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きっかけは「深夜の生配信」

ここ数年でうちの会社にもすっかりリモートワークが定着して、出社するのは月に数回程度。ずっと家にいても滅入ってしまうし、気分転換としてはちょうどいいくらいだ。仕事終わりに愚痴やら何やらを吐き合った居酒屋が恋しくないわけではないけど、今の生活もこれはこれで楽しめている。何より、好きな音楽を好きな時に流して仕事できるのが個人的には最高に嬉しい。

変化といえば、私生活ではゲーム実況にハマったことも大きいかもしれない。もちろん自分は見る側。作業用のBGMを探すうちに偶然動画に辿り着いたという、どこかで聞いたような出会い方だけど。とにかく、野菜を収穫したり大海原で迷子になったり、淡々と異世界生活を送っているリズムが絶妙に耳心地良く、気付いたらその実況者の過去動画を全て履修しまっていた。終業のチャイムや帰宅ラッシュの代わりに、晩酌しながら動画を見ることで、なんてことのない一日に今日も終わりを告げている。

ある土曜の深夜。ゲリラ的に始まった生配信の最中に事件は起きた。たいていの配信サービスには投げ銭機能というものがあり、その晩も、投げ銭の送り主の名前がお礼代わりに読み上げられていたのだが、リスナー名の中に「ハネオツパイ」というペンネームが並んでいた。正直に言おう。思わず二度見したし、流れるように検索した。そのパンチの効いた文字列を入力して分かったのは、「羽のような尾をもったツパイ」という生き物が地球上に存在すること。名前が名前だけに一時期メディアでもかなり話題を攫っていたらしい。

しかし、生配信中の彼もさすがにマイナーな小動物に関しては造詣がない様子で、何ならいかがわしい類のナニカなのではという線で推理を進めてすらいた。配信者にとって何より恐ろしいのは、厄介事に巻き込まれてアカウントが通報・凍結されることだと聞くし、ともすればごく当然の反応だ。幸いにもすぐに他のリスナーが助け舟を出し、この件は盛大な笑い話として幕を閉じたが、これは誤解を招いてもおかしくない字面だろう。いや何とは言わないけど。

そんな珍事件を機に「ツパイ」の存在を知ったわけだけど、そのまま惰性でSNSを辿るうちに、どこかの動物園で撮影された動画が目に留まった。木の上を走る、リスのようなネズミのような。自分もそれなりに年齢を重ねてきたつもりだけど、この世はまだまだ未知で溢れているのだ。ラーメンのメンマもそう。あれはタケノコの加工食品としてそれなりに認知されているらしいが、メンマはメンマでしかないと思い込んでいた自分にとっては衝撃の事実だった。どうして今まで誰も教えてくれなかったんだろう。

と、ここで目に飛び込んできた天気予報アプリの通知によると、明日もずっと曇り空らしい。溜まってきた洗濯物も気になるところだけど、インドア生活に慣れきった目のことを思えば太陽には隠れていてもらった方がありがたい。たまには動物園に行ってみるのもいいかもしれないし、なんて。延々とスマホの中を動き回っている茶色に目線を奪われるうちに、珍しくそんなことまで考えていた。それにあの動物園の最寄駅まで行けば、あそこの人気ラーメン店にも足を伸ばせるじゃないか。ツパイのつぶらな瞳に見つめられながら、いつの間にか脳内では豚骨と醤油の一騎打ちが始まる。動物園なんてもうしばらく行ってないけど、ついでに一人ラーメンでもしますか。いや、これじゃどっちがついでなんだか。

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