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I can never thank you enough.

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    これまでにぼくが書いた記事の「有料版note」をまとめています。どうぞご覧ください。

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「羨ましい」と思ったときは

誰かをみて、 なにかをみて、 「羨ましい」と思ったときは、 具体的に、 なにに惹かれているのか、 どんなところが輝いてみえるのか。 ここを明確にするといいですね。 例えば、 スラーっとした モデルさんのようなスタイルの人をみて、 「ああ、いいなぁ」 「羨ましいなぁ」 「自分もああなれたらな」 そう思ったとする。 そのとき、 仮に自分が同じ状態(同じスタイル)になったとして、 そのことを通じて、なにを得たいのか。 そうなることで、なにを期待しているのか。 ここを

    • 調子が悪くなって気付けること

      体調が悪かったり、 気分がすぐれないときは、 仕事や家事に支障がでそうで不安にもなるけど。 でも、本当に不調のときって余計なことはせず、 必要最低限度のことしかしようとしないし、 普段は頼らないまわりの人に頼ったりもする。 そして、結果として、 「あ、別にこれでもいいんだ」 「あ、大丈夫なんだ」 って思えることも多かったりする。 常に健康体でやる気に満ち溢れていると、 そもそもこういう「不要なこと」や、 「周囲のやさしさ」なんかに気づけないわけで、 そう

      • 自分最優先時代

        人に頭を下げたり、 自分の否を認めたり、 自分の負けを認めたり、 他人の失敗を許したり、 人に過度な期待をするのをやめたり、 自分の欠点を受け入れたり、 言い訳をするのをやめたり、 人の話を最後まで聴いたり、 できない自分を曝け出したり、 そういうのって、 自分が不安だとできないし 自分が潤ってないとできないし 自分に自信がないとできないんだよね。 逆にいえば、それができないときって 自分が不安だったり 自分が潤ってなかったり 自分に自信がない

        • 受け取らない

          心穏やかに、健やかに暮らしていきたいなら、 「受取りたくないもの受け取らないようにすること」 これが一番だと思っている。 そのためには、自分が本当は、 嫌なもの 不快だと思っているもの 合わないもの 見たくないもの 関わりたくないもの そういうものからは、 遠ざかっていいんだ、 受け取らなくていいんだ。 そうやって、きちんと自分に許可を出すことですね。 そして自分には、 受け取るものを選択する権利があるんだと、 ここに立ち返ることです。 相手は良

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        「羨ましい」と思ったときは

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          しんどくなるのは

          しんどくなるのは、 自分が勝手にハードル上げてるから。 自分が勝手にちゃんとしなきゃと思ってるから。 自分が勝手に完璧でいなきゃと思ってるから。 自分が勝手に自分がやらなきゃと思ってるから。 自分が勝手に手を抜けないと思ってるから。 自分が勝手に未来を悲観しているから。 自分が勝手に今の状況を問題視しているから。 自分が勝手に誰も助けてくれないと思ってるから。 自分が勝手にいい人でいなきゃと思ってるから。 自分が勝手にみんなと仲良くしなきゃと思ってるから。

          しんどくなるのは

          話が通じない相手

          「この人とは合わんわー」 って人もときどきいるじゃない? 「この人はほんと無理だわー」 って人もときどきいるじゃない? んで、こういうとき、 真面目な人ほど思うわけよ。 「いや、あの人だって話せばきっと分かってくれるはずだ」 「丁寧に対応すれば、きっと向こうも丁寧に対応してくれるはずだ」 「時間をかけきちんと向き合えば、最後は分かりあえるはずだ」 うん、たしかに。 たしかにそういう考えは大切だし、 それで関係が改善したり、 うまくいったり、 分かりあえるように

          話が通じない相手

          義務感

          はじめは、「何かをしたい」と思ってたものが、 あるときから急に、 「何かをしなきゃ」に変わってしまうことがある。 はじめは、「何かをしてあげたい」と思ってたものが、 あるときから急に、 「何かをしてあげなきゃ」に変わってしまうことがある。 元々は、 自分がそうしたいと思ってた筈なのに、 あるときから急に、 それが義務感に変わってしまうことがある。 自分がそうしたいと思ってたときは、 自分に主導権があるわけで、 自分に主導権があるから、 その中心には「楽しみ」や「

          義務感

          心が拗ねてると

          自分の味方は必ずいるし、 助けになってくれる人はいるし、 そういう制度はあるし、 そういう情報もあるわけよ。 あるんだけど、 心が拗ねてるとそのことに気づけないんだな。 あるんだけど、 斜めに構えて生きてるとそのことことに気づけないんだな。 あるんだけど、 被害者ぶってるとそのことに気づけないんだな。 と言うか、 「味方がいない」と思ってる方が、自分にとって都合がよかったり。 被害者ポジションにいる方が、自分にとって都合がよかったり。 誰も助けてくれないと

          心が拗ねてると

          それって本当に相手のためなのかい?

