決め事

ボクは、ドクロ杖をついたもんたよしのりが歌うビーズを、
受け入れるのに、20年の歳月がかかった。

ビーズが歌わないと、その唄はミエナイチカラじゃないと、
当時人気だった高校生探偵のドラマか何かの惰性でみていた、
音楽バラエティ番組を観て、その時はそう思ってしまった。

ボクの中のボクの決め事は、もんたよしのりさんの音楽性どころか、
10年近くも続いた、人気番組の趣旨自体を否定していたことに、
ある日、ふと気がついた。

この地球には人間の数どころか、思考の数だけの正解という決め事と、
そうでないこと、間違いとされてしまった罪のない決め事が、
カタチも持たず存在している。

時に誰かがその誰かの正解を振りかざすことが、暴力になることもあると、
そう思うのだった。

一度嫌悪を抱いしてしまったその人の、ガムの噛み方すら、
気に入らなくなってしまう、あの自分勝手な感情と思考を、
誰もが捨てられれば、きっと世界平和が訪れるでしょう。

しかし、そんな世の中になることも、
口を開けながらガムを噛むことを禁ずる法律を作るものむつかしいので、
いつでも、なんでも一笑いをしてからそれらを、
受け入れたるような人になりたいと、思うのでした。

パンクロックを聴いて、反抗することはが正しく、
批判することこそが正義だと思い込み、
あの音楽バラエティ番組が嫌いだと吠えていた自分を恥じても、
しょうがないですが、

35歳になってやっと、それらを理解したつもりになれたことを、
きっといいことなんだと、思うようにしよう。

「嫌いなものは特にない、あるのはどうでもいいものばかり」
そんなパンチラインを、心の片隅に置いて。


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