石の上3

石の上にも三年目の挑戦[3]

オードリー・ヘップバーンの映画を観て思った。ペアで踊るダンスを始めよう、と


いやな夢をみているような数日間を過ごした。激しい自己嫌悪や人生への迷いを持ったまま5日ほど会社を休んだわたしは、またゆるやかに日常へと戻り、ふらふらと現実に適応を深めていった。金髪で復帰したが、会社の人たちは相変わらず親切だった。誕生日を迎え、ひとつ歳もとった。

怪我の治療代は保険から出るし、おまけに慰謝料といって、通院の日数に応じてお金が出るらしい。こういうものがあるためにわざと車にあたりに行く人が一定数いるというが、不謹慎ながらその理由がちょっと理解できた。そんなこんなで、来年の家賃の更新料が手に入る算段が整ってしまったのだった。

暮らしぶりはあいも変わらずといった調子ではあったが、ペアで踊るダンス「New Style Hustle(ニュースタイルハッスル)」のレッスンに突如として参加したこともあり、新しい友達も増えて人生が大きく上向いてきた。

New Style Hustleとは、70年代のディスコで踊るペアダンス「Hustle」を起源に、ニューヨークのハウスダンサーがつくった新しい流派のペアダンスだ。ハウスやディスコなどBPMの速い曲にも合わせることができ、各々の持っているスタイルを活かすことができる。基本のステップさえ覚えれば初心者でも始めやすい。ストリートダンスにも近い要素も多くあり、なにより自分の好きなディスコやネオソウルなどの音楽で踊ることができるということが最大の魅力だった。

これまでは、ダンスというものは同じ振り付けをいかに正確に再現できるかを競うものだという勝手な刷り込みがあったが、New Style Hustleは違った。型になるステップがあり、それをぐるぐると回していくとダンスができあがる。自分の知っているもので一番近いなと思ったのは、ジャズのセッションだ。とりわけブルースのセッションに近いと思った。

さらによかったのが、自分が下手でも相手が上手ければ踊ることができてしまうということだった。

ペアダンスには「リード」と「フォロー」という二つの役割がある。自分は相手の合図で動く「フォロー」。伴奏と歌の関係に似ている、とも思った。

もちろん上達してきたらこの限りではないが、フォローの人間はまず、素直に相手の合図に従って動けばよい。受動的な性質が強いわたしにはぴったりだった。主にリードは男性・フォローは女性となることが多いが、New Style Hustleにおいては各々好きな関係性で相手と組めばよいので、性別にこだわる必要がないところも好感が持てた。

ペアダンスというと、社交ダンスのような年配の方々の趣味というイメージもあるかもしれないが、New Style Hustleの創始はストリートダンサー。若い人たちが多く、特別な衣装も必要ない。新しいダンスなので、みんなで作り上げていくという雰囲気がある。スクールというよりはコミュニティという感じなので、レッスンやイベントも数百円からの手頃な値段からある。自分のタイミングで、好きな時に通えるということも魅力だ。

運動全般が苦手な自分でも、これならできるかもしれない。挑戦しがいがあるぞと思った。自分もダンスに参加しているという意識がとても新鮮で、眩しかった。とにかくその日から楽しくなってしまい、運動音痴のダンスライフはこうして幕を開けた。

4月頃にふと、オードリー・ヘップバーンの白黒映画を観て思った。ペアで踊るダンスを始めよう、と。instagramをたまたま見ていたことから発見したこのNew Style Hustleは、自分にとっていちばん「ぴったりの」入り口だったといえる。超弩級の運動音痴が、知らないところへいきなりレッスンを受けにいったこの瞬発力はなかなかのものではないか、という気がする。とにかくこの鬱屈とした現状を変えるため、やれそうなことを探していたのだ。

東京で迎える2度目の6月のことである。


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