10年越しにハリーポッターを読む

私が小学生だった頃、大流行していたファンタジー小説『ハリーポッター』シリーズ。全7巻・・・といいつつ上・下などもあったので、実質11巻。

25歳の今になって、ようやく読破しました

というのも、小学生の私は4巻目の『炎のゴブレット』までは読んだのですが、5巻目の『不死鳥の騎士団』で挫折したのです。

その登場人物の多さに。

もう、不死鳥の騎士団の団員メンバーの名前がややこしい。さらにハリーの同級生の名前も増えてる。「お前だれだよ!」「こいつ何だよ!」の連続。

というか、もっと言うと、4巻の時点で、すでに挫折しかけていたんです。

なんかこう、悪いやつの正体がわかって「まさかこの人が・・・!」とハリーたちが衝撃を受けるシーンがあるんですけど、私はその人物の名前をちゃんと覚えていなかったので、「えっ・・・誰?」となってしまって。

そのへんで、物語についていけなくなってしまいました。

しかし最近になって、テレビで映画版ハリーポッターが放送されるのを流し見したりするうちに、「へえ、あのキャラがこう成長するのか」と興味を覚え、いっちょ読み直してみるか!と思いたったのです。

で、結論としましては、今更になってドハマリしました。

続編の『呪いの子』まで読んじゃうくらい、ハマりました。
えっ、うそ、めっちゃおもしろいやん・・・こんなおもしろいもん放置してたのかよ・・・って若干後悔してしまうくらい。

ですが、タイムスリップして小学生の頃の私に「面白くなるから読んで!読み続けて!」と言っても、多分却下されると思います。
あの頃の私には多分、楽しめない。

なぜならば、『ハリーポッター』シリーズは、”愛の物語”だからです。

※ここからは『ハリーポッター』シリーズのネタバレを含みます※
※『呪いの子』に関しても触れていますのでご注意ください※

『ハリーポッター』は”愛の物語”

何を突然言い切ってるんだって感じですが、あくまで個人的意見なので、「ふーん、君はそう思うんだ」程度に読んでいただければと思います。

愛の物語、といっても別にラブストーリーだと言いたいわけではありません。

小学生の私は、『ハリーポッター』は冒険譚だと思っていました。

主人公の少年ハリーが、様々な試練に見舞われつつ、成長していく物語。
ラスボスは「名前を呼んではいけないあの人」、ヴォルデモート。
ロンやハーマイオニー、仲間たちと共に立ち向かっていく!

とてもシンプルな冒険ファンタジーの構図です。

ですが、5巻あたりから、その様子は様変わりしていきます。

ハリーは「生き残った男の子」として魔法界でチヤホヤされますが、同時に「ヴォルデモートに対する切り札」として、一部の魔法使いの間では注意深く扱われます

現代で言うと中学生くらいに成長したハリーは「もう子供じゃないのに」と周囲の大人の扱いにイライラし、思春期もあいまって何かと癇癪を起こしがち。
ヴォルデモートの思考が頭に流れてくる苦しみも相まって、荒れまくりです。

そんなハリーを心配し、見守ってくれる存在として、父の親友でハリーの後見人でもあるシリウス、ホグワーツ魔法魔術学校の校長ダンブルドア、親友のロンやハーマイオニーがいます。
しかし、イライラしすぎて彼らのことすら煩わしく感じてしまうハリー。ラスボスの思考を悪夢で見せられてる生き地獄状態だからね!しかたないね!

そんなハリーは、たくさんの人に愛され、守られ、生き残ってきたということを、5巻の最後で痛感することになります。
後見人のシリウスの死という、重い形で。

父。母。叔父のような、兄のような存在だったシリウス。みんな自分のために死んでしまった。挙句の果てには、ダンブルドア先生まで殺されてしまう。

「生き残った男の子(自分)ひとりのために、どれだけの人が死ぬことになるんだろう」とハリーは苦しみます。自分が死んでみんなが助かるなら、どんなに楽だろう、と。

しかし、ハリーには「ヴォルデモートを倒す」という使命が与えられてしまっている。彼にしか、ヴォルデモートは倒せない。だからハリーは、皆が大事であればこそ、逃げることなどできない。

「これ本当に児童書か?」っていうくらい重い責任をハリーは背負わされているんです。

しかも肝心のダンブルドア先生がめちゃくちゃ曖昧な表現でしかハリーに”するべきこと”を教えてくれないので、もうめっちゃ手探り。
(最終的には、その「曖昧にしか伝えない」ことが大事だった、とわかるんですけど、それにしても本当にまわりくどすぎてハリーが可哀想になる)

しかし、ハリーは前に進み続けます。

ロン、ハーマイオニーという2人の親友に支えられ、同級生たちに支えられ、先生方に支えられ、恋した女の子に支えられ、死んだ両親に支えられ。

友愛、敬愛、恋情、家族愛・・・あらゆる愛がハリーを守っているのです

そして、ラスボスであるヴォルデモートにはその”愛”がわからない

それが『ハリーポッター』の物語の核であり、ハリーがヴォルデモートに打ち勝つことのできる理由、と私は解釈しました。

ただ、愛は全てを救うというわけでもないのが『ハリーポッター』のリアルなところ。愛によって悲しいこともたくさん起こります。

シリウスが死んでしまったのはハリーを守りたいという愛情ゆえですし、両親の死も愛ゆえのもの。ハリーが恋した女の子も愛に苦しみ、ロンも親友として近すぎるためにコンプレックスを抱いてハリーと衝突してしまったり。

