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別にエラくない

今回は自己紹介で触れていたアートディレクター(ゲーム業界)についてまだ書いて無かったこと

アートディレクターってエラいの?がテーマ。
結論、残念ながら全然エラく無い。

アートディレクターってつおい?

そもそもエラいかどうかなんて、アラレちゃん(古い…)の
「〜って、つおい?」くらいに特段意味は無い。

なのにわざわざ書く理由は、ココで勘違いすると痛い目に合うからです。
今回は、自分の失敗談も混じえてその理由を説明して行きますね。


私個人のスペック

筆者はモデリング、アニメーション、コードを書くことはできません。
3Dで何か開発しようにも何もできない人です。
Adobeとゲームエンジンを少し触れるくらい。
かといって凄い絵を描くわけでもなく、少々コンテを描けるくらい。
だから開発チームの中の人で無い限りはさほど役に立ちません。

アートディレクターとしてここ数年の仕事

■コンシューマーゲーム(AA~AAA)
■ソーシャルゲーム
・開発初期から運営段階まで
(運営中、もう5年目:過去数回、売り上げ1位になったことも)
■新規コンシューマーゲーム プリプロ段階
■その他、プロト制作など

開発タイトルはもちろん㊙

ゲームやらない人でも知ってるような大手パブリッシャーさんの有名タイトルも含まれる。
そんな仕事に筆者程度のスペック、かつ無名な人間がアートディレクターって不思議に思うこともあります。
それが可能なのは、たまたま条件に恵まれたからでそれが無くば筆者はデフォのスペック範囲内でしか仕事できないはずです。


開発チームの中の人であるということ

その条件というのが、開発チームの中の人になれたことです。

■開発チームの後ろ盾
・開発会社組織としての実績と信用
・開発メンバーが積み上げてきた信頼
・信頼を裏切らない開発力

この後ろ盾のおかげでたまたま仕事ができているだけです。
筆者はこの開発会社という聖域の中でしか機能を果たさない人間とも言えます。

インディージョーンズ最期の聖戦(また古い…)で

「聖杯は床の紋章の外に持ち出してはいけない。永遠の命を保つ境界だ。」

聖杯を守ってるおじいちゃんのセリフ

って感じのセリフがありました。
そんな大事な仕様、このタイミングで言うっ!?って思ってしまうシーンですが…

それと同じで筆者がアートディレクターとしての機能を保つ境界にあたるのが、今いる開発チームです。

残念ながらその外に出たら能力の大半を失います。

結局、自力では何もできないに等しいというのが真実…エラいエラく無いどころの話しじゃありません。
今はそれが分かります。

ただ、勘違いしてしまった痛い時期もあり…次はそのお話し。


筆者の失敗談

アートディレクターをやるようになって、2年目くらいの頃。
ディレクション業務にも慣れて来たものの激務だったのは確かです。
仕事の大変さも手伝ってお給料面でもっと評価して欲しいなって思ってしまうお年頃でした。
そんな時、立ち上げ間もない会社の知人プロデューサーからアートディレクターとして来て欲しいとお誘いを受けました。

・給与面でも転職する価値のある額
・立ち上げタイミングでチームを作りの裁量もある
・アート全体の統括ポジション

という条件に釣られてあっさり転職。
これが大間違いだった…

失敗1・開発チームを分かっていなかった

開発チームの正社員比率2割、採用は頑張れど社員採用は難航。実績ゼロの会社で、立ち上げってこと以外は魅力も無いので、そりゃ難航しするはずだ。

社員エンジニアはゼロ。なんとリードも非正社員。
リードエンジニアは良くて正午、夕方出勤も珍しく無いというフリーダム状態。そんなリーダーの下、当然エンジニアの力も期待はできず。

失敗2・ゼロからの採用の意味を分かってなかった

足りない人材は今までのツテをフル稼働させて、他社から引き抜き、かなりの数の協力会社さんを頼り採用面での妥協も少なく無かったと思う。
当然、人間関係のいざこざ、スキル不足で契約打ち切りの方など短期間で契約終了、退職も頻発。
結局、社員比率はほぼ上がらないまま寄せ集め部隊での開発を余儀無くされ…
そうなった理由は、開発チームやエンジニアがどうっていう前に会社ができた時からあったのに誰も気付いて無かったのが大きい。
その決定的な失敗が失敗3です。

失敗3・【一番大きい】ビジョンの大切さを知らなかった

今思えば会社のビジョン、ミッション、バリューらしき言葉を聞いたことが無かった。たぶん役員の頭の中にも無かったのだと思う。
彼らの頭の中の大部分は”上場”に占領されていたのかも知れない。それが叶わないと分かるや否や役員の大半が居なくなった。とても分かりやすい…

ビジョンが無い会社には、物作り、採用、評価の基準の拠り所が無い。
何かに付けて説得力に欠けてしまう。
実は、自分も会社側も一番大きな失敗はココにあったんじゃないかと今は思う。

だけど救いもあった

そんな状況にも関わらずタイトル(ソーシャル)は難産ながらリリースまでこぎ着けた。開発期間の延長はあったものの、よもやよもや。

健闘したものの運営は2年で終了してしまったが世に出せて本当に良かった。

悲惨な開発環境下で救いだったのは、グラフィックのリーダー陣の人柄と仕事っぷり。みんな最後までお付き合い頂けて本当に有難かった。

今もお仕事ご一緒したりお付き合いは続いている。

個人の力量もある程度は大事だけど結局は人の繋がりが一番と気付けたのが救いだったかな?と思ってヨシとしよう。


まとめ

最初っから結論出てたけど…やはりエラくない。

開発アートディレクターの能力を決定するのは、開発チームの力量。
開発チームという聖域の中でのみ発揮される限定的なもの。そんだけ周りに頼っといてエラいは無理がありませんかね。
ディレクションしてるからって上に立った気になってはいけない。情報の流れ的には確かに上流に見えはする。
けど、開発チーム内では他の職種と同じく1つの役割りでしかない。

もし、いい仕事ができたなら俺って凄いと思うより俺たち凄いって思うのが正しいと思う。

お金とかポジションより価値のあるもの
って実はもう揃っててただ気付かないだけなのかも。ちょっとクサいセリフみたいだけど。

長期的に見て高いアウトプットを維持できる環境下で働き続けるのと短期的な収入アップ、どちらが良い選択なのか?
人それぞれ考え方、価値観の違いはあるでしょう。それは否定しない

今の筆者は迷わず前者を選ぶ。
きっと楽しいのも前者だってのは間違い無い。

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