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gender identity

最近知り合った方から「いつから中性だと思うようになったの?」と不意に聞かれ話していたところ

「gender identityってアイデンティティーって言うからには段々培ったって感じかもしれないですね」と返信がきた

たしかにー!!と深く納得したことで、自分のgender identityを振り返ってみたくなりnoteに綴ることにした。



回顧録

上記で頂いた言葉のように、この日を境に自分は中性だな!とはっきり認識したのではなく、段々といつの間にか形成されていた!の方が感覚としては本当に適切なのかもしれない。

自分の場合、幼少期の「ぼく」事件が始まりだった。近くのスーパーの店員さんから「ぼく」と言われたことがおそらく始まりだ。

「ぼくって言われた。ぼくじゃないよ男の子じゃないよ。間違われた。」

いまも覚えていて、当時を思い出して事件と表現するからには、幼少期の自分にとってはとても大きかったのだろう。はっきりとは覚えていないが何故か「恥ずかしい」に近い感情があったのだと思う。おそらくこの時から少しずつ「自分にはどこか男の子な要素があるんだ」と認識し始めた。


そしてそこから十数年間、小中高大とあがっていくなかで必ずどの学年でも言われる言葉があった。

「さっちゃんが男の子だったらよかったのにね」

小中は褒め言葉として捉えつつ生きていたと思う。深くは理解できていないが褒められているんだ、ありがとうと思っていた。


高校生になる頃には、人としては好意的に受け入れてくれているが、胸がついているか下がついているかで何か判断が変わるんだと思うようになった。そんななか高校1年生のときに彼女ができた。

初めて「男の子だったら」と言われ続けた性別に関係なく付き合った人だ。が、学校行事でカナダへ研修旅行に行った際、さっちゃんも女の子なんだなって思ったと言われた。

1学年120名で8〜9割が女子という学校にいたこともあり、学内で男性を感じることが少ない環境だった。そんな学校の外へ出たことで感じたんだと思う。

「さっちゃんも女の子なんだ」と言われたとき、どちらかと言えば良い気持ちにはならず形容し難い複雑な気持ちになっていた。

当時は言語化できなかったが、今にして思えば男性の代わりとして付き合ってるの?結局あなたも「男の子だったらよかったのに」と言う人たちと一緒なのかと感じていたのかもしれない。


結局その子とは男性に浮気をされ別れることになった。その頃にははっきりと「どうして男じゃないんだろう」という気持ちがあった。

別に本心では男性になりたかったわけじゃない。今でも性転換したい気持ちは全くない。周囲からのこうだったらという声を聞き、男性に浮気されたことで心が弱かった自分は逃げたんだ。男だったらよかったのにと。

人から言われ続けた良いとも悪いとも言い難い複雑な気持ちになる言葉を自分が自分自身に投げかけるようになっていた。


大学生になる頃には「男の子だったらよかったのに」と言われる言葉がもう耳にタコになっていた。少しうんざりもしていた。

むしろ、はいはいあなたも言うんだねそういう人は同性もいけるよと感じていた。当時は性差に苛立ちを感じていたこともあり、もっと過激な表現をすると、黙れよ押し倒して抱いてやろうかとさえ思っていた。

その頃くらいには「性別なんか関係ない。女性でも男性でもどちらでもいいじゃないか」と思いながら、性別を1番気にして性別に振り回されている自分になっていた。


今にして思えば、周囲の同学年の女性の友達は、自分が女性で話しやすく、かつ男性のような雰囲気があることから、話しやすいこんなメンズがいたらいいのになと思って言ってたのだろうと思う。
例えるなら匂いも見た目もどことなくシフォンケーキなのに誤って砂糖ではなく塩が入ってしまっていた。それは砂糖だったらよかったのにって言うよね。そんな軽い感覚なんだと思う。(例え悪い…?笑)


しかし当時の自分にとって男の子だったらよかったのにという言葉は、自分の性別を捉える上で複雑な気持ちになる大きな言葉となっていた。


回顧録を書いて改めて思うこと

さて長々と書いてきたが、これが今の私のgender identityが形成されてきた過程の一部だ。ネガティブだったタイミングの気持ちも書いたが、悲観しているわけでもなく、誰かに気にかけてほしいわけでもない。振り返るとこんなことがあって、こんな気持ちがあって、この過程のなかで今の自分が出来上がったんだという回顧録である。


回顧して改めて思うことが2つある。
1つ目は、セクシャルが自分を知る1つの要素となったんだと思う。セクシャルに関係なく皆それぞれ自分の〇〇について思い考え時には悩むことがあるはずだ。自分にとってはそれがセクシャルであっただけだと今は思う。


2つ目は、人の〇〇、人が言う〇〇に振り回されるのは自分の軸がブレているからだ。言い換えると、他人主体の軸で生きているからだ。男の子だったらよかったのにという言葉で、時に考え悩んだことは、その時の自分が自分自身を「よし」とできていなかったのが要因だ。周りが、ではなく、自分がで生きないと、セクシャルに関係なくあらゆることで生きづらくなる。自分に軸を戻す1つの課題が、自分にとってはセクシャルだったんだろう。

最後に

私はアルケミストという2人組のアーティストが好きだ。彼らが歌う曲のなかで『地図』というタイトルの歌がある。その中で好きな歌詞のフレーズが以下である。


『ため息を集めて南風を作ろう
これから舟を出す人に
未来へ向かう地図を作ろう
ほほえみの風に出会えるように
明日へ向かう地図を作ろう』


正直、赤裸々に書いた文章を公開することで不快になる人もいるのかもしれない。ただ、本当に赤裸々に書いた。もしかしたら、本当にもしかしたら、アルケミストが歌うような南風となり、地図とまでは言わないが、gender identityを考える上で1つのサンプルとなれば。

そう思いながら今から公開しようと思う。



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