飴山 瑛

文章を書きます。

飴山 瑛

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最近の記事

生欠伸

春が 崩れてゆく つやめいた床に 敷き詰められた欠片を 集めていると 伸びかけた爪の 先に詰まって そっと 淡くなる わたし あなた 春 世界 掌を上に向けて じっと 見ていると 軽く毛羽立った 青色の羽が 指紋の隙間で 羽ばたいている 薄い雲 隠れる月 瞳を覗く光 小さなぜんまいは 巻かれすぎてしまう ピアスホールが 擦れて うすく赤らむと 気づいてしまう 皺の深い 幼子の腕が こちらへと伸ばされているのを 片隅の影は 押し固められた 箱の形をして 丸められた背を

    • 反転

      落ちる水にのって 上を見ている 一面の青 少しぼやけて 薄い空が 少し透けている 赤松の 捻くれた枝 とがった先から 昨日の残り雨が そっと岩を叩く ぱちん ぱちん つぶれて 春の子猫は 死にやすい 風ばかりある 切られた爪は 誰でもない 膨らんだ水が 眼球で はじける ひっくり返った世界が 流れ出して 吸い込まれてゆく 溺れることをやめると ゆっくり 沈む すべてがあるから 引き合うものもない 欠けた場所を探す

      • 遠いひと

        白い星が咲く 陽はまだ遠い 割れた梅が じっとしている 青い風 夜に似て 頬の 産毛を揺らす まだ朝はない まだ眠くないから マグカップの 茶渋を 指でこする めくられたページの らくがき じっと こっちを見る 音ばかり 聴いているのに 何を言っているのか わからない コーヒー豆は 砕かれている 目が乾く 止めたままの 目覚まし時計は もう鳴らない 食べかけのクッキーは 湿気っている 壁がちらばって ひとりになる まつ毛が重いまま 呼吸ばかりして わたしは あなたの

        • ココアの底

          甘い唾が 舌の底から わいてくる 肌に似た 夜の風 足元を削る 水の上 落ちた枯葉のふちが 次第にやぶれて 泥の中に 埋もれるのを ただ見ている 光もなく 染めたうろこがこすれて さりさりと 鳴いている 弧を描く嘴が 炎を啄く 翼は帳の幕を引き 視線は果へ向かう 息が満ち満ちる 窓ひとつ 白いばかりの壁紙 閉じるのをやめたカーテン 瞳孔がちぢむ こずんだよるは まだ 出ていかない いつも いつまでも来る朝

          放散

          濡れた髪が 半分乾いて ちぎれたケラチンが 床に落ちている 肺のへこむ音を じっと きいていると 血液が さっと赤くなって 骨の 浮いた手首が 水に浸けられている 空気をかき分けるまつげに ちいさな水が 流れ込んで 鼻腔の奥が そっと つめたくなる 洗い流されてしまった 声が ぞろぞろと くずれてゆくのを じっとみている のどが無性にかわいているのに 服が びしょびしょに 濡れている 電気を落とした 天井から 降っ

          水疱

          とても たのしかったのだけれど ふっと つかれてしまって でんしゃにゆられながら じっと トンネルのかべをみています いつも きづかされるのです わたしは いきていたくはないのだと 無理やり理由をつけているのです わたしは生きていたいのだと いきている理由があるのだと そう自分に呪いをかけつづけています けれど ときたま わたしはまっさらになってしまうのです そうすると 耳の奥から 背骨の髄から 脳みその真から 音のない声がするのです たえまない問い掛けに 目を瞑ると

          bebe

          冬の、夜のことだった。一頭の子牛が生まれた。名前はまだなかった。母牛は小柄で、初産ではなかったが、安産でもなかった。なぜか?それは、その子牛が双子であったからだった。予定日よりも一週間ほども早く生まれた子供は、まだ未熟児だった。 実を言えば、わたしたち畜主は、牛の双子というものをよくは思っていない。母体に負担が大きいし、子供は大きくはなれないし、何より男女の双子が生まれてくる可能性があるからだ。牛の血液キメラ、男女で生まれてきた子供のことを、フリーマーチン、と呼ぶ。この個体

          木々の中 佇むきみが ひとりきりなのが ぼくは うれしかった くらげは水に乗る 行方知らずで 色の無い風に乗り 靴音ばかりと共に 薄い肌を連れて 息をしていた 星に触れて 焼かれた網膜には 光ばかり映る ただれた腕に きみの指紋が 沈みこんで ぱりぱりとはがれて うまれたぼく ひとりは 孤独じゃない たったひとつで いることは あたりまえのこと だったから 手のひらを重ね 溶け合うことも無く ただ温度が 皮膚の下を巡る ふたりがいい ひとつには なりたくない 森の中

