まったく役に立たない「シン・ゴジラ」鑑賞記


 私は、ガメラ派である。

 ゴジラがシェーをすることも、空を飛ぶことも認めない。子供の頃に映画館で観て、その子供だましの演出に腹を立てたことを記憶している。

 初代ゴジラの中で、「(戦死した)お父さんの所に行こうね」と死を覚悟した母子のあのリアルな演出はどこに行ったのだ。やはり、これからはガメラだな。ガメラ万歳。

 だが、ガメラも次第に子供の味方というふざけた存在に落ちぶれ、私は怪獣映画から離れることとなった。

 そんな私が「シン・ゴジラ」を観てきた。

 実際に怪獣が現れれば、その最前線は政治である。どう怪獣と対応するのか。住民の避難はどうするのか。その最前線を映画は描いていく。ありがちな小市民のドラマは割愛し、登場人物のほとんどは政治家と役人、そして自衛隊員だ。何台ものデジタル複合機がバシッバシッと並べられていくシーンや「ファックスで」などというセリフは現実感にあふれている。

 そして、主役クラスは、みんな早口である。しゃべる速さ=展開の速さなのである。飽きる暇がない。だが、総理をはじめ一部の登場人物は、ゆっくりとしゃべる。映画的にも緩急が付いて効果的だ。

 最初怪獣らしきものが現れた時、私は「何じゃ、こりゃ」と思った。これでは……と憤慨しかけたところで、前の席の男が席を立った。おいおい、と私は、呆れかえった。まだ、そんなに時間は経っていないぞ。

 映画館で席を立つと、これはもう全員が「あっ、オシッコだ」と思う。

「ああ、気分転換に散歩に行きはったんやなあ」などと思う人は一人もいない。観客全員が「あっ、あのお兄ちゃんオシッコ行きよるんやな」と注目する中、申し訳なさそうに腰をかがめて出て行かなくてはならない。

 私の意識は、トイレに立った男に向く。

「彼の歩幅ならトイレまで82歩、顔と服装から推測すると一番奥の小便器に立つ確率が高いから、トイレに入ってから12歩、オシッコにかかる時間は13秒だが、焦って尿漏れがあり、ズボンにかかったオシッコをトイレットペーパーでふこうとして12秒、小走りに走って70歩……そろそろ現れるはずだ。来たな。ふむ、3秒の誤差か」

 などと頭の中でブツブツ言って、帰ってきた彼の股間がオシッコで濡れているのを確認してニンマリした。ふと気がつくと、さっきの怪獣が出た場面から記憶が飛んでいるのである。

 くっそーっ。私の集中力を削ぎやがって。

「シン・ゴジラ」は、ゴジラが初めて日本に現れるという設定である。特殊な兵器もなければ、人類に味方してくれる他の怪獣もいない。

 通常兵器では歯が立たない状況において、政治家たちがどう対応するのか。自衛隊がどう戦うのかが、この映画の見所だ。

 東京は大ピンチである。東京が破壊されれば、それは日本の壊滅にもつながるのだ。自衛隊は万策尽き、国連主導によるゴジラ壊滅作戦が発動しようとしている。そうなったら、どうなるか。国家としての主権が、日本の政府から離れると言うことだ。

 このあたり、政治ドラマとしても面白い。「早く国連主導の作戦を実行しろ」と中国が圧力をかけたりする。

 主人公たちは、そうさせるものかと必死で対策を練る。学者たちも懸命にゴジラの秘密を突き止めようとする。私は、その懸命さに思わず泣きそうになる。

 そして、彼らが最終的にとった作戦に、その作戦で使われた演出に、私は「そうきたか」と思わず立ち上がった。

「ちょっと」と後ろから声がした。「見えないよ」

「あ、失礼」と私は謝り、椅子に座った。私のようなマナーにうるさい男には、珍しい失敗である。

 そう言えば、火星人みたいな頭の大きなオッサンが前の席にズラリと並んだことがあったなあ、と思い出す。スクリーンの下半分が見えなくて閉口した。あれは、顔の大きなオッサンが多い大阪ならではの出来事だった。もしかすると、前に座っていたのは、トミーズの雅とその仲間たちだったのかもしれないな。

 あの時観た映画は、なんだっけ。スパイダーマン2だったかな。いや、ウォッチメンだ。うん、そうだ。ウォッチメンだ。懐かしいなあ。パンフレットだけじゃなく、高価なコミックも買ったんだった。あの映画は、面白かったなあ。

 などと思い出に浸り、ふと気がつくと目の前のスクリーンには、エンドロールが流れていた。スピーカーからは、懐かしいゴジラのテーマが流れている。いつの間にか、ゴジラは終わっていたのである。

 あれぇ。

 ものすごいショックを受けながら、私は、エンドロールに流れるキャストの名前を呆然と見続けていた。杉山ひこひこ? なんじゃい、その名前は。マフィア梶田? ふざけるなっ。吉田ウーロン太? フンガーッ。

 私は、せめてパンフレットを買って見逃した場面を補完しようとした。映画を観た時は必ずパンフレットを買う、私が長い間続けてきた習慣でもある。

「申し訳ありません。シン・ゴジラのパンフレットは完売です」

 本日、12時28分、私はとどめを刺された。





 


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