これ、小学生の私だったら「なんかドロドロしてイヤだ・・・」と別の方向で挫折していた可能性が高いな、というくらいリアルでした。

愛で全てが救われるわけじゃない、でも愛があったからこそ守られたものもある・・・そういうリアルさが、『ハリーポッター』の魅力だと私は思います。

そしてもうひとり、「愛によって救われた」男の子。
彼は、ある意味で、ハリーがヴォルデモートに勝つための大きな要となっています。

ハリーの敵役、ドラコ・マルフォイです。

もうひとりの主人公

『ハリーポッター』を読破した方に「もうひとりの主人公といえば?」と聞いたら、おそらく「セブルス・スネイプ」、もしくは「ネビル・ロングボトム」が挙がるのではないかな、と思います。

スネイプは最初から最期までハリーにとって”いやなやつ”ですが、実はずっとハリーを守り続けていたという非常に読者泣かせなキャラクター

ネビルは初めの頃は”どんくさい同級生”、しかしその実はハリーと同じ運命を辿ったかもしれなかったという男の子

しかし私はあえて、ドラコ・マルフォイを「もうひとりの主人公」に挙げたい。もうひとりの、というか、裏主人公と言うべきでしょうか。

ドラコ・マルフォイは由緒ある家に生まれ、魔法使いの濃い血筋、いわゆる”純血”であることを誇りとし、お金持ちで、父親の権力を振りかざしてワガママ放題・・・と、とにかくイヤーなやつとして登場します。

彼はことあるごとにハリーをからかい、嫌がらせをし、喧嘩になれば容赦なく攻撃呪文をぶっ放すという犬猿ぶり。ロンのことも「貧乏人」、ハーマイオニーのことも「穢れた血(魔法使いでない両親から生まれた魔法使いのこと)」と呼ぶ始末。

しかし、そんな彼もまた、マルフォイ家に生まれた子供としてヴォルデモートに苦しまされる運命を辿ります

マルフォイ家の当主、ドラコの父親のルシウス・マルフォイは、ヴォルデモートの部下である”死喰い人”。それゆえにドラコは、自分の意志とは関係なく、ヴォルデモートの手足として動かねばならなくなります

あれだけハリーをからかったり痛い目に合わせたりしていたドラコは、ヴォルデモートの部下にハリーが捕まった際、「こいつはハリーで間違いないか?」と確認されたときに「わからない」と答えます
そこで「そうだ」と肯定してしまえば、世界はヴォルデモートのものになってしまう。でも否定して嘘がバレたら、両親ともども殺されてしまう。

ドラコ自身は、おそらく両親(主に父親)の教育によって”イヤなやつ”になっただけであって、根っからの悪人ではないことが、『謎のプリンス』以降の言動の端々からわかります。性格はもともと若干悪いのかもしれないけど・・・

ドラコの両親は、ヴォルデモートに忠誠を誓いつつも、内心では息子であるドラコのことを常に心配しています。特に母親はそれが顕著で、ドラコの安全のためにヴォルデモートに嘘をつくという大胆なことをやってのけます

この、ドラコの母親の嘘によって、ハリーはヴォルデモートを倒すチャンスをつかむことになるのです。

更に言うと、最強の杖である”ニワトコの杖”の持ち主が誰か、というのがヴォルデモートとの決戦において重要なポイントになるんですが、最終的にはドラコのおかげ(?)でハリーがヴォルデモートから杖を取り上げることができた、という、要するにドラコがいなかったらハリーはヴォルデモートに勝てなかったかもしれないという貢献ぶり。
でもドラコ自身は気づいていないし、意識してやったわけではない。
ドラコ・マルフォイ、影の功労者です

ドラコはヴォルデモートの部下でありつつも、ハリーを見逃し、その後ハリーによって命を救われ、そしてドラコの命があったからこそハリーはヴォルデモートを倒すチャンスを得た・・・と、結果論ではありますが、それぞれが友愛(?)によって助けられたことになります。

母親の愛によって救われた、という点ではハリーもドラコも同じ。
母の愛は強し。

そんな彼らは最終巻でも「そっけなく挨拶する程度」の仲で終わりますが、『呪いの子』ではついに友情を結びます。胸熱です。

子供の頃の自分に向けて

小学生の自分に「ハリーポッター面白いから読んどけ」とは言えません。
絶対、どこかしらで「ドロドロしすぎ!」「なんか暗い!」「よくわかんない!」と文句を言い出すでしょうから。

”愛”ゆえの悲しい出来事、ダンブルドア先生のまわりくどさ、人間関係のリアルさ、なにより登場人物の多さを考えると、挫折して当然でした。

でも、一応成人して小難しい筋を理解できるようになって、かつ、映画でなんとなくキャラを把握したら、読めるようになったし、読んだらめちゃめちゃ面白かった。読んでよかった、と思えました

当時は児童書として流行していましたが、大人になって読んでみると、小学生、中学生、高校生・・・と、ハリーと同じ年齢をたどり、ダンブルドアやシリウス、スネイプなどの”大人たち”の考えが理解できるようになって、ようやくその面白さを理解できる・・・そんな本のような気がします。

多分、また10年後くらいになって読み直したら、きっと感想も変わるんだろうなあ。

・・・正直に言うと、読みづらい点や、「ここ矛盾してない?」という点などは、わりとありました。疑問に思って検索したら、すでに指摘されまくっていたので、おそらく翻訳でのミスなのかな、という感じ。

そのへんのツッコミどころに関しては別記事で書くとして、とりあえず『ハリーポッター』面白かった!ということでこの記事は終わりにします。

キャラとしてはベラトリックス・レストレンジが好きです。個性が強すぎる。彼女がやったことは許せないけどな!!!!

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泥水

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