          あかつき

          海辺を歩く 足の先 遠い朝が来る 腕の産毛に 霧が浮いて 風は いのちの匂いがする 流れ着いた小瓶 手に取って 託された言葉を 掌に載せて眺め ぐっと握ると ごくんと飲み込み 便箋を 細かくやぶった 紫色の空が 真っ直ぐな髪をうつして 波音ばかりを聞く 湿った砂に 足跡がつき しゃがみこんで じっと見ていると 潮水にさらわれて つめたく撫でる 打ち際の奥に ついていけたらいいのに 音のない底に くじらの骨 ぽっかりと 空いた眼窩に 体を丸めて 収まってしまって 眠る

          みどりいろの 血管が 手首に浮いている 孤独はそこに もう根を張っている 森になりたい それでもひとりだけれど 冷たい心臓は さみしさばかり 送り出して ぼくは靴を履いても どこにも行けない さみしさは 互いに引き合うから 木々の根は 絡みあっているのに ぼくの骨ばった手は ペンばかり握っている 鬱蒼と茂ったからだに 火をつけるだれかを 待つのもきっと たのしいだろうから きっとひとりで 眠れるだろう 平らかな 野原ばかりが のこる

          きみはいつでもきれいなのに

          きみが咲いている 吐き出された 息の根元が あえかに割れて ほどけていく 音のない部屋 枠のない窓 隔てられた 厚い硝子板の先から 光ばかり 差し込んでいる 叢を踏む はだかの足 葉と葉のすきまから 折り重なった過去の 骨が突き出している 水の底に沈んだ 夜のあとから ぱちん、と殻はじけて 暗い泥から 白い頬そっと洗われ 肺を冷たい空気で満たすと 丘の上を目指して 土に足の跡がつく 扉を叩く手の甲 そっと手を添えて ドアノブをひねると きみがいる 弔いもなく 省みる

          きみはいつでもきれいなのに

          熱帯夜

          夜に立つ背を 青い目がみている 血が爪に 白く透けて 先は僅かに割れている こわいものは まばたきのすきまに 瞳孔をつたい 音もなく 電流に乗って 私の脳を きゅっと抱きしめる 曇った風が 首筋に巻きついてゆく その重みに だらりと落ちた肩が ジャケットから浮いて かぱかぱとする 皮膚が解けて 世界にわたしが 偏在してゆくのを じっとみている やがて大気の 一粒にまでも わたしが交じり なにごとも 意味は必要なくなる 足首が冷えて しみるように痛む 撒き散らされた 自

          車が来る

          夜空の睫毛 音を立てて閉じ 雫は息を しようとしていた 床に落ちた 羊水が ぱしり、と頬にはねた 流星は瞳を走る ただじっと私を見て ここに何があるかも 知らないのに 割れた爪に 吐息が入り込む こんなにも冷えているのに うっすらと汗をかいて 触れる掌さえ 拒みもしない もし幸せがあるとすれば 私は土になりたい 石灰色の骨が砕けて 砂にまじればいい 針に似た日差しの中 駆け回る君の 柔らかな温度 指先に 縫い付けられたまま 風ばかり青い 口を開けた人の 歯の隙間に

          車が来る

          マグマ

          溶けた瞳孔 瞬く宇宙の 外側を夢む すべてがあるのに ひとり 海が見たい 光がくる 切っ先を越えた 黒いいのち 岩に打たれ 散る水の群れ その一粒に あこがれて ひやりとした肌 巻き付く細腕 存在は燃え 振動を止めかけた 血球が巡る 膝をついた 私の手を取り 目を細めるひと 行くところはもはやない ここが果て その息を そのひとつを 知っているか 荒れた石 指の溝をそっと這わせて 青い光 わずかに映り

          膿の壺

          「どうぞ、お座りください」 その患者は、一見して普通、というほかなかった。キャメルブラウンのコートを軽くたたんで膝に乗せ、アイボリーの色を上に載せた爪に飾られた手は、きゅう、とコットンで織られたペールブルーのハンカチを握りしめていた。まさに品のいい、と言うべき装いをした彼女は、まだ二十代の初めのほうに見えた。薄く汗をかき、わずかに何者かに掴まれたような跡のある、ゆったりとしたパフスリーブの袖口からのぞくほっそりとした腕は、この女がしたことが信じられないように見せて、グロスの

          共鳴する棘

          プラスチックの爪に、スチールの弦が当たる。指がフレットを押さえて、音が鳴る。いくつか音を鳴らして最後に、六つ張られたすべての弦を肘から下を振るように下ろして、調律された音が心地よく響いた。ふう、と一息ついて、首から肩にかかった革の帯を上に向けた掌でぐっと支えると音の立たないように床におろし、足元に転がっていたベルトのついた箱のようなものをぼこ、と蹴ると側面に沈み込むように沿ったジッパーを引っかかって止まったりしながらも開けて、起毛したひと周り小さくなった箱の内側にそっと嵌め込

          共鳴する棘