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共にB.LEAGUE PREMIERへ。全試合満員で平均入場者数3,000名を達成した「COUNT 90,000 PROJECT」の舞台裏

このプロジェクトをスタートさせた理由には、シーホース三河ならではの事情がありました。ライターの山田智子さんに、プロジェクトを主導した2名のフロントスタッフへインタビューしていただき執筆していただきました。この取材・記事の作成を通してプロジェクトの達成は本当に多くの方々の力があってのことだったと改めて実感することができました。(シーホース三河note事務局)
※インタビューは2024年3月中旬に行っています。

「B.LEAGUE PREMIER」参入のために、ホームゲーム30試合すべてで3,000名以上の来場者を目指す「COUNT 90,000 PROJECT」。
2023-24シーズンは開幕から全試合で満員御礼、4月27日佐賀戦で、目標のシーズン総入場者数9万名を達成した。

プロジェクトの発起人であるシーホース三河マーケティンググループの黒川正章、地域密着チームの鈴木好裕に舞台裏を語ってもらった。

左:黒川 右:鈴木

1,700人。
ホーム開幕戦なのに……。
2022年10月8日、ウィングアリーナ刈谷で行われた仙台89ERS戦。SNS用の動画を撮影しながら、プロモーション担当の黒川正章は空席が目立つアリーナを見渡して危機感を募らせていた。

「ホームの開幕戦は、特別なPRをしなくてもお客さまが来てくださると、僕だけでなく多くのスタッフが思い込んでいました。前のシーズンはコロナ禍で入場者が50%に制限されていましたが、100%に緩和されれば自然にもどってきてくださるだろうと。楽観的な予測が間違いであったことを、この試合で突きつけられました」

2022年10月8日仙台89ERS戦

強い危惧の念を抱いたのには理由があった。
Bリーグは2026年から「B.LEAGUE PREMIER」という新たなリーグをスタートさせる。初年度となる2026-27シーズンから参入するためには、「5,000席以上の大規模アリーナの確保」「売上高12億円」「平均入場者数4,000名(3次審査で3,000名)」の3つの条件を2023-24シーズンまでに満たさなければならない。

シーホース三河は、アリーナと売上に関しては達成の見込みが立っていた。問題は、入場者数だ。メインアリーナとしているウィングアリーナ刈谷の最大収容人数は本来の席数として約2,800席、試合開催時に特設した席を追加しても3,000席強。「平均3,000名以上」を達成するためには、全試合をほぼ満席にしなければならないという難題を抱えていた。

「シーホース三河は1947年創部の伝統のあるチームであり、今後も三河地域に貢献するためにB.LEAGUE PREMIERへの参入を目指しています。審査対象シーズン内に平均3,000名を超えなければいけないことは 5、6年前から社内で共有されていました。コロナ禍前の2017-18シーズンに平均2,850名を達成していたため、届きそうな目標だと悠長に構えていたところがありました」

コロナ禍を経て、気がつけば審査対象シーズンはあと2シーズンに迫っていた。そのうちの貴重な1回である2022-23シーズンの開幕戦で1,700名。この数字は、同シーズンでの平均3,000名達成が難しくなったことを意味していた。

それでもこの時は、わずかながら希望を持っていた。このシーズンはアウェーでの名古屋ダイヤモンドドルフィンズとの先だし開幕戦で始まり、多くのファン・ブースターが名古屋市にあるドルフィンズアリーナに駆けつけていた。「もしかしたら、アウェーの開幕戦にお客さまが流れてしまったのかもしれない」。だが、翌週の京都ハンナリーズ戦でその願いは無残にも打ち砕かれる。5,000名収容のスカイホール豊田で、Game1は2,566名、Game2は3,133名にとどまった。2022-23シーズンでの達成はわずか2節で不可能になった。

マーケティンググループ 黒川正章

「チャンスは2023-24シーズンの一発勝負。今、動かなければ取り返しのつかないことになる」(黒川)

京都戦後、撤収作業が行われるアリーナの裏で、黒川や鈴木好裕ら中堅のスタッフが自主的に集まり、危機感を共有。対応に向けて、すぐに動き出した。

「プロジェクトを立ち上げる時は、上長に話をして、承認してもらうのが通常の流れです。しかし、その時間を待っている猶予すらないと思いました。スカイホールで話をしたメンバーが集まって、先行してミーティングを行い、対策を検討しました」(黒川)

本番の2023-24シーズンに向けて、改善をスタート

プロジェクトメンバーは、コロナ禍以前のホームゲームの熱気を取り戻すため、過去に実施していた取り組みを見直した。政府の新型コロナウイルス対策基本方針改正も鑑みながら、選手とこたつで写真撮影会など、ファン・ブースターと選手との交流イベントを実施。シーホース三河らしさの象徴でもある「菓子まき・餅まき大会」を約3年ぶりに復活する。

