていることを、彼の家事に対して指摘します。「そこは○○じゃないの?」「それおかしくない?」と。

そうすると、彼は大体、困惑します。ときには怒ります。(まあ当然だよね)

「そういうルールは知らない」

当たり前です、私が当然としていることは、あくまで私の家庭で当然だっただけのこと。彼にとっては初めて聞く内容が大半なわけです。

最初にルールの差でぶつかったときは、喧嘩のようになってしまいました。

ですが、そういった互いのルールの差が出たときは、お互いの見解を伝えて、話し合えば良いんだ、と段々わかってきました。

私が納得できないことが起こったときは、「私の家ではこういう理由でこうしてたから、そこはこうしてほしい」というように説明をします

それに対して、彼は「じゃあ君に合わせよう」と応じてくれるか、「こういう理由でそれは納得できない」と反論してくれます

その結果、「じゃあここはこういうルールにしておこう」というように落ち着きます。互いに歩み寄っていけば良いわけです。

「一緒に暮らしていきたい」という意志がきちんとあるならば、互いの価値の相違があっても、すり合わせをすることで、なんとかなります

というか、なんとかするしかないのです。結局のところは他人なのですから。

どれだけ気が合おうと、価値観が完璧に一致することはなかなかありません。
家事のルールもそうです。

ですが、そこはお互いの妥協点を探って、お互いが一番ストレスを感じないところに落ち着けるように努力することが、一緒に暮らしていくうえで大事なことなのかな、と思います。

今のところ、彼に歩み寄ってもらってばっかりな気がするので、我慢させてないか結構心配ではあります。私も、もっと許容範囲を広くしていきたいところです。実際、潔癖って自分でもめんどくさいからね!

なんとなく、「結婚」の大変さを学んだ気がします。泥水でした。

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泥水

日常

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コメント1件

>ゆずりはさん
コメントありがとうございます。穏やかな日々、素敵な目標ですね!

一緒に暮らすうえで私が大事だなと感じたことは、「相手とのコミュニケーションをこまめに行う」ですね。なにかトラブルがあったときに、その場ではイライラしてしまうかもしれませんが、何が原因だったのか?どうすればお互い気持ちよく過ごせるか?を話し合う時間をとると、後々で大喧嘩になるリスクを減らせると思います。

また、いくら夫婦であっても、「結局はお互い他人である」ということを忘れないようにしてます。他人なのですから、「察してよ」では通じないことはたくさんあります。なので、きちんと言葉にして伝えるのが良いかな、と。

ゆずりはさんと、パートナーの方の幸せな生活を願っております。
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