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B2B SaaSのProduct Market Fit (1) -B2CのPMFと比べた場合の特徴-

スタートアップにおいて、Product Market Fit(PMF)の重要性は改めて言うまでもありません。PMFとは、ユーザーを満足させる最適なプロダクトを最適な市場に提供出来ている状態を指します。

PMFが事業成功のための必要条件です。スタートアップの失敗の理由の大半は、顧客のニーズが無い/少ない領域で事業を展開するか、顧客のニーズを満足させるプロダクトを提供出来ないこと、すなわちPMFの失敗が要因です。実際、米国市場22%のスタートアップしかPMFに到達しないと言われています。(PMFの一般論としては、下記記事が非常によく整理されています)。

問題意識:B2CとB2B SaaSではPMF検証に向けた活動が異なるのでは?

PMFに向けて必要なスタートアップの活動は、上記を含めて、既に様々な箇所で語られています。それらは非常に参考になります。

ただ、実際にSaaSの立ち上げに関わった経験からしますと、一般的にスタートアップの記事で語られているPMFに向けて必要な活動は、B2Cビジネスでの知見を前提に語られている印象を受けています。そのため、B2B SaaSでは、若干の変更が必要ではなか、との問題意識を持っています

その理由は、PMFに向けて必要な活動は、下記3種類の多義的な項目を含みます。B2CとB2B SaaSで、事業の性質や事業構築に向けて必要なアプローチの差異を考慮すると、各項目において重視すべき項目が異なると考えられるからです。

(1) プロダクト価値に関する仮説の検証
(2) UX/UXの検証と磨き込み
(3) Go-to-Marketに向けた仮説の構築

以下、各項目に分けて、B2CとB2B SaaSのPMFに向けた活動の差異を見ましょう。

(1) プロダクト価値に関する仮説の検証

B2Cのスタートアップにおいて、PMF段階で最も問題となるのが、プロダクトの前提として認識した課題やインサイトが、本当に存在するか、ユーザーにとって重要なのか、が明確でないという点でしょう。プロダクトの価値や顧客の課題そのものの検証が必要になります。

これに対して、B2B SaaSの場合、ユーザーが直面する課題やプロダクトの価値の検証は比較的容易に把握可能です。なぜならば、B2B SaaSは企業活動に直結するプロダクトだからです。ですので、その課題は究極的には「売上や生産性の向上」か「コスト削減や業務効率化」です。そして、ユーザーは、そのSaaSが無くても何らかの手段で代替手段をとっている場合が大半です。それはデジタルツールではなく、アナログの人力オペレーションかもしれません。ユーザーが直面する課題の最終ゴールが明確で、その中で代替手段を取っていることから、B2B SaaSのプロダクトの価値は比較的容易に検証可能です。

反面、既にユーザーは代替手段で業務を行っています。新たなB2B SaaSがユーザーに受容されるためには、「既存の業務オペレーションを変更してまで、今すぐこのプロダクトを使う理由は何か?」が明確である必要があります

企業が業務オペレーションを変更するスイッチングコストは莫大です。ですので、B2B SaaSの場合、プロダクトの価値自体に加えて、そのスイッチングコストを正当化するだけの導入効果、そしてユースケース創出やユーザーの業務や事業に与える影響の検証も必要になります。ユーザーがプロダクトをどのようなシーンで使い、どのように業務・事業に貢献できるか、の検証が不可欠なのです。

(2) UI/UXの検証と磨き込み

B2Cの場合、UI/UXがサービスの帰趨を決定します。ですので、UI/UXの検証とその磨き込みを徹底的に実施する必要があります。B2Cの場合、プロダクト自体のUI/UX設計が重要でしょう。

一方で、B2B SaaSの場合、UI/UXの検証とその磨き込みも重要です。特に、プロダクトの新たな価値が、既存プロダクトよりもUI/UXが優れている点だとすれば、それは最重要項目です。もっとも、上記「今すぐこのプロダクトを使う理由」が明確であれば、ユーザーはUI/UXをそこまで重視せず、営業やカスタマーサクセスの活動でカバーできます。

