「ささやかに充実した退屈な暮らし」

表題は近藤聡乃さんのコミックエッセイ「ニューヨークで考え中」3巻に出てくる言葉である。
いい響きであると、素直に思う。無理な背伸びでも、極度な卑屈さでもなく、日々の暮らしを通して、自分の手の届く範囲の小さな幸せを大切にしていることが伝わってくる。

約2年ぶりのnoteかつ小学生ぶりの読書感想文をここに記そうと思う。気まぐれで、面倒臭がりな私でも、読んで感じたことを残しておきたいなと思える良作であった。

2023年1月現在、「ニューヨークで考え中」は全3巻である。エッセイを通して、近藤さんの「ささやかに充実した退屈な暮らし」をのぞかせてもらった。読んでいる私もなんだか穏やかな気持ちになる漫画であった。

8年間のニューヨーク暮らしをwebマガジン「空き地」で隔週連載し続けられているが、その中でも特に印象に残っていることがある。1巻のエピローグにある「私自身は何も変わっていないようでも、実はゆるやかに変化しているかもしれない」というエピソードだ。

私はよく(自分は子どもの頃から何も成長していない、てんで変わっていない。)と落ち込むことがある。しかし、そんなことはないのだ。自分自身がおだやかにゆっくり変化していることに気がついていないだけなのだ。
これを書いている現在、私の家には流行りの病がやってきている。父・母・妹が全員コロナ陽性になってしまった。朝・昼・晩の4人分の食事、洗濯、買い出しを全て私が行なっている。きっと大学で一度家を出る前の私であれば、てんやわんやで何もできなかったはずである。
私はおだやかに変化していることに気がついていなかった。今の当たり前が以前は当たり前ではなかったことを忘れてしまうのだ。

こういったゆるやかな変化は他にも色々あるはずで、そういったことに気がつけるよう、喜べるようになりたい。そして、自分や周りの変化を恐れず、楽しめるような人になりたい。

話がだいぶ脱線してしまったが、「ニューヨークで考え中」は素朴で等身大のエッセイが洗練されたタッチで描かれており、本当に素敵である。
まず、近藤さんの書かれる文字がとても綺麗なのだ。この漫画は、セリフも全て手書き文字である。習字の先生のように字が綺麗とはまた少し別のお話で、粒が揃っていて、丁寧で、読みやすく、漫画の雰囲気にとても馴染んでいる。
そして、絵である。出てくる街並みや食べ物が、まるで私がそこにいる、そこで食べているような気持ちになるほど魅力的なのだ。美大を卒業されて、アーティストである近藤さんの描かれる漫画は1コマ1コマが1枚の絵画のようである。私は特に3巻のエピローグの街の様子が描かれたコマの数々がお気に入りである。コロナ禍を乗り越えようとするニューヨークの様子が心の中に流れてくる気がするのだ。
最後に、この漫画は想定も美しいのだ。かがり綴じ(名前がわからなくて検索した)で製本されていて、どこを開いても平らになり、見開き完結の1話がストレスなく読める。こういうところの気配りを含めてこの漫画は本当に魅力的である。

昨年の12月に「やってみたいことはすぐやってみよう」と決め、国立新美術館に赴いてよかった。そして、DONAMI・明日展 2022-2023で近藤さんの作品に出会えてよかった。

他にも私が知らないだけで素敵で魅力的な作品やアーティストの方々がたくさんいらっしゃるはずだ。まずは、そういった方々を知りに美術館やギャララリーにもっと足を運んでみようと思った2023年新年である。


この記事が参加している募集

マンガ感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?