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だんだん生活にしていこう

お土産にと持参したカレーライスをふたりで食べる。わたしはチキンカレー、彼はビーフカレー。

テレビのロケ弁で有名な配達専門のカレーで、彼は具の大きさに驚き、喜んでいる。「おいしいなあ、幸せですねえ」と言うので「そうだね」と大きな共感を持って返した。

「来年の目標はありますか?」

年内に彼と会うのは、この日が最後だった。年末らしい締めの質問に、少し間を空けてから

「まずはふたり暮らしの実現かなあ」

そう答えると、彼はにこにこっと目尻を下げながら、うんうんと頷く。


「よければ、一緒に暮らしませんか」

そう言われたのは2023年の春頃だった。

うれしくないわけではなかったけれど、内心不安と驚きでいっぱいだった。10代の頃とは全然異なる言葉の重みや、まだ付き合いを始めて2カ月も経たないタイミングだったこと、なによりわたし自身が生まれてから27年間、一度も実家を出たことがないことが大きかった。

一人暮らしをスキップして、他人と暮らす。わたしが。

「実現したいね」と言いながらも、その不安が顔に出てしまっていたようだった。彼は「でも実行するとなると、早くて1年後くらいで……今すぐじゃないですから」とやさしく言った。

1年。

長いようだけれど、ぼーっとしていたらあっという間に決断の時がやってくるのは目に見えている。

不安なのは、知らないからだ。何を考えれば良いのか、お金はどれくらい必要なのか。

できることから始めようと、手始めにInstagramで情報収集することにした。「ふたり暮らし」や「同棲」などといったハッシュタグをひたすら検索する。

「寝具は妥協しない!」
「互いの親にあいさつはしたほうがいい」
「家具家電が安いのはこの時期」
「引っ越し予定日の〇カ月前までに話し合うことリスト」
「ドラム式洗濯機のメリット・デメリット」……。

でるわでるわ、情報の嵐。それらにめまいを覚えながらも、なんとか目を凝らす。ちょっとでも気になる投稿があれば、即座に専用のフォルダに保存した。

何度か見返していると、投稿内容がだいたい4つのカテゴリーに分けられることに気がついた。①引っ越しの手順などのマニュアル系②間取り③家具家電、日用品④お金関係だ。

まとめて保存していた投稿を、さらにそのカテゴリー毎に分類する。するとそれぞれの中で、「まさかこれ、同じアカウントの投稿ばかり載っている?」と、つい疑いそうになるほど、内容が重なる投稿も多々あった。

言い換えれば、気をつけることや抱える悩みなどは皆、大なり小なり似ているということでもあった。

共通項をノートに殴り書きしながら、そうやって他人と暮らすことへの解像度を、自分なりに上げていく。極めつけは彼にその内容を報告することで、自分の頭の中を整理し、知識を蓄えていった。

それは自分の中の不安を解消するための行動であり、わたしなりの「真剣に考えているよ」というアピールでもあった。

情報収集の結果報告からわりとすぐ、「今度自分も報告したいことがある」と向こうからメッセージが届いた。わたしの報告を聞いて、「自分もできることを」と考えてくれたそうだ。彼なりに何かネットで調べてくれたんだろうか? 誰かからアドバイスをもらったのだろうか?

後日、彼が見せてきたのは、Excelで作成した表だった。一番上の列に、わたしと彼の名前や、わたしの実家の最寄り駅名などが載っている。

見ただけで何か理解できず、ポカンとしていると、彼が画面を指さし説明を始めた。それぞれの職場からちょうど良い最寄り駅(そのときの条件は30分以内、乗り換え1回まで)を算出するものだという。

不動産屋のシステム?

「うわははは!」。あまりに予想外で、大きな驚きと喜びのあまり、思わず爆笑してしまったのだった。


年末へ向かうにつれ、わたしはだんだんと、会った人に自分にそういった予定があること明かし、「他人と暮らすうえで、気をつけた方がいいことは?」と尋ねるようになった。

ある人が「正解がないことは当然として」と前置きしたあと、「交際から生活へ移り変わっていくとき、相手を受け入れられるかどうかじゃないかな」と言った。

交際から生活へ。それは「一緒に暮らしませんか?」と言ってもらえたあの日から、ずっと抱えていた不安の正体のように思えた。

わたしたちはいま、交際をしている状態にある。それはきっと、互いの違いをおもしろがれる関係性を指すのではないかと思う。それこそ、互いにふたり暮らしへ向けて、全く異なるアプローチをしたこととか。

ふたり暮らしをはじめたばかりの頃は、きっと楽しくて仕方ないだろう。それは容易に想像できる。

でもそれは、遅かれ早かれ終了し、日常に、「生活」になっていく。そのとき、わたしたちはどうなっていくのか。


彼と出会った頃を思い出す。

それまでわたしはずっと、今の「生活」を変えること、手放すことが怖くて嫌だった。

だからずっと、自分にとって都合のいい人をパートナーに、と探していた(当時は気づかなかったけれど)。

「都合のいい人」とは、今の実家暮らしに近い生活を維持させてくれる人のことだ。オブラートに包まずに言えば、経済的な安定であったり、好きなことに対する時間の確保ができたり。そういう、ぬるま湯のような環境を、そのまま続けさせてくれる人。

そんなパートナー探しは、当然ちっとも上手くいかなかった。だって相手の内側を、まるで見ようとしていなかったから。

会って話しても、その人の外側をただなぞるだけの空虚な時間が続く。さようならをした後、ただ疲労感が漂うだけだった。

彼と知り合ったのは、そんなパートナー探しをそろそろ一旦やめようというタイミングだった。初めて会ったとき、ふっと、「なんだか、すこやかな人だなあ」と思った。

最初はなぜそう感じたのかわからなかった。けれど何度か会ううちに、その「すこやかさ」の正体の一つが、その日その瞬間の感情を、素直に口に出せることにあるのだと気づいた。

おいしいものを食べて、「うれしい」と言う。
喫茶店まで歩いている道中、突然「しあわせだ」と言う。
ケンカをしたあと、「さみしい」と言う。

自分の中に生まれた感情を吐露できるということは、自分で自分を受容することができているということ。自分を肯定している証だということ。

そんなことを、わたしは本を読んだり、コーチングを学んだりしながら知ったけれど、彼は自然とやってのけていた。感情を照れずに自然と伝えてくるこの人が、わたしは目映くて仕方ない。


ふたり暮らしのことは、まだまだ机上の空論レベルだ。

けど、どんな暮らしが理想かな? まだ実感が湧かないし、実際に内見とか行かないとピンとこないね、なんて悠長に構えていた期間はもう終わろうとしている。

いつのことだったか、彼に「理想のふたり暮らし」をたずねたことがある。「これは大前提かもしれませんが、帰りたくなる場所であることじゃないですかね……」と言った。

彼はきっと意識していないけれど、それは交際の先にある、「生活」を見据えた言葉だったのではないかと、今は思う。

新しい生活へと向かっていく覚悟はできている。

トライアル&エラーを繰り返していこう。
いろいろなグラデーションの中で、良い塩梅を見つけていこう。
だんだん、生活にしていこう。
帰りたくなる、場所をつくろう。

わたし、すこやかなあなたと暮らせること、本当に楽しみにしてる。

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