          泣いている人を慰めるのかい? 泣いてる人を泣かせてやらないのかい? 泣いたらダメなのかい? 泣きたい時に泣くのは許されないのかい? 無理やりブレーキをかけるのかい? それは相手のためなのかい? それは誰のためだい? それは何のためだい? それって本当に相手のためかい? 本当はただ自分が苦しいだけじゃないのかい? 本当はただ自分が悲しくなるだけじゃないのかい? 本当はただ自分が辛くなるだけじゃないのかい? それって誰のためだい? それって何のためだい?

          それって本当に相手のためなのかい?

          自意識過剰

          ごく一部の人を除いて、世の中の殆どの人は、 自分にめちゃくちゃ興味があるわけじゃないけど、 かといって、全く興味がないわけでもない。 自分をめちゃくちゃ評価してるわけじゃないけど、 かといって、全く評価してないわけでもない。 自分をめちゃくちゃ気に入ってるわけじゃないけど、 かといって、全く気にしてないわけでもない。 自分をめちゃくちゃ好きなわけじゃないけど、 かといって、めちゃくちゃ嫌いないわけでもない。 自分をめちゃくちゃ評価してるわけじゃないけど、 かといって

          自意識過剰

          「結果」を早く求めすぎないこと

          「結果」を早く求めすぎないこと。 最初っから120点の「結果」を求めないこと。 「結果」に到達するまでのプロセスを他人と比べないこと。 もう、これだけなんだよなぁ。 「よし、やろう」 そう思って何かをはじめたとき、何が辛くなるかって、さっき言った3つだったりする。 「もうそろそろ、目に見えて分かる結果が出てもいい頃だろう」 って、自分が勝手に思ってても、客観中立的な立場から見れば、 「いやいや、お前焦りすぎだろ」ってことがいくらでもある。 「こんだけ頑張った

          「結果」を早く求めすぎないこと

          感情

          自分が「怒っている」ときは、 相手を責めることでいっぱいいっぱいになる。 怒ることが、良いとか悪いとか、 そんなことを考える余裕もなくなる。 一方で、 他の誰かが同じようなことで「怒っている」のを見聞きすると、 そんなに怒らなくてもいいじゃないか。 もう少し、大人な対応をしてもいいじゃないか。 そんな風に、案外冷静になれたりするものだ。 例えば、お母さんが子どもを怒る。 そうすると、横で見ているお父さんは、 「まぁまぁ、もういいじゃないか」そうやって止め

          可哀想な自分

          あの時、 あれがなければ これがなければ こうしておけば そうすれば、 今はもっと輝いていたはずだ。 今はもっと幸せだったはずだ。 満たされない現状は 満足できない現状は 全部過去のせいだ。 そうやって、 過去に意識をむけ、 「可哀想な自分」を創りあげる。 そうしていればある意味楽だ。 未来と対峙しなくて済むし、諦めもつく。 これからの未来を諦めてしまえば、 これ以上傷つかずに済む。 なにかにチャレンジして 失敗して 馬鹿にされたり ダメな

          可哀想な自分

          最後には、「存在しているだけ」になる

          生まれたときは、みんな何もできない。 何もできないけど、 まわりの人たちは、そこにいるだけで喜んでくれる。 そこからだんだん成長するに従い、 「そこにいるだけでOK」という存在承認から、 「行動しよう」という、行動承認に評価軸が変わっていく。 これまでは、 そこにいるだけでまわりの人たちは喜んでくれたのに、 ある一定の年齢になるとはそうはいかない。 「○○をする」 「○○を実行する」が求められ、 それができないと評価されない。 認めて貰えないし、承認さ

          最後には、「存在しているだけ」になる

          夢がないのは

          「夢、ビジョン、将来の希望」 なんかが全く浮かばないというのは、 そもそも「今の自分」が、ちゃと満たされていないからかもしれないね。 今の自分の感情がキチンと満たされていて やりたくないことをやめ やりたいことをして 日常生活が満たされていれば、 そのワクワクしている、「自分にふさわしい未来」というものがイメージできるようになるし、 勝手にどんどん湧いてくるものだと思う。 だから、 夢とかビジョンとかが浮かばないと悩んでしまったときは急がば回れだな。 無

          夢がないのは

          それは「その人の意見」だからね

          世の中にある情報の大半は、 「正しい意見」ではなく 「その人の意見」なんだな。 だから、 いちいち反応する必要もないし、される筋合いもない。 わざわざ相手のところにいって、 「それはおかしい」と言う必要もなければ、言われる筋合いもない。 でも、どっかで信じちゃったんだろうね。 「正しさ」は世の中に一つでなければならない。 そしてその正しさとは「自分の意見」だとね。 別に正解がいっぱいあってもいいのに。 他の人にも同じように正解をあげてもいいのに。 世の

          それは「その人の意見」だからね