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『マイファミリー』という呪いに憑かれたモンスターvs物語の奴隷だった娘たちの人権回復の戦い

2022年春クールのTBS日曜劇場ドラマ『マイファミリー』が大団円を迎えた。

※この記事はドラマの結末・核心に触れる内容を含む可能性があります。ご注意の上でお読み下さい。


真犯人は「家族」に縛られた男だった。
「部下想い」という設定がこう生きてくるのか、と震撼した。

激務で帰宅できない部下を支える際に、部下の家庭を心配するまでは、まあ、わかる。
むしろ、理想の上司と言っていい。
ところが、部下を帰したり仕事の分担を仕切り直すでもなく、直接部下の家庭を支えに行くようになった真犯人は、部下の妻と不倫関係に陥る。部下とその家族を一心同体で愛すような珍しい入り口の不倫に「家族」という形式への信仰めいた気持ちが垣間見える。

不倫が部下の娘に発覚し、詰め寄られて弾みで殺してしまう。
その時に真犯人は「家族にバレたら怖い」と考えた。
不倫も、過失致死も、家族にバレたい人はいない。
しかし「家族にバレたくない」一心で他人の子供を繰り返し誘拐したり、部下を背後から殴打して気絶させたり、知人の妊娠中の妻を昏睡誘拐したりはしない。
「家族にバレたくない」一心で犯行がエスカレートしていく、歪んだ「家族愛」に取り憑かれたモンスターだ。

国民的人気芸人はブレイク当時その風貌から、相方と共に「極道」といじられていた。それが今や警察の要職に就いていて違和感がない。「悪人顔」が好感度と人柄により「貫禄」に変わっていく15年であった。

しかし、今回のドラマではデビュー当時のいわゆる「人相の悪さ」がみずみずしく蘇った。
撮影班は明らかに彼を「人間」や「サイコキラー」に見えないように「モンスター」として撮影していた。
重量感ある体躯から放たれる暴力は説得力があり、他のキャラクターよりも半径の大きい、玉のような汗が活写された。

有吉弘行は富澤たけしに「悲しきモンスター」とあだ名を付けた。
暴れ回るもすぐに警察に取り押さえられて連行される様はまさに、家族愛という幻想に取り憑かれた悲しきモンスターだった。

家族を信頼せず、恐れる。
劇中で最も「家族」を脆く捉えていたのは真犯人であった。
自分の息子の大学卒業まで逃げ切るために、隠蔽のために、他人の家族の幸せをいくらでも犠牲にする。

最初の不幸な犯行のきっかけは部下の家族への干渉だった。
その後の誘拐のエスカレートは自身の家族への恐怖が動機。

思えば真犯人は「ゲンポンからエルツー」と部下に指示を出す以外は、ほとんど家族の話しかしていなかった。数少ないセリフはほとんど「部下とのコミュニケーション」と「家族の話」で占められていたのだ。


家族幻想にうなされるモンスターに立ち向かうのが誘拐被害に遭う娘たちだ。
近年の映画や文学のトレンドからガールズ・エンパワーメントの文脈でも語れそうだが、ここでは「子供」というカテゴリで考えたい。

古今東西「誘拐事件モノ」のサスペンスでは「子供」という役柄は小道具であった。

問答無用に守らねばならない存在。
守らねば簡単に壊れてしまう存在。
自分では動けない存在。

「平穏な家族生活における子供」
「何者かに拐われる子供」
「人質として怖い思いで過ごす子供」
「救出される子供」

この4シーンさえいてくれれば事足りる小道具だった。
しかし、『マイファミリー』の子供は違う。

そもそも事件の発端は、母と不倫関係にある真犯人を心春という少女が呼び出したことだった。
彼女は両親の家庭問題を、両親抜きで解決しようと試みる。
そこで真犯人に引き継がれた「ゆうかい計画」のメモを元に、図らずも別の家族(鳴沢家、三輪家)が再生していく、皮肉でもあり、希望でもある物語だ。

とある娘は、PTSDに苦しみながらも警察からの指示通り聞き込みを行い、手がかりにたどり着く。
とある娘は、見栄と激情の父に発破をかける。
とある娘は、5年越しに親友の失踪の鍵を握っていそうな真犯人に直接二人きりで対峙する。

実咲という少女が真犯人と対峙する場面は、そのまま心春の死の場面の反復だ。心春からメモ帳を引き継いだ真犯人と、心春から写真を引き継いだ実咲が、あの時のように二人で対峙する。

そして、実咲の脱出の動機は「怖いから」「早くパパとママに会いたいから」ではなく「心臓病の母にこれ以上心労をかけないため」というこれ以上ない利他的なものだ。その結果、転落して意識不明になってしまうのだが、これは真犯人の計画を狂わせるきっかけとして機能する。誘拐事件サスペンスの歴史において「小道具」だった子供という存在が「大人」の支配から逃れて人権を取り返した瞬間だ。

実咲の肉体は固い地面に落下して流血したが、既にその存在は「大人同士の交渉の道具」という檻から飛び出しているのだ。

逞しい子供達に対して、劇中の大人は情けない。
二宮和也、玉木宏、賀来賢人、多部未華子といった美男美女が本来の好感度を度外視していがみ合うドラマ前半は、終盤の子供たちの活躍のフリであった。大人たちも、名誉のため、自分の家族のために傷つけ合うが、自身の過去を顧みて、告白して、癒された者から利他的になっていく。

本来は大人が守るべき「家族」を、子供たちが守っている物語だ。

「現代において多様な家族の在り方を描く物語かな」と思っていたので、異性愛の夫婦と血の繋がりある親子しか登場しなかったのはややもったいなく感じたが、「家族」を肯定的に描かなければならない枠のドラマで「家族」という呪いに取り憑かれたモンスターとそれに立ち向かう子供たちを描き切ったという意味で、ドラマ史に残る大傑作だ。

ヘッダー画像引用元 https://www.oricon.co.jp/news/2238336/full/

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