別離

3月は別れの季節と言われる。特定の団体や集団に所属するのが苦手な私は、大学卒業を最後にこの季節に訪れる別れとはあまり縁のない生活を送ってきた。今回はそんな私が最近体験した「別離」のおはなし。

ポンコツとチーフ

(詳細を特定されないようにあらゆる表現を誇張したりしてます)

とある地方の大型パチンコ店。その店は10年ほど前に出店し開店当初は飛ぶ鳥を落とす勢いで出玉を使って集客をし周囲の店から一気に客を奪っていった。しかし現在では見る影もなく、平日の稼働は10%に満たないほどで本来はご老人たちでにぎわっていてもおかしくないであろう1円パチンコ海物語コーナーもシマに2人程が遊技する程度の過疎店となり果ててしまった。

主に技術介入機を嗜む私にとっては逆に客が居ない事は好都合であった。店の規模の大きさも相まって目的の台が豊富に取り揃えられていたので、自分の打ちたい台は選び放題。同じ設定1でも「出る設定1」に座る事を目的としたオカルターな私にとっては天国のような店だった。そんな店なので私が通うようになってから数週間もすれば店員に覚えられ、たばこをくれといえば銘柄を言わずとも目的のたばこを出してくれた。そういった気の利く店員がいる一方で、毎日のように通っていれば逆にどいつがポンコツ店員かというようなことも分かってきた。

ある日のことだった。私は夜から打ち始めたパチスロ「キャッツアイ」で大量上乗せを獲得してから3時間程度経過したにも関わらず終わる気配なく、いよいよ閉店時間との勝負という時間に差し掛かってきた。最近の店の例に漏れず、その店も会員カードを所持していれば数分の延長遊技を許可してくれるお店だった。獲得枚数による有利区間完走が目前であった為延長遊技の数分で全てをやり切って気持ちよく夜の街に繰り出すぞと息巻いていた。

私はその店での延長遊技というものが初めてだったのでどうすればそれが出来るのかが分からなかったが、22:00に店内アナウンスで「延長遊技ご希望の方は店員が伺いますので~」との機械的なアナウンスが流れた。このまま打ち続けていればいずれ回ってきた店員に聞かれるだろう。とにかく今はブン回して取り切る事を考えよう。空のドル箱を2箱用意しわき目も振らずに台と向かい合った。

暫くの後に店員より「22:45で閉店となります」との声がかかった。わかったわかった、知ってるしってる。こっちは今忙しいんじゃとうわの空で返答をした。

そしてまた暫くの後声がかかった。

「閉店時間となりますので次のゲームで終わりとなります」

私はきょとんとした。延長遊技はどこへいった??店員はそそくさと私がメダルを雑に詰めたドル箱に手をかけたので、おいおいとばかりに「延長遊技は??」と尋ねる。「お時間となります」と一点張り。先ほどうわの空で店員の声に返答をしてしまった事を思い出した。そこで店員に問うた。延長遊技をするか否かを私に尋ねたか、と。するととんでもない返答が返ってきた。

「大当たり中のように見えませんでしたのでお尋ねしませんでした」

延長遊技をするか否かを遊技客ではなく、あろうことか店員の勝手な自己判断でされるとは思わなかったが、まさかの返答に私は呆気にとられた。「尋ねて居ないのであればそちらの落ち度である。今からでも延長遊技をさせて貰えないか」と、インカムで即チーフなり店長なりに聞いて欲しいと思って彼にキツめに言った。しかし彼はメダルを流しながらどうこうするでもなく自己判断で「申し訳ありません」と私の言葉をシャットアウトした。

何を隠そう、彼こそが長年通い詰める事によって分かった「ポンコツ店員」の1人であった。ポンコツを問い詰める事ほど時間の無駄は無いというのは深夜の業界人スペースなどで痛感しているので、メダルをながし会員カードを差し出す彼の手から奪い取るように取り上げて景品カウンターへと向かった。

無駄なやり取りを経ていた為交換カウンターも業務が終わっていた。女性店員が「もう交換の時間は終わりました」という言葉を遮るように私は「店長かそれに近い上席の人間を呼んで欲しい」と、怒っている態度を出しながらも口調は穏やかにその女性店員へと告げた。彼女にはなんの非も無いのでそこは最低限紳士らしく振舞おうとしていた。

