箱男

小説やエッセイ、漫画を描いています。 好きな作家は江戸川乱歩、安部公房、楳図かずお、古…

箱男

小説やエッセイ、漫画を描いています。 好きな作家は江戸川乱歩、安部公房、楳図かずお、古谷実など。

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  • うやまわんわん【ミステリ】

    徳川綱吉の生まれ変わりと伝えられる犬の子孫を代々守っている家老の家系の一族の物語

  • #エッセイ

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「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第一章 館林(その1)

1 トーストのパンくずがついた皿を流しにさげると、調理台の上に置いてあるお盆を手にとった。 お盆の上には、赤いごはんに豚肉と白菜の煮物をかけ、焼いたバナナをトッピングした料理がのっている。 「また赤飯のやつ?」 食卓でワイドショーを観ている母に声をかけると、 「赤飯じゃなくて黒米ごはん。からだにいいのよ」 一瞬たりともテレビから目を離さないまま、母は言った。僕との会話より、熱帯夜の快眠法のほうが大事らしい。母のそばに突っ立っていると、 「はやく持ってってあげて」

    • 「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第一章 館林(その4)

      1 カーテンからまぶしい光が漏れている。気づいたときには朝になっていた。 ここはどこで僕はなぜこのベッドで眠っているのだろう? 格式のある木製家具が置かれていたが、ホテルの一室にしては広かった。 じゅうたんの上に転がる笛が光っていた。きのう話した犬笛の少年のことを思い出し、壁を叩いてみた。 「犬彦くん。ねえ、犬彦くん」 返事はなかった。また壁を叩いてみたが結果は同じで、夢だったのかと思いつつ、壁に耳をあてた。 ノックの音が聞こえ、ひとが入ってくる気配がした。 「目

      • 「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第一章 館林(その3)

        1 普段どおり、制服を着て8時すぎに家をでた。東から射す新鮮な光が熱っぽく僕を包みこむ。 今朝も母は素っ気なかったが、黙ってトーストにベーコンエッグをつけてくれた。だが、カバンには着替えとお泊りセット、そしてぬいぐるみが入っていた。僕はすこし胸が痛んだ。 いつものように、小次郎に朝食を持っていった。牛しゃぶごはんだったので、皿までペロペロなめていた。 なにかを察知されたのか、玄関を出るとき、うしろからワンワンと怒声を浴びせられた。 家を出てから2つめの交差点で足をとめた

        • 「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第一章 館林(その2)

          1 「あっ、そうだ。〝空飛ぶペンギン〟って知ってる?」 終点の池袋でおりると、狛音がいま思いついたみたいに言い出した。僕らはホームの人の流れに乗って改札口にむかっていた。 「サンシャイン水族館のでしょ。テレビでやってた」 構内のアナウンスに負けないよう声を張ると、 「あたし、見てみたかったんだよね。行ってみよう」 池袋駅を一歩出ると、照明弾のような太陽が僕らの目を射た。 青く澄んだ夏の空の下には、雑多なビルがひしめいており、白い墓標のようなサンシャイン60が遠くに

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        「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第一章 館林(その1)

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        • うやまわんわん【ミステリ】
          4本
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        記事

          缶詰部屋(そば工場の思い出)

          大学を9月卒業してから4月に大学院が始まるまでのあいだ、私は広島に帰っていた。 一人暮らしの家財道具は東京のレンタル倉庫にあずけ、身ひとつでもどってきたが、実家は建て替え中だった。 仮住まいは近所の賃貸マンションだった。半年間の契約で家賃を安くしてもらったかわりに、部屋の障子はボロボロ。壁には穴も開いていた。 マンションの高層階に住むのは初めてだった。ちょっとコンビニに出かけるだけで、エレベーターを待つのが億劫だった。 祖母はエレベーターを怖がり、マンションに引っ越すの

          缶詰部屋(そば工場の思い出)

          星の王子さま(図書係の思い出)

          小学5年の2学期に入ってすぐ、班替えがあって島田さんと同じ班になった。男子2人、女子3人の班で、班長は私だった。 学活のとき、どの班がなんの係活動をするのかを決めることになった。 まず班ごとに話し合いが行われ、私は班員に「お楽しみ係がええんじゃないん」とすすめた。お楽しみ係とは、お楽しみ会を企画・運営する係で、男子のあいだで人気があった。 「読書の秋じゃけ、図書係にしようや」 さっそく島田さんが立ちはだかった。図書係の仕事といえば、学級文庫の整理くらいだ。 「いやじゃ

          星の王子さま(図書係の思い出)

          模擬面接(プリントゴッコの思い出)

          中学3年の冬休み前、漫画を買いに本屋に行こうとすると、母に「プリントゴッコのイラスト集を買ってきて」と頼まれた。 もう年賀状づくりに取りかからなければならない時期だった。 プリントゴッコとは、年賀状をつくるための家庭用の印刷機だ。2000年代にパソコンが普及するまでは、みんなプリントゴッコで年賀状をつくっていた。その仕組みはつぎのようなものである。 当時、プリントゴッコのイラスト集というものが売っていた。わざわざ下手くそな絵や文字を書かなくても、さまざまなイラストやテキス

          模擬面接(プリントゴッコの思い出)

          代理告白(ゴールデンウィークの思い出)

          中学生になると井本くんと一緒に登校するようになった。 毎朝、井本くんが家に迎えにきてくれたが、もともとは田島くんも入れた3人で登校していた。3人ともクラスは別だった。 井本くんと一緒に田島くんのマンションに行くと、田島くんはいつも準備ができておらず待たされた。 井本くんとは小学校のころから仲がよかったが、田島くんとは家が近所というだけだったので、しだいに井本くんと2人で登校するようになった。 井本くんは中学に入ってから眉毛を剃るようになり、小学生のころは決してしなかったエ

