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B2B SaaSのProduct Market Fit (4) -どのようにPMF到達を計測すべきか?-

前回の記事ではSuperhuman社の事例を参考にしながら、PMF検証の進め方を考えました。プロダクトに対して親和性の高いユーザーの特定し、そのユーザーにフォーカスした開発を行い、障害となる事項を取り除くことがその進め方でした。

今回は、その先の話として、どのような場合にPMF到達したといえるか、検討したいと考えています。

PMF到達をアンケートで確認することは可能か?

前回のSuperhuman社の事例では、ユーザーに直接メールでアンケーを実施することにより、PMF到達の程度を計測しています。

PMF関係の記事を読むと、ユーザーへのアンケートやヒアリングを通じて、「プロダクトが無くなったら残念に思うか?」を定量的に把握したり、「このプロダクトを親しい友人や同僚に薦める可能性はどのくらいあるか?」というNet Promoting Score(NPS)を計測したりすることにより、PMF到達を判断するのが良いと書かれています。

確かに、この質問に対する回答がポジティブであればPMFに到達したといえるでしょう。しかしながら、このアンケートを通じて定量的に比率を計測することは、少なくとも日本のB2B SaaSではミスリードに陥りやすいです。

その理由は3点あります。

第一に、プロダクトの性質にもよりますが、初期段階から計測しようとしてもアンケートのN数が少ない可能性があります。特にエンタープライズ向けSaaSですと、このアンケートを取得しようとしてもPMF検証段階ではN数が足りないと思われます。

 第二に、日本人は総じて、上記のような質問に「普通」と評価しがちで、あまり顕著に結果として現れないという点があります。

第三に、これが一番危険ですが、偽PMFに陥りやすいです。プロダクトの検証をお願いするのが友達や前職だったり、プロダクトの検証を通じてユーザーと親しくなったります。その場合に、個人的な感情から「悪い」と評価し辛くなるというのがあります。B2Cで、友人や家族でトライアルをするな、と言われているのと同じ理由です。

以上の点を考えますと、PMF到達の程度は、客観的な視点から判断すべきです。

PMF到達を客観的な視点から判断する方法

Superhuman社では「プロダクトが無くなったら残念に思うか?」をアンケートで把握しています。これと関連するプロダクトに対するするユーザーの満足度は、下記の3点で判断するのが良いでしょう。これはPUFの指標ともいえます。

実際にユーザーが利用しているのか?
「プロダクトが無くなったら残念に思うか?」をアンケート等で聞くよりも、実際にユーザーのプロダクト利用の実態を見る方が、それがよく分かります。プロダクトを愛しているユーザーはプロダクトを積極的に利用しています。プロダクトの性質に応じて、その利用の状況を計測するポイントを設置します。例えば、「毎日プロダクトにログインするか?」も一つの指標です。
プロダクトを使い続けてくれるか?
こちらも同様です。PMF達成している場合、B2B SaaSでは、確実にユーザーが使い続けてくれるでしょう。ユーザーのリテンションレートはどの程度でしょうか? これはGo-to-Marketの必須条件ともいえます。
プロダクトの劇的な導入効果があるか?
B2B SaaSの場合、ユーザーが「プロダクトを愛する」ためは、売上や生産性の向上、コスト削減や業務効率化等の効果が必要不可欠の条件です。例え、ビジョナリーなプロダクトだとしても、確実に導入効果があります。B2B SaaSの場合、導入効果の無いプロダクトに対して、感情的な愛着が沸くことはありません。プロダクトの劇的な導入効果があれば、ユーザーが「プロダクトを愛する」と推認できます。
なお、ここでポイントなのは「劇的」という点です。少しの改善ですと、既存の業務オペレーションを変更してまで、今すぐこのプロダクトを使う理由になりません。ユーザーにプロダクトを愛してもらうためには、劇的な効果が必要です。個人的な感覚としては、既存オペレーションより5倍〜10倍の改善効果が必要です。

