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「#23 ラーメンを頼んでも炒飯のスープは来る」




 町中華やラーメン屋で炒飯の単品を注文すると、ネギが少し入った鶏ガラベースのスープが付いてくることが多い。

 シンプルながらコク深い味わいは馬鹿に出来ない美味しさであり、「せっかくだから、お味噌汁代わりじゃないけどこれどうぞ!」みたいな店側の気遣いを感じるとても良いサービスである。たまに溶き卵や野菜の切れ端などが入ってる店もあり、ちょっと得した気分にだってさせてくれる。

 ただラーメンと炒飯のどちらも食べたい時に、半炒飯やセットメニューがある店とやっていない店があり、やっていない店で仕方なくラーメンと炒飯を単品で二つ頼むと、この時もやはり大抵は炒飯のスープが付いてくるのだ。
 お腹が減っている時など「これ、炒飯のスープです」と先に持って来てくれると、炒飯が運ばれて来るまでの空腹を凌ぐ最高の繋ぎになるありがたいスープ。
 しかしラーメンと炒飯の二品を注文した時には、「これ、炒飯のスープです」と素早く店員に持って来られると、正直「はっ?」という感じになってしまう。

 炒飯単品の時には半端な感じというか、ラーメンを注文していない心許なさがそもそも心の中に少しあるので、スープが来た時の「皆んなラーメン頼んでるけどちゃんと炒飯単品の客もいるってことを想定してくれてるんや」という安心感や、スープが付くことで炒飯単品でも定食やセットとして完成したような満足感があるのだが、ラーメンも一緒に頼んだ時点で僕の脳内には炒飯との最高の組み合わせが完成してしまっており、スープのことなど頭から完全に消えている。

 そこに突然スープが運ばれて来るというのは、これ以上何も色を加える必要のない絵画を前に、突然横から絵の具の付いた筆を叩きつけられるような行為であって、僕が驚いてしまうのも無理はない。

 小さな腕に入ったスープをレンゲで一口啜ってみるが、空腹に染み渡る温もりにいつも感動はなく、逆にこんなもんで腹いっぱいにしてる場合ではないという感情が湧き起こる。
 その後すぐにラーメンと炒飯という龍虎が目の前に運ばれ、スープはあえなく視界の端に追いやられる。ラーメンと炒飯の横に置かれたスープはもはや異物でしかないのだが、龍虎が相見える中でなぜか独特の異物感を放っている。酒と書かれたひょうたんを持つ酔っぱらった白髪のじじいなのだが、もしかしたらこいつが本当は一番強いのではないかという雰囲気を漂わせているのだ。

 ちらちらと視界に入るそのスープが気になって、ラーメンと炒飯の間にもう一度だけ口をつけてみるのだけれど、旨辛味噌という濃いめのラーメン汁を飲んだ後の舌には、優しい鶏ガラの旨味など全く感じられず、もう白湯を飲んでいるのと同じだった。

「ほんまにただの酔っ払いのくそじじいかいっ!雰囲気だすな向こういっとけ!」

 それから食べ終わるまで炒飯スープに口をつけることはない。

 ラーメンと炒飯を頼む時に、店員さんから一言声をかけてくれはしないだろうか。数は少ないが炒飯にスープの付かない店もあり、こちらから勝手にスープいらないですと言うには難しい部分がある。
 単品のラーメンと炒飯を頼んだ場合、「炒飯にスープ付きますけど、どうしますか?」と聞いてくれたらこちらも助かるし、お店側も手間や面倒がなく良いのではないだろうか。

 そんな事を考えていたら、深夜に友達数人とラーメン屋に行く機会があった。飲んだ帰りに誰かがラーメンが食べたいと言い出し、一緒に飲んでいた後輩が素早く朝までやっているラーメン屋を見つけ出した。
 店にはラーメン以外のメニューも豊富にあり、皆がラーメンを注文する中で、まだ若い後輩がラーメンと炒飯の単品を注文した。運ばれてきた炒飯にはやはりスープが付いており、魚介豚骨系ラーメンの煮卵ほうれん草トッピングを食べていた後輩に、「ラーメン食べてる時は炒飯のスープいらんよな?」と話しかけると、後輩は真顔で「なんでですか?だってラーメンとスープの味が違うじゃないですか」と答えた。  

 なんと阿呆な発言をする人間だと思ったが、だからこそ炒飯にスープは付いているのだ。ラーメンと炒飯を頼んでスープが付いてきた時に皆がスープを残していたら、流石に店長に「ちょっとラーメン一緒に頼んだお客さんにはスープいらないんじゃないですか?」と進言するアルバイトが出てくる筈である。
 しかし今なおスープを出し続けられているということは、結局は後輩のように皆が飲み続けているからである。

 何故なら「ラーメンとスープの味は違うから」

 一見すると阿呆なこの台詞は、ガガーリンの「地球は青かった」のような名言に昇華する可能性を含んでいるのではないだろうか。
 炒飯スープのようにシンプルだが奥が深く、ラーメンスープを一口啜った時のようなインパクトと忘れられない余韻がこの台詞には詰まっている気がした。

 ラーメンと炒飯の合間に後輩が小気味よく啜るスープが、なんだかいつもよりキラキラとして見えた。
 映画「ぼくらの七日間戦争」の名シーンに出てくる、「今なら飛べる気がしたから・・」という台詞が僕の頭をよぎり、「ちょっとそのスープ一口飲ませてくれへん!」と僕は思わず叫ぶように言った。

 レンゲは使わず碗からそのままスープに口をつけた。濃厚魚介豚骨味噌ラーメンにニンニクまでぶち込んでいた僕には、やはり白湯にしか感じられなかった。



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