          代理告白(ゴールデンウィークの思い出)

          月の光(藤崎くんのPHS)

          たしかあれは高校最後の日のことだ。先生から臨時ボーナスが配られ、教室はいろめき立った。 ボーナスというのは校友会の出資金のことで、3万円が返還された。 もちろん親に返すのが筋だろうが、3年前の入学のときに出資したことなど覚えているとは思えない。お小遣いとしてもらっておこう。考えることはみんな同じだった。 ホームルームのあと、仲間うちで話し合った結果、3万円で携帯電話を買うことにした。当時私たちはPHSを使っていたが、携帯電話が急速に普及しつつあり、早々と乗り換えたかった。

          月の光(藤崎くんのPHS)

          神龍ーーかぐや姫と願いごとの行方

          押入れを整理していると、古い写真が見つかった。幼い私が『西遊記』の孫悟空になりきっている写真だ。 座卓の上に羊の毛皮の敷物をかぶせ、筋斗雲に見立てていた。私はその上に立ち、如意棒がわりの姉のバトンを握っていた。 赤いトレーナーを着て、頭に金の折り紙でつくった輪っかをつけている。壁にはカレンダーの裏にクレヨンで描いた牛魔王の絵が貼ってあった。 たしかこの写真は、『ドラえもん のび太のパラレル西遊記』という映画を観に行って、感化されて撮ったものだ。 同じころ、アニメの『ドラゴ

          神龍ーーかぐや姫と願いごとの行方

          【箱男の中の人】 黒瀬と申します。広島県出身。大学院修了後、設計事務所に勤務。第20回ボイルドエッグズ新人賞を受賞した『別れ際にじゃあのなんて、悲しいこと言うなや』(早川書房)でデビュー。 noteではエモい青春エッセイを書いています。よろしくお願いします。(毎週月水金土更新)

          【箱男の中の人】 黒瀬と申します。広島県出身。大学院修了後、設計事務所に勤務。第20回ボイルドエッグズ新人賞を受賞した『別れ際にじゃあのなんて、悲しいこと言うなや』(早川書房)でデビュー。 noteではエモい青春エッセイを書いています。よろしくお願いします。(毎週月水金土更新)

          十七歳の地図ーー模範的新聞少年のたそがれ

          中上健次に『十九歳の地図』という小説がある。主人公は19歳の予備校生だが、とっくに大学進学をあきらめており、ほとんど予備校にも通っていない。 主人公は新聞少年でもあり、新聞を走って配って生計を立てている。 配達員の寮で暮らしており、日中そとの光の入らない週刊誌や食べかすの散らかった部屋で、寝汗と精液で湿気たふとんで眠っている。 少年は物理のノートに配達地区の地図を描いて、贅沢な家で温かいふとんに寝ている、許せないやつらの家に×印をつける。そして爆破や一家惨殺の刑を夢想して

          十七歳の地図ーー模範的新聞少年のたそがれ

          力水神と秘密の修行(私がコーラを飲めない理由)

          犬の散歩をしていると、久しぶりに自販機で「力水」を見つけた。 「力水」とはキリンビバレッジから発売されている炭酸飲料であり、1994年の発売当時、頭がよくなる成分として注目されていたDHAを配合したことで話題を集めた。 「力水」は毎年のように名前が変わり、95年に「超力水」、96年に「最強力水」へと進化をとげると、98年の再々リニューアルにむけて、前年に新しい名前を募集していた。 当時、中学生だった私はこれに応募した。「超」「最強」ときたらつぎは「神」しかないだろうと、

          力水神と秘密の修行(私がコーラを飲めない理由)

          ええかっこしい(伯父さんの思い出)

          父とトラックで大型ごみを業者のところに持ちこんだ。 荷おろしを手伝っていると、業者のお兄さんが「これ、ブランド家具ですよね。捨てるんならいただいていいですか?」と訊いてきた。 伯父の遺品の書き物机のことだった。私が長らく使っていたが、大きな書斎机を買ったので、置き場所に困って処分することにしたものだ。 「ぜひもらってください」と二つ返事で答えたが、机は運びやすいよう一部分解しており、ねじをすでにごみに出していた。譲り渡すのはあきらめざるを得なかった。 伯父の遺品はブラン

          ええかっこしい(伯父さんの思い出)

          マイ・スイート・ホーム(公園の桜と引っ越し代の行方)

          大学生のころの話だ。塾講師のアルバイトをはじめて実入りがよくなったので、築20年のアパートから新築予定のマンションに引っ越すことにした。 家賃は4万円台から6万円台へと跳ねあがったが、オートロック付きでバス・トイレも別だった。 入居の契約をすませ、あとは建物の完成を待つばかりというときに、不動産屋から電話がかかってきた。4月に完成予定だったが、工事の遅れで完成が1カ月ほど延びるという。 そんなこと言われても、アパートの退去日はすでに決まっている。つぎに入居する住民も待って

          マイ・スイート・ホーム(公園の桜と引っ越し代の行方)

          タイムトラベルーーウド鈴木とスペースワールドのないスペースワールド駅

          押し入れの整理をしていると、ふと段ボールのなかの1冊のアルバムが目に入る。パラパラめくってみると、小中学校のころのアルバムだった。すえた香りとともにたちまち懐かしさに引きこまれた。 スペースシャトルの前で撮った写真が目にとまる。小学校の修学旅行で北九州のスペースワールドに行ったときの写真だった。 スペースワールドは宇宙をテーマにしたテーマパークで、ディスカバリー号の実物大のモデルが飾ってあった。マスコットは「ラッキーラビット」。お土産に買ったラッキーラビットのマグカップは

          タイムトラベルーーウド鈴木とスペースワールドのないスペースワールド駅