また、PFMに必要なマーケットとの適合性の程度に関しては、下記3点を判断するのが良いでしょう。

実際にプロダクトにお金を払ってくれるか?
「プロダクトを使い続けてくれる」と「プロダクトにお金を払ってくれる」は別問題です。プロダクトを愛していても、B2B SaaSの場合、PMF達成の条件ともいえる「今すぐこのプロダクトを使う理由」が明確でなければ、既存のツールの使用や業務プロセスを継続し、プロダクトに対してお金を払ってくれません。逆にいえば、プロダクトに対して、お金を払ってくれるユーザーがいれば、その点が確認できたと言えます。有料後にどの程度お金を払ってくれる顧客がいるでしょうか? B2B SaaSの場合、PUF到達後、PMFに到達時点でこの条件は必須になります。
実際に顧客を紹介してもらえるか?
これはNPSと関係します。ユーザーがプロダクトを愛している場合、自然に他のユーザーを紹介してくれます。プロダクトの性質にもよりますが、多くのB2B SaaSは、最初は顧客からの紹介で初期ユーザーを獲得するケースが多いでしょう。実態としてどの程度、顧客がユーザーを紹介しているか、あるいはその段階としてユーザーがSNS等で評判にしているかを見ることは、PMF到達を考える上で重要です。
事業成長に向けて追うべきKPIが見つかったか?
PMF到達に向けたスパイラルが回り始めた場合、必然的にGo-to-Marketに向けた仮説が見え始めます。どのようなユーザーがプロダクトに価値を感じ、使い続けているのか、お金を払ってくれるのかが見えるからです。その中から事業成長に向けた仮説も構築できます。事業成長に向けて追うべきKPIが見えてきた段階が、PMF達成した状態と定義できます

SaaSではPMF検証は継続的な活動

以上の指標から、プロダクトがPMFに到達したとします。この段階で、事業成長に向けた施策が見えはじめます。

そして、スタートアップの一般的なイメージでは、PMFに到達したらGo-to-Marketに入り、そこで一気にアクセルを踏み事業を拡大します。多くのSaaS企業では、インサイドセールス→フィールドセールス→カスタマーサクセスの分業型組織の構築フェーズに入るでしょう。

ですが、SaaSの場合、継続的にPMF検証に向けた活動が必要という点に留意すべきです。理由は2点あります。

(1) SaaSは継続的にユーザーを満足させなければならない
SaaSは、ユーザーが継続的にプロダクトを利用し続けることにより、付加価値が産まれるビジネスです。ですので、ユーザーを継続的に満足させる必要があります。そしてユーザーの取り巻く環境は常に変化し続けます。PMF達成後も、そのプロダクトを完成品と考え、その直線的な展開のみにフォーカスするのではなく、プロダクトを継続的にアップデートし、マーケットにフィットさせ続ける必要があります。
(2) キャズム前後で顧客のニーズが異なる
イノベーター理論で「キャズム」という考え方があります。これは「初期顧客(アーリーアダプター)と拡大期の顧客(アーリーマジョリティ)ではユーザーは求めるものが異なる。前者は新しいテクノロジーを使ったブレークスルーを求めるのに対して、後者は実利的な価値を求める」という内容です。詳細はこちらの本をご参照下さい。

これはSaaS企業に非常によくあてはまります。プロダクトが、アーリーアダプターにフィットしたからといって、拡大期の顧客にフィットするとは限りません。拡大期の顧客は、より費用対効果等の実利的な価値を求める可能性があります。PMF到達後も、それはアーリーアダプターにフィットしたと考えて、アーリーマジョリティーにPMFするように、プロダクトの価値を磨き続け、時にはリポジショニング等を行う必要性があります。
(3) SaaSは新たなユースケース開発により成長する
SaaS事業が成長するためには、直線的に同一セグメントの顧客数を増やすのみではなく、新たなユースケースやプロダクトの機能を開発し、その事業領域や顧客セグメントを幅を広げる水平的な展開も必要です。SaaS事業は、これらを行うことにより顧客単価を上げ、成長にレバレッジがかかります

これらは実質的には、新たな顧客のニーズを探索し、それに合致した形でプロダクトや事業のリデザインを行う点で、実質的に新規事業です。そのため、顧客のニーズ・課題を特定し、スピーディーに検証を繰り返しながら、その新開拓する領域にPMFを行う必要性があります。

SaaSプロダクトは永遠のβ版と言われることがあります。SaaSスタートアップにとり、Product Market Fitの検証は一度限りではなく、不断に行わなければならない活動です。

一見(1)(2)(3)は既にプロダクトの基盤があることから、初期よりもPMF到達は簡単に思えるかもしれません。ですが、特に(3)ですが、既存事業の拡大と並行して、新規事業としてのPMF検証に向けた活動を行わなければならない点に難しさがあります。前者は組織の分業化や効率化が要請されるの対して、後者は組織の統合とアートの要素が多分にあるからです。この既存の事業拡大と新領域拡大に向けたPMF検証をどのように両立させるのか、SaaSの組織のポイントであり、最も重要な経営マターであると考えています。

個人的な印象ではありますが、日本のSaaSスタートアップは、あまりに早くこの効率的に既存事業を一直線に拡大することに特化した組織を構築してしまう印象です。結果的に、プロダクトの可能性を拡大するために必要な、不断のPMF検証を通じた将来的な成長余力を早い段階で詰むと感じています。こちらに関しては、今後検討を行いたいと思います。

このPFM到達した後、Go-to-Marketを行うに際して、スタートアップが次に最も感じるハードルは価格設定(プライシング)でしょう。価格設定はSaaSビジネスにおいて最も重要であり、かつ難しい問題です。次回移行、B2B SaaSのプライシングに関して検討しましょう。

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