逆襲の巨人ファン


 私は、便宜上、巨人ファンである。

 昨夜の首位広島との一戦では、熱戦を制して、その差をひとつ縮めた。夜のニュースでそれを知り、私は、会社員であった頃の自分を思い出した。人付き合いに難のある私が、人に合わせようと懸命だった頃だ。

 ある日、社長が「君は、野球はどこのファンや?」と訊いてきた。

 すでに社会人として抜群のコミュニケーション能力を身につけていた(と思い込んでいた)私は、社長が巨人ファンであることも知っており、迷うことなく答えたのである。

「もちろん巨人ファンでんがなでんがな」

「おお、そうか。回りが阪神ファンばっかりで寂しかったんや。社長言うても孤独なもんやで。野球の話もできへん。社長が相手や言うのに、あいつらボロカスに言いよるねん」

「でっしゃろでっしゃろ」

 いつもの倍の大阪弁を駆使して、私は社長とのコミュニケーションを完遂したのである。

 社長はそれ以降、私を見ると巨人の話をしてくるようになった。今、考えてみれば、会話の苦手な私に対しての思いやりだったのかもしれないが、当時の私は、そんなことは思いも付かなかったのである。

 日本シリーズで3連敗したときは、「大丈夫。これから4連勝でんがなでんがな」と見事に巨人の奇跡の逆転優勝を予想したりした。便宜上の巨人ファンでしかなかった私も、あの展開には驚いたものである。

 ある日、社長が紙切れを手にして寄ってきた。

「阪神巨人戦のチケットや。バックネット裏やで~」

 話をするだけなら問題はない。

 だが、試合に行くとなると時間を割かなければならない。一人静かに読書する時間が減るではないか。野球などと言うスローな展開のスポーツを硬い椅子に座って観戦するなど、まさに地獄である。

 さらに数万人の人間、阪神タイガースのハッピを着た連中の怒鳴り声、ガラの悪い大阪弁、ビールとタバコの臭い、そういった中に約3時間もの間放り込まれるわけである。

 想像しただけで、背筋が震えた。私は野球観戦は苦手だが、人ごみはもっと苦手だ。ビールとタバコの臭いも苦手である。

「一緒にいこか」

 会話にとどめておけばいいものを。組織においての力関係が、すべての行動の基準となると思ったら大間違いだ。コミュニケーションとアソシエーションは違うのだよ。

「次の日曜日や。一緒にいこか」と社長が言う。

「それは断る」と私は答えた。




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