B2B SaaSの場合、重要であるのは、ユーザーの日常業務との観点でUI/UXの検証と改善が必要であるいう点です。それは、ユーザーの業務との関係で、プロダクト利用に関する障壁を取り除き、その体験を改善する活動です。ユースケースと関連しますが、ユーザーがどのように使い始めるか、日常業務にどのように組み込まれるか、実際にどのように使われるか、事業に対してどのようにインパクトを与えるか。それらを観察した上で、プロダクトがユーザーの日常業務の中に自然に入り込むUI/UXの設計が必要になります。

(3) Go-to-Marketに向けた仮説の構築

ここでいうGo-to-Marketとは、プロダクトをリリースした上で、その成長を軌道に乗せることを意味します。

B2Cの場合、こちらはシンプルでしょう。大半の企業がウェブ上のプロモーションを実施するため、そのメッセージのチューニングや運用に関する仮説の構築がポイントになるでしょう。ビジネスモデルやプライシングも、事業の性質によりある程度決まります。例えば、メディアでしたら広告手数料でしょうし、E-Commerceでしたら販売手数料でしょう。

一方で、B2B SaaSの場合は、Go-to-Marketに向けて多岐に渡る仮説の構築が必要です。どの業界のどの規模の企業を最初の顧客とするのか? 販売チャンネルをどのように構築するのか? プライシングはどのようにするのか? そもそもSaaSが適切なモデルなのか? つまり、プロダクト価値に関する仮説から得たインサイトを基礎に、それをデリバーする手段としてGo-to-Marketに向けた仮説を構築する必要があります

加えて、Go-to-Marketを効率的に進めるためには、ネームバリューのある企業の導入実績がポイントになります。多くのユーザーは、業界の競合他社や信頼ある企業での導入実績を見て、初めて検討の俎上に上がるケースが多いです。これはGo-to-Marketに向けて、PMF検証の中で営業活動も必要になることを意味します。

B2CとB2B SaaSのPMFに向けた活動の差異まとめ

以上を整理しますと、B2Cは、PMF検証段階において、プロダクトそのものの価値やUI/UXの検証が重要です。これに対して、B2B SaaSの場合、ユーザーの日常業務との関係で、プロダクトの実際の使用シーンや導入インパクト等を考慮した検証が必要になります。また、Go-to-Marketに関する仮説も並行して構築する必要があります。

そして、この帰結として、次のような差異も生まれるでしょう。

PMF検証に向けた準備
B2Cの場合、AirBnBの伝説的なペライチの検証サイトのように、シンプルなプロダクトでPMFの検証可能です。
一方で、B2B SaaSの場合、既にユーザーは代替手段を取っていることから、ある程度の完成度されたプロダクトでなければ、ユーザーはプロダクトの価値として認識できません
PME検証のハードル
B2CとB2B SaaSで、どちらがハードルが高いかは一概には言えません。ただ、そのハードルの内容が異なります。
B2Cの場合、プロダクトの価値やUX/UXをユーザーに受容させるためのハードルが高く、そのために時間がかかるでしょう。これに対して、B2B SaaSの場合は、PMF検証に向けたプロダクトの準備やユーザーの日常業務に入り込み、実際に実績を出すまでに時間がかかります
PMF到達の状態
Marc Andreesen曰く「PMFが見つかったときは誰が見てもわかる」とのことです。これはB2Cに場合にあてはまるのではないでしょうか?
一方で、B2B SaaSの場合、事業の性質にもよりますが、少しづつ顧客基盤が拡大するのが一般的です。「誰が見てもわかる」状態がPMFとするならば、その時点は遅すぎるでしょう。実際KPI等でPMFを推測するしかないです。

以上を整理したのが下記の表です。

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勿論、事業の性質やターゲットとするユーザー、事業環境等により、必ずしも上記のとおり明確に差異があるとは限りません。例えば、SMB向けB2B SaaSは、上記の表の中間に位置するでしょう。また、B2Cの方がB2B SaaSに比べてPMFの検証が簡単という意味ではございません。事業の性質から発生する活動の差異に関する整理としてご理解下さい。

次回は、より具体的に、B2B SaaSにおけるPMF検証の実際の活動に関して考察したいと思います。


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