するとすぐそばにいた白シャツ店員が「私で良ければ伺います。ホールの担当者です」と申し出てきた。私は彼をつかまえて事の経緯を事細かに伝えた。経過を追って出来事を伝えるごとに彼はバツが悪そうに表情が苦しくなっていくのが目に見えていった。そして、上記のやりとりの一切はインカムで伝わっていない事も判明した。更に「もしかして、これこれこういった特徴の店員ですか?」とも聞かれた。ははぁ、彼はミスの常習犯だなと察することが出来た。

私も客対応の商売の経験がある人間だ。正当だろうと不当だろうと関わらず、文句を言いに来る人間の心理や行動パターンは理解しているし、そういう人間に対する対処も学んできたつもりだ。対応してくれた彼(T氏)はひたすら低頭挺身で落ち度を認め、こちらの言葉は一切遮らずに聞きに徹していた。今回のようなことを二度と起きないようにする事とポンコツの彼に指導を行う事を約束し私は店を後にした。私が帰る車を出す前に駐車場の明かりを消したことに対しては更にイラっとしたが、T氏の対応は「クレーム処理こそわが社のファンを増やすチャンスである」というクレーム対応の基本を踏襲した見事なものであったと感心しながら帰路についた。

次の日からというもの、T氏は積極的に私に話しかけてくれるようになった。件の話は一切せずに、「今日はどうでしたか?」とか「あの台どうですか?」とか、年明けには「明けましておめでとうございます、初打ちですか?」とか。なんの取り留めもない会話ではあるが、T氏の明るくハキハキ喋る性格もあって負けている時でも悪い気はせず苦にならない会話であった。時には「上司が扱いに困っているようで、まほいくはどうやって配分するのが良いと思います?」とか、ある程度私を「知っている客」と分かった上での話題も振られた。悪い気はしなかった。

そしてまた暫く経ったある日のこと。なんとか1000枚を獲得し少々のプラスで帰れると安堵しメダルを計数機まで持っていくと、T氏が計数の為にやってきた。メダルを流しながら彼は私にこう告げた。

「本日で私最後なんです」

唐突であった。そんな話でも彼はにこやかで、続けてこう言った。

「うちの店員の件でご迷惑をかけた事もありました。もしいらっしゃるなら最後のご挨拶が出来ればと思ってまして」

なんという心遣いだろうか。他の店にも喋る程度の間柄になった店員はいた事はあったが、気付いたらどっかに消えていたような人ばかりで気にも留めて居なかったので、初めての事で少々動揺した。

「移動先でもがんばって」と月並みな言葉を言った。こういう湿っぽい話や会話は苦手なのでどういった言葉を選んでいいのか分からなかった。

彼は移動ではなく業界を辞めると言った。私は「それはなりよりだ」と口がすべった。彼は苦笑していた。

名前も知らない間柄だ。次の仕事はなんだとかどこだとか深堀はすまいと思ったが、営業職をやってみたいというようなことを話してくれた。「あなたの接客を見てれば向いていると思う」というような気の利いた言葉を返せなかった事を後悔した。

今のパチンコ業界の事を考えればT氏の判断は賢明であると言わざるを得ないのが残念な所であるが、それは私がどうこう決める事ではない。彼にとっては後ろ髪を引かれる思いかもしれない。私が彼の退職に対してどうこういうのは野暮だし余計なお世話というものだ。

そして、まるで店が私とも決別したいのかと思わせるような出来事が重なった。私が好きだった技術介入機が大量に撤去されたのである。私が殆どこの手の台しか触らない事は店長クラスも理解しているだろうが、それでも関係なかったようだ。間接的に店からの決別を言い渡された私は、T氏との別れをきっかけに彼と同じように新天地を求めてこの店との決別をしようかと思っている。

店の変化と客の心情

この店は系列店をM&Aで手放しており、また彼のような客目線では十分に優秀な人間が辞めるようなこの店はもう長くないかもしれない。そんな事を思った。

パチンコ屋の客は1000円程度で一喜一憂するような生き物であるが、そうであるがゆえに小さな変化に敏感である。技術介入機の撤去というのは、打てる技術を持った客に儲けさせないという厳しい営業の表れなのかもしれない。優秀な人間の離職というのは店のちょっとした変化に過ぎないかもしれないが、店の良くない部分の表れなのかもしれない。店員の元気さや気怠さで店の良し悪しを見て取る事も出来る。

小さな変化という細かな所から客の心は変わっていってしまうという事を分かってくれると幸いだ。なおポンコツ店員はあまり変化なくいつも通りに今日も元気にホールを駆け回っている。走るな、ボケが。


そして最後に、T氏の今後に良き出会いがある事を願って止まない。

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