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note、始めてみました

はじめまして。
今日から、noteでいろいろ紡ぎ綴っていきます。まずは、自己紹介を。

< 目次 >
私の楽しみ
楽しみが、数字から文字に変わった
ユニークな発想と思考を手に入れた
エッセイ風にマネジメントを語る

私の楽しみ

ビジネススクールで経営学を学び始めた頃から、それまで読まなかった経営に関する本を幅広く読み始めた。読まなかったら、授業についていけないからだった。だけど、知らなかったことを知る楽しみから好奇心が沸き起こり、関心のある本を読んで読んで読んできた。
深く読むよりも(深くも読んだけれど)、本から受け取ったエッセンスをつなぎ合せて、自分なりの発想?妄想?をしていた。経営をデザインする“デザイン×マネジメント”について研究している、つもりだった。

デザイン×マネジメントを大学で研究されている先生に概要を説明すると、「研究かどうかわからない」と指摘を受けた。その時になって、今までしてきたことが研究でないことに気づいた。研究ではなく、探求でもなく、探究だった。自己満足の世界で思索を楽しんでいた

今年出会った人たちから、武器のアカウンティング(会計)の視点を研究やサービスに加えたらとアドバイスをもらい、“デザイン×マネジメント×アカウンティング”にして探究していくと、面白いように溢れるように、発想が膨らんでいった。この発想は後日書くけれど、今年になってからコトバを言葉に顕していくのが楽しくなった。


楽しみが、数字から文字に変わった

学生時代は数学が得意で、会社では経理と、数字の世界の住人だった。喋るのは得意だったけれど、文章(文字)にするのは苦手だった。本を読むのは得意だったけれど、書くのは苦手だった。苦手だけれど頑張って、発散の場として2年ぐらいはブログを書いてみた。
フリーランスで活動してからは書くのは止めたけれど、経営づくりのサポートからレポートづくりのサポートに変えて(今はまた経営づくりに戻ったけれど)、活動しているサイトでマネジメントに関する考え方などを書き始めた。

ただ、やっぱり言葉に顕すのは難しい。伝わるように伝えるのは難しい。そんな時、大好きな作家の若松英輔さんの講座に参加した。若松さんにとっての“書く(言葉に顕す)”という行為から、いろんなことを感じて受け取れた。中でも、「読み手に何を伝えようと思って、書いていますか」と質問すると、予想外の答えが返ってきた。その答えに最初は戸惑ったが、意味がわかると書くことに前向きになれた。そして思った、コトバを紡ぎ言葉を綴ろうと。

言葉を綴るとは、数学の問題を解くような感じ。

帰納法と帰納法と演繹法を繰り返した思索から、コトバをまず紡いでいく。いくつかの公式を組み合わせて問題を解くように、言葉やアイデアをつなぎ合せて言葉を綴っていく。これは、パッチワークに近い。
 “文章を書く”と考えると気が重たくなってしまうけれど、慣れ親しんだ“数学の問題を解くように書く”と思うと気が楽になった(普通の人は、思わないだろうが)。
実はこれも、数学の置換法の一つ。言葉を置き換えて、わかりやすく説明するのをよくする。ネガティブなことをポジティブに置き換えて楽しんだりする。


ユニークな発想と思考を手に入れた

かなりユニークな個性というか感性の持ち主で、昔から「変わっている」と言われるのが何よりも嬉しかった。エニアグラムでは、タイプ4の個人主義者(Artist)と診断された。ほぼ同じ値だったのが、タイプ8の統率者(Controller)。コーチングの先生の判断では、タイプ8のあるタイプ4だそうだ。
その時はよくわからなかったけれど、今ならわかる。この二つのタイプが私の内側に同居していると。ただ、今は別のタイプも新しく現れている気がしてならない。

元々個性的だったけれど、住む世界を変えるたびに、よりユニークな発想と思考を手に入れてきた。会社を去る2011年までは理性(ビジネス)の世界に、ソーシャルセクターでの起業準備期間中は感性(ソーシャル)の世界に住んでいた。起業断念してからは、理性と感性を行き来する中性の世界で暮らしている。3つの世界を色で喩えるなら、青からオレンジそして緑の世界。
この中性とは、理性と感性の間という意味ではなく、理性と感性の両方を兼ね備えていること。昔は偏りが激し過ぎたけれど、今は偏りがなくなった。偏りがなくなったからか、相手を拒絶せずに、受け容れられるようになった。この中性の世界で暮らすようになったのには、あるきっかけがあった。

偏りがあることで、ジレンマに陥ってしまう。偏りが激しいほど、ジレンマの壁は高く分厚くそびえ立つ。しかし2015年春、東洋思想(仏教する)にふれてこのジレンマの壁がなくなった。いや、壁はなくなっていない。壁を自由に飛び越えていく(すり抜けていく)思考を身につけた。壁を否定するのではなく、壁は壁と存在を認める(受け容れる)ことで、行き来することができるようになった。そう、解き放たれ、思考の自由を手に入れた


エッセイ風にマネジメントを語る

マネジメントは、西洋哲学がベースになっている。今の分断された社会や世界も、この西洋哲学が原因の一つだと考えている。哲学者でもなく、哲学を専門に研究や勉強すらしていない。ただ、西洋哲学のエッセンスにふれると、「西洋哲学の二分法の発想が分断を生んでいく」と強く感じる。
2015年から東洋思想にふれて、二分法でない不二の思想にふれて、思考が大きく変わった。2017年秋には、科学と西洋哲学と東洋思想の本を読んで、今まで以上に思考が個性的になった。突き抜けてしまった感じすらする。
三次元的な思考をするようになった。拡がりは科学が、深さは西洋哲学が、奥行きは東洋思想が与えてくれる。

西洋哲学をベースにした今までのマネジメントに、東洋思想やデザインなどのエッセンスを合わせて、これから必要になりそうなマネジメントを中心に書いていこうと思う。
ただ、マネジメントとなると形式ばった堅苦しい文章になってしまう。そう、数学の問題を解くような、ざらつき感を感じてしまわれるだろう。そこで、大好きな文章を参考にしながら、和かいエッセイ風に語ってみたい。

今まで900冊以上の本(じんの本棚)を読んできた。中でも文章が好きな作家が何人かいる。
最初に「文章を書いてみたい」と思わせてくれたのが、俳優でもある酒井若菜さんのエッセイ。いつかは忘れたが彼女のブログの文章がいいという記事を読み、エッセイ集「心がおぼつかない夜に」を読んで以来のファン。他には、若松英輔さん、池田晶子さん、神谷美恵子さん、志村ふくみさん、岡潔さんなどなど。
好きな文章に共通するのは、心地よいコトバの響きがあって、文章に律動があって、言葉に優しさと美しさが在ること

この大好きな作家のように、色彩や音色があって律動のある文章を綴れるかはかなり不安ではあるが、挑戦を楽しんでみようと思う。まぁ、誰も期待していないから気は楽。まずは過去のブログの記事などをアレンジしながら、書いていくことに。

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