一服

缶コーヒー工場の横を通りかかったとき、
しっかりと甘みを含んだあのコーヒーの香りが、漂うてきた。

そのときボクは、つめた~い缶コーヒーが飲みたくなったけど、
その香りの中で、毎日働くのは、どのようなものか、少しだけ考えた。
それについての自分の答えはとくにでなかった。

蜃気楼が見えそうなくらい暑かったある日に、お大工さんが、
自動販売機でたくさんの缶コーヒーを買っていた。

塩分ミネラル水分を補給しましょうと、
これでもかと啓蒙される、そんな時代になろうとも、

3時のお茶の時間にやるタバコとつめた~い缶コーヒーは、
働く男たちにとってサプライというよりもネセサリーであり、
自販機はオアシスというよりも桃源郷なのである。

ここ10年の間にコーヒー文化の波が2度も3度もこの国に押し寄せ、
生活的にも楽しみ方もすっかり変えてしまった。

行くことすらステータスだったような、スターバックスも、
マクドナルド並みに店が増えて、すっかりコーヒーショップとして、
いい意味で日常のものになった。

そして、たくさんの焙煎所と焙煎士が現れて、
今まで味わったことのないようなコーヒーを提供してくれるようになった。
ITとはちがう進化が、あるように思えた。

なんだか真面目に語ってしまった。こんなはずじゃなかった。

兎にも角にも、美味しいコーヒーも好きだし、
缶コーヒーも好きだという、話がしたかった。

歌の歌詞に、缶コーヒーという歌詞をあまり聞かなくなったのが、
少しさみしいと思う三十代半ば。2018年9月のとこだった。

夜風が冷たく、そろそろあったか〜いコーヒーか。
でもそのぬくもりは、100円玉だけでは買えなくなってしまったけど。

一服って、なんかいい。それでいい。そんな話がしたかった。




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