バター

 あたしの仕事は身体を舐められる仕事だ。舐める仕事もあるけれど舌先が疲れるので一回試したけれどやめてその系列店の舐められる方にした。
「まゆちゃん、来てすぐだけれど指名で65分いいかな」
 フロントの人が声をかけてくる。あれ? 新人かなぁ。フロントは人がコロコロ変わるのでいちいち名前などおぼえない。てゆうかお客さんの名前など誰も知らない。
「はーい」
 やる気のない生返事をし、今日は何番のお部屋ですか? と、たづねると、一旦ノートに顔を向け確認をしたあと、ピースをして寄越した。あー、あー、2番か。けれどそのにやけた顔でピースをするのはどうかとも思ったけれど、まあいっか、と思い直しつつ部屋に入る。
 部屋にはシングルベットと建築現場に置いてあるようなトイレくらいのシャワー室とタオルと小さな冷蔵庫しかない。部屋は前に使っていた子がすぐ使えるようにしておくためあたしにはすでにやることがない。なので内線電話を待つだけだ。商売道具の身体はいつもメンテナンスに出している。内線電話が鳴り受話器を上げる。「お客さま、通しまーす」まーす? おいおい新人さんよー。と、毒ずくも、まあいっか、とすぐにもちなおしベッドに横になった。
「おじゃましまーす」遠慮がちな声をだしてわりにお客さんはどうどうと入ってきた。じゃあ、タイマーセットしますね、ベットの脇にあるタイマーを押す。お客さんはそれを目で見たタイミングで洋服を脱ぎ出した。汗くささと足のくささが異様に充満し急に空気清浄機が作動しだしお客さんはぎょっとなった。まずい。笑をかみ殺すころに集中しないと今にも大声で笑ってしまいそうだ。お客さんがシャワー室に入っていったと同時に声を出さなずお腹を抱えた。この仕事はまずもって笑わないことが必須なのだ。声もちょっとだけならいいけれど出してはいけない。わりと過酷な要求である。『ガラガラー』うがいをしている音がする。この音には個性があり何回もしつこくやる人もいれば、一回だけの人もいる。何回してもまあ効果は同じだけれど。というのは黙っておく。
 うがいを終え、裸のまま出てきたお客さんは部屋の明かりを自分で調節をし納得のいく部屋の明るさになったところで
「じゃあ、はじめます」
 今から魚を三枚下ろしにする口調になってはじめだした。
「あれれ?」お客さんの顔がちょうど乳首のあたりにきたとき怪訝そうに声をあげる。あたしは、ん? という顔をしてみせお客さんの言葉を待つ。
「あのさ、まゆちゃん、ちょっとね、ここさ、かなりすり減ってるよ。あばらがね浮き出ているし。この前のときはこんなに見えなかったのになぁ」
 とっても残念そうにいうもそれでもやっぱり身体を舐めだした。横たわっているあたしの身体は裸でそれでいて毛も全部ないし怪我もあざもほくろもない。唯一乳首がピンクなだけで他は真っ白だ。最初は乳首ばっか舐めてくるけれど最後はやはり陰部でそこらへんがよくすり減ってくので毎日メンテナンスをし補充をしている。あばらはまだいいと過信をしていた。
 どうしてこんなにも舐めたがるのだろう。最初この仕事をはじめたころいつも不思議に思っていたけれど舐めて触って英気を養う人の多さに驚く。たいがいはもてそうにないブサイクな人が多いけれど、え? こんな人が? みたいなときもある。たくさん舐められるので身体はだんだんとすり減るので減った部分は注射をして補っている。お店の横がそれ専門のお店だ。
 3年前。この仕事をはじめたころはもっとふっくらとしていたけれど、今は舐められすぎてしまいふっくらではなくなり痩せ型になってしまい、お客さんのつきもじょじょに悪くなっている。鶏ガラよりもさ、豚の丸焼きがいいだろ? 以前フロントのタナカさんにいわれた。けれどこの仕事やると最後はさ、鶏ガラになって辞めるしかないんだけれどね、と、しみじみした声でつけたした。はぁ。そのときの話のよう今まさに鶏ガラになりつつある。「あー、よかったよ。満足した」
 顔中に唾をつけた顔でお客さんはまんえんの笑みを浮かべる。あたしの身体も唾液まみれだ。
「まゆちゃん、」
 お客さんが神妙な面持ちで名前を呼んだ。はい。そんな目でお客さんをみつめる。
「舐めすぎてごめんな。俺、まゆちゃんを舐めることが生きがいなんだよ」
 んな、大げさじゃね? と思ったけれど、そうですかぁ、的な優しい目でお客さんをじっとみつめる。
「だから栄養をとってやめないでね」
 あたしは勝手にうなずいていた。
 
「あたしさ、舐められる仕事してんだぁ」と胸を張りいえる仕事ではない。どちらかといえば日陰の仕事だ。舐めることにより神経安定をはかり精神を癒す。というモチーフの店が多々ある。世の中はいつも愛に飢えているのだ。
「まゆちゃんたちの仕事はねバターなんだ。栄養価の高いバター」
 お客さん、うまいこというなぁ、と思いつつお客さんが出ていったあと、部屋を片していたら、保冷になったバックの中に六甲のおいしいバターが2個入っていた。
 忘れ物? それともあたしへのプレゼント? お客さんはすでに帰ってしまい、あたしはバターをもらうことにした。
 栄養を与えるなら栄養を取れってことね。
 勝手な想像。けれどあたしはクスクスと笑いがとまらず何分か笑った。笑うことも栄養なんだよね。タナカさんにあと乳首を舐めてもらおう。これもあたしなりの癒しなのだから。

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