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洗ってしまった腕時計

 天気のせいもあって、ちょっと洗濯物がたまってしまった。

 カゴにいっぱいになっていて重みもあって、だから一回で終わらせたいのだけど、この分量だと無理かもしれない。だけど「念入り」モードで洗えば、ちょっと洗濯機に押し込むような感じになっても大丈夫かもしれない。

 そんなことを思って、だから洗濯機に向かって、カゴを傾けて一気に洗濯物に入れた。その中にズボンもあってポケットにハンカチが入っているのは確認できて、ちょっとホッとして、そのまま洗濯を始めた。


腕時計

「念入り」モードにしたので、いつもよりも長い時間がかかったけれど、それでも無事に洗濯も終わり、昼ご飯前に干そうと思って、洗濯機を開けて洗い上がった洗濯物を干し始める。

 いくつかの洗濯物を干して、その後に自分のズボンを干そうと思ったら、ちょっと重かった。後ろのポケットはチェックしたのだけど、前は確認し忘れていて、そこには腕時計が入っていた。

 腕時計を洗ってしまった。

 その瞬間、どうして洗濯を始める前に、いつものように全てのポケットをチェックしなかったのだろう。そんな基本的なことを忘れてしまった自分が嫌になる。普段は全く思わないのに、こういう時だけ、もしできるのなら1時間でいいので時間が戻らないだろうか。そうしたら確認できるのに、とちらっと思った。

 もうこの腕時計はダメかもしれない。

 この時計は、いつも購入していた店が閉店する時に、割引きをしていていたので購入し、珍しく自動巻きというゼンマイ方式で、そのデザインも公園の時計で、気に入っていたので、そのベルトが古くなっても買い替えながら使っていた。

 何年使ってきたのだろう。

 だけど、もうこの時計はダメかもしれない。そうなると、また買わないといけないだろう。お金がかかる。今も貧乏なままなのに、出費をするのはちょっと辛い。ただ、スマホも携帯も持っていないから、余計に腕時計は必要だった。

 それでも、洗ってしまった腕時計は、動いていた。

 2日くらい前に外出で使って、そのままズボンのポケットに入ったままだったから、巻かれたゼンマイが無効になって止まっているはずなのに、実際の時刻とは大きく違っているけれど、針が動いている。

 おそらく、それまで止まっていたのだけど、洗濯機の中で洗われることによって、腕時計は動かされ、何十分も回り続け、そのことで自動巻きのゼンマイが巻かれて動いているのだと思った。

 もしかしたら、まだ動くかもしれない。

 リューズをひねって、しばらくゼンマイを巻いた。

水滴

 翌日、腕時計はまだ動いていた。

 いつまで動くかはわからないけれど、外出の時も左腕につけていった。

 その時計の文字盤は少しぼんやりと見えていた。それは、表面のガラスの内側の部分にとても小さい水滴がついていて曇っているせいだった。外が寒い時、部屋のガラス窓に水滴がついて外が見えなくなる現象と似ているのだと思う。

 その水滴がついたガラスはきれいに見えた。

 だけど、そういう曇りがあるということは、この時計も防水とはいえ、生活防水のレベルで、洗濯までされることは想定していないだろうから、確実に水分が入ってしまった証拠だった。

 この水分が、どうやったら外へ出ていってくれるのだろう。また気温が低くなったりすることによって、この水滴が機械内部の方へ戻ってしまい、そのときに本格的に壊れてしまうのだろうか。

 何か角度を変えて、例えば水平に置いておくことによって、事態は良くなるのだろうか。などと思ったものの、結局はいつもと同じように壁にあるフックにかけて、縦の姿勢のまま保管し、いつもと違うのはリューズでゼンマイを巻いて、なるべく止まる時間を作らないようにしたことだ。

変化

 洗ってしまった翌日にガラスに浮き出ていたとても小さな水滴がつくりだす丸い形は、2日後には見えなくなった。もしかしたら、水分が抜けたかもしれない、と思っていた。ゼンマイは巻いた。

 3日後には、外出するときにまた腕時計をつけていった。

 そのときは、またガラスの内側にとても小さい水滴が円をつくっていたようだった。その大きさは少し小さくなったようだけど、途中で明らかに示す時刻に遅れが出てきた。もしかしたら止まってしまうのかもと思って時刻を合わせゼンマイを巻いたら、また動いていて、時刻も正確に示してくれていた。

 でも、ガラスの水滴もあまり減っていないけれど、少し薄くなってきたようにも見えていた。

 その日はずっと時計は動いていた。

 保管するときに、リューズでゼンマイを巻いた。

時間

 洗ってしまってから5日が経った。

 今も腕時計は動いている。時刻も間違っていない。

 水滴は今はなくなっているようにも、わずかに残っているようにも見える。

 だけど、これで左腕に装着して外出すると、気がついたらまた水滴が現れるかもしれないし、こうして繰り返して、動かし続けていくうちに水分が完全に抜けて、またごく普通に使うことができるかもしれない。

 まだどうなるかわからないけれど、もう少し様子を見よう、などと思っていた。

 洗ってしまってから6日が経った。

 一回止まってしまったら、そのまま動かなくなるのでは、という薄い恐怖心のために、今までで一番まめにリューズでゼンマイを巻いていると思う。

 そのせいか腕時計は今も動いてくれている。

 文字盤のガラスの水滴の円もかなり小さくなってきたように思う。

 このまま直ってくれたら、とてもありがたい。




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