「コロナ禍で僕たちもやや忘れていたところがありましたが、イベントを再開して、『足りていなかったな』と実感しました。正直なところ、イベントは直接的な来場者増にはつながりません。でも『面白かった』『楽しかった』など来場したお客さまの持ち帰る印象が変わり、次にまた来たいと思える空気を作り出せるのではないかと考えていた。本番は次のシーズンなので、前年のうちにそこに気づけたことは大きかったです」(鈴木)

地域密着チーム 鈴木好裕

また、「ガールズフェス」をテーマに開催された2023年1月28 日・29日の茨城ロボッツ戦に女性限定で招待施策を実施した。シーホース三河はBリーグ開幕以降、「質の高いアリーナエンターテインメント」と「心のこもったホスピタリティ」を軸に、お金を払っても行きたくなる楽しいホームゲームを追求してきた。それゆえ、無料招待を行わないことにこだわりを持ってきたが、自治体と連携して市民招待を行うなど限定的に無料招待・優待をスタートした。

そうしたさまざまな改善を行った結果、2022-23年の最終節・ウィングアリーナ刈谷での三遠ネオフェニックス戦は、3,090名、3,133名と連日3,000名超の観客を迎えることに成功。「ようやくスタートラインに立てたという感じでしたね。昨シーズンはチームの成績が芳しくなかった中でも3,000名のお客さまが来てくださったことへの安堵と、招待をやりすぎているんじゃなかという不安と、色々な気持ちが入り混じったシーズンの締めくくりでした」(黒川)。

2023年5月7日三遠ネオフェニックス戦

ファン・ブースターとも危機感を共有

シーホース三河は、選手やスタッフだけのものではない。応援してくれるファン・ブースター、パートナー企業、地域のものでもある。

ラストチャンス。絶対に負けられない戦いに挑むにあたり、クラブはシーズンオフの9月に「COUNT 90,000 PROJECT」を発表。シーホース三河に関わるすべての人に、クラブが直面している課題を隠すことなく明かし、共に戦ってほしいと訴えた。

危機感を共有したのは、シーホース三河が独特の難しさを抱えていたことが背景にある。B.LEAGUE PREMIERの参入に必要な3,000という数字は、チケットの「販売数」ではなく「来場者数」が基準になる。チケットが3,000枚売れていても、実際に来場しなければカウントされない。

2022-23シーズンの着券率(来場率)は約88%。収容人数が5,000名のアリーナであれば、着券率が88%であっても4,400名の方が来場していただける。しかし、シーホース三河のメインアリーナであるウィングアリーナ刈谷の収容人数は、立ち見も入れても3,300名ほど。チケットを持っている人に、確実にアリーナに来てもらう必要があった。

「仮に3,300席のうち95%が売れて、着券率が90%であれば3,000名に届きません。まずは優待・招待券を含めてチケットを完売させること、次にチケットを持った方に当日確実に来場していただくこと、この二つの掛け合わせが重要でした。外部のチケッティングに詳しい方たちにお話を伺ったりもしましたが、同じような前例がなく苦心しました」(黒川)

「着券率」という耳なじみのない言葉にも意識を向けてもらい、難しい条件の中で平均3,000名を達成する。そのために立ち上げたのが「COUNT 90,000 PROJECT」だった。

「お客さまの中にはクラブの呼びかけの詳細にもしっかりと耳を傾けてくださる方もいれば、目の前の試合を楽しみたいという方もいらっしゃると思います。あまり危機感や悲壮感を強調しすぎては、純粋にバスケを楽しみに来ている方のノイズになってしまいます。だから、こちらからあまりプッシュしすぎず、必要な方に必要な情報をしっかりと届けられるように、コミュニケーションを丁寧に設計しました。

シーズンテーマの「ガチ。」も同様で、B.LEAGUE PREMIERの参入条件を理解している方には崖っぷちの本気を感じていただけるし、ワールドカップやスラムダンクの映画の影響でバスケを初めて観に来た方には最後まであきらめないという意味に見てもらえるのではないか。シーホース三河との親密度の違いによって楽しさに差が出ないよう、バランスには配慮しました」(黒川)

これは筆者の私見だが、シーホース三河はBリーグ以前からチームを応援しているファン・ブースターが多く、ファミリーのような一体感がある。それも手伝ってか、「COUNT 90,000 PROJECT」を発表すると、多くのファン・ブースターがクラブの現状を理解。みんなでピンチを乗り越えようと積極的に協力をはじめた。「着券率」が重要であることも浸透。SNSでは、少しでも空席があると心配する声や、行けなくなった試合のチケットを譲り合う投稿が例年以上に目につくようになった。

