820円のビーフカレーの幸福


 昼にビーフカレーを食べた。

 820円である。最近は節約生活が続いているから、なんかものすごい贅沢をしたような気分になった。肉も大きめで、安物レトルトカレーの肉のカスみたいな存在とはちがうのである。

 うめーっ、と5分で平らげた。

 こんな贅沢をすると、回りの目も気になるのである。

 外に出た時、自販機の前に数人の兄ちゃんがたむろしていた。店から出た私をチラッと見たような気がする。ボソボソ会話しているようだが、あれは私のことを話しているのではないか。

「おっ、あの爺さん、820円のカレーを食べたみたいやで」

「ホンマか。820円のカレーかぁ。おれも死ぬまでに一度食ってみたいわ」

「まったくや」

「贅沢の極みやで」

「ああ、どうすればあんなカレーが食えるようになるんかいな。考えても、おれの頭やとさっぱりや」

 実際にそんなセリフを言っているような気がして、思わず兄ちゃんたちに「これでチロルチョコでも買いたまえ」と小銭を与えそうになった。

 たった820円のカレーで、これほどの贅沢気分が味わえるとは、時代が変わったのか、それとも私が変わったのか。どちらにしても面白い発見である。

 ちなみに最近は、ブックオフでも贅沢気分が味わえる。

 例えば、伊坂幸太郎の「陽気なギャングの日常と襲撃」「陽気なギャングは三つ数えろ」、東野圭吾の「探偵ガリレオ」「マスカレード・ホテル」、ジェフリー・ディーヴァーの「ソウル・コレクター」上下巻など、いずれも100円で買った。

 以前、新刊で買って、「48点、残念」と当時のメモに記した高野和明の「ジェノサイド」も、ハードカバーが100円である。読了してすぐに知り合いに進呈したのだが、あとで随分評価されていることを知り、読み間違えたかと、もう一度購入したのだ。読み返してやっぱり48点だったとしても、100円ならば惜しくない。

 最近ブックオフで買った本を積み上げると1メートルほどになる。未読の塔である。幸福感で言えば、820円のビーフカレーを凌駕するほどだ。

 820円だ100円だと、随分と安い男になったものだが、今の何倍も稼いでいた頃の記憶には、さほど幸福感は残っていない。小遣いにちょっと困る程度の方が、私はシアワセな人間なのかもしれない




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