90,000名達成のために、できることはすべてやる

このオフには、NBAの現役コーチだったライアン・リッチマン氏をヘッドコーチに迎え、チームの体制も大きく変わった。
このプロジェクトを達成するためには、新体制への期待感を最大化し、来場につなげる必要があった。そこで広報チームと連動してリッチマンHCの就任記者会見を大々的に実施。さらに、選手のオンコート・オフコートでの様子を追いかける動画コンテンツ「on-off SEAHORSES」でも、「年間予算の4割をオフシーズンにかためて、一足先に練習を見て僕たちが感じた開幕への期待感をファン・ブースターの皆さんに共有することに努めました」(黒川)。

シーホース三河のレジェンドで、今シーズンからシニアプロデューサーに就任した佐古賢一が「COUNT 90,000 PROJECT」の先頭に立った。選手にもクラブの状況を理解してもらうために説明会を実施。「選手に理解してもらうことで、インタビューなどで話す言葉も変わってきます。柏木さんは説明会の前からびっくりするくらい詳しくて、ベテラン選手が率先して協力してくれたことも非常に助けになりました」と黒川は振り返る。

さらに、パートナー企業にも協力を要請した。契約の一部として購入いただくチケットも貴重な1席。営業担当者がチケットを渡す際に事情を説明し、できるだけ空席にならいないようにお願いした。「アイシンさんには、毎回チケットの着券率をお伝えしています。パートナー企業の皆さまには申し訳ない気持ちもあるのですが、ご理解とご協力をいただき本当にありがたいです」(黒川)。

全ホームゲームで満員御礼。2試合を残して90,000名を達成

迎えた2023-24シーズンのホーム開幕戦。スカイホール豊田は青に染まっていた。Game1は4,456名、Game2は4,459名。翌節のウィングアリーナ刈谷開幕はGame1が3121名、Game2が3128名と、「COUNT 90,000 PROJECT」は順調な滑り出しを見せた。

「これまでで最も不安な開幕戦でした。チケットの販売数は分かっていましたが、大事なのは着券率。お祭りやグランパスさんの試合と日程が重なるなど懸念点が多かったので、心配していました。試合中はコートで動画の撮影をしているので、インカムの音がよく聞こえていなくて、実際に来場者数が発表されるまでは安心できませんでした」(黒川)

2024年10月14日川崎ブレイブサンダース戦

その後も一度も3,000名を割ることなく全試合満員、90,000名達成に向けて着実にカウントダウンが進んだ。

「それでも1月2月は安心できなかったですね。例えば雪が降って、1試合でも1,500名くらいの試合があれば、一気に雲行きがあやしくなる。天気はいつも気にしていましたね。3月頭の金曜日の大阪戦あたりから、ようやく通常の気持ちに戻りました」(黒川)

「1月の岡崎中央総合公園総合体育館の“愛知ダービー”で2日連続で4,000名以上のお客さまをお迎えできて、すごく気持ちが楽になりました。開幕から続いていた緊張感から少し解放されました」(鈴木)

ファン・ブースター、地域、パートナー企業、フロントスタッフ……、シーホース三河が総力を結集して挑んだプロジェクトは、4月27日佐賀戦で目標の90,000名を達成。B.LEAGUE PREMIER入りの条件をクリアした。

2026年に向けて、チャレンジは続く

一難去ってまた一難。2024-25シーズンは、再び試練が降りかかる。ホームアリーナのウィングアリーナ刈谷が「第20回アジア競技大会」および「第5回アジアパラ競技大会」に向けて改修工事に入り、2025年3月まで使用できなくなるのだ。その間に使用する刈谷市体育館の席数は約2,000席と大幅に減少する。

「コロナ明けの“1,700名”と同じ轍を踏まないように、今からできる準備を進めていきたい」。そう語る黒川は、2026年愛知県安城市に誕生する新アリーナのプロジェクトメンバーでもある。

「他クラブの使用するアリーナの概要も見えてきている中で、2026年以降の戦略を考える時期に入ってきています。僕はシーホース三河のホームゲームの熱く温かい雰囲気が大好きなのですが、単純にアリーナのキャパだけを比べれば、お隣のドルフィンズさんとは3倍近い差があります。それはそのままクラブの収益の差に直結しかねません。

この条件で、どう生き残っていくのか、どんなシーホース三河の存在価値を創っていくのか、これから考えなければいけない大きな課題だと思っています。

しかしながら、今回のCOUNT 90,000 PROJECTで、非常に多くのファン・ブースターの皆さんや、地域、パートナー企業が協力してくださった。この熱量の高さと温かさは、私たちの大きな武器です。これからも共に、シーホース三河を創り上げていけたらと考えています」


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