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遠い地で、戦争が始まった。

コクピットでたまに、戦争の話をすることがある。

現在進行形のその戦争の話ではなく、80年前のあの戦争の話だ。

あの戦争

あの、世界を二分した、そして最終的には自国以外の全ての国が敵になった戦争。独りよがりになって、原爆を二発落とされてやっと降伏した戦争。日本人として生を受けた以上、どこの国に行っても原理的には、そこはかつて、自分の国と戦争をした敵国だったことになる。

私は現在、ニュージーランドに居住し、働いているが、日本とニュージーランドももちろん、80年前は敵同士だった。もちろん、そんなことを意識しながら日々生きているわけではない。両国の過去の歴史が、私に個人的、直接的に影響することは稀だ。

しかし、外国で暮らしていると、ふとした瞬間に自分の国はかつて、世界中を相手に戦争をしたことがあるという事実が、分厚く白い布の裏に隠れていた、紅色の彫刻のように立ち現われることがある。

そういう時に、たとえ、自分自身が現在や過去の「日本」に対して何らの忠誠心や帰属意識を持っていなかったとしても、外国人の前で「自分の国」のことを否定するのはフェアではない。そんなに嫌なら、なぜ(お前も含めた)その国の国民は何もしないんだ、と反論されるだけだ。

私は個人的に、現在の日本政府を全く信用していないが、日本という国、もっと言えば国土は好きだ。だからこそ、日本政府がわけのわからないことをすると、落胆と怒りが生まれるのだろう。どうでもいいと思っている国には、無関心になるはずだからだ。

自分のルーツがあって、嫌いでも、嫌いになりきれない国。そういう国のことを、祖国と呼ぶのだとおもう。

だから、敗戦国の末裔として話をするのは、とても難しい。お前は過去の日本が間違いを犯したと思うか、とか、過去の日本と今の日本は何が違うのか、とか、もっと直接的には、日本が負けた時、なぜエンペラーは処刑されなかったのか、とか、そういうことを遠回しであれ、単刀直入にであれ、そう頻繁にではないにせよ、聞かれることがある。

そういう時に、あの時の日本は全面的に間違っていたとか、大日本帝国が愚かで、今の日本は心を入れ替えたのだ、とか、実際に戦争を主導していたのが軍部で、天皇には責任がなかったのだ、とか、そういうことは決して言えないのだ。

だから、私はこういう風に言うことにしていた。

あの当時、どの国も、生存することに必死だった。しかし、日本は弱く、負けることがわかっているのに、戦争をして、当たり前のように負けた。日本は、愚か(Stupid)だったと思う。しかし、日本が邪悪(Evil)だったかというと、私はそうは思わない。無知で、独りよがりで、要するにバカだったのだ。

そうして、こう繋げる。

戦争は、バカでは勝てない。そして、勝った者が後の世界のルールをつくる。日本は邪悪だったからこそ打ち負かされたのではない。負けたから、邪悪な物語の一部となったのだと、私は思う。なぜなら、日本人として、自分が邪悪な民族の末裔だとは思えないから。

今、目の前でお前と話をしている「この私」から遡って、彼らが邪悪なわけがない、ただ、無知で、独りよがりで、愚かだった、とするこのストーリーは、とても説得力があるのか、満足してくれることが多い。

この戦争

時は現代、2022年の2月。東欧で新たに、数百万の人々が住むところを逐われることが決まった。私は、NATOの助けのないウクライナに勝ち目はないと思った。純軍事的に、あれほどの陸軍力を持った国、ロシアが本気で包囲殲滅戦に出れば、勝てるはずがない。

まるで80年前からタイムスリップしてきたような動機や戦術で襲いかかってくるロシア軍。まさか、こんなことが2022年に起こるとは、誰が予想しただろう。

私は、この戦争を通してあの戦争の亡霊を見る。

自らの頭の中にこしらえた「正統」を、武力で達成しようとする為政者の亡霊。

無知で、ひとりよがりで、世界中を敵に回したかつての祖国の亡霊。

世界は大戦を望まず、戦術的には侵略は達成されるだろう。

しかし、どんな権力者でも、民に支持されなければ、試みは最終的に失敗する。

長く、憂鬱な戦いになる。何しろ、歴史が80年も巻き戻ってしまったのだ。しかし、

侵略の達成をもって勝利とし、その勝利ゆえの正当性を認めてはいけない。

絶対に認めてはいけないのだ。

たくさんの方々からサポートをいただいています、この場を借りて、御礼申し上げます!いただいたサポートは、今まではコーヒー代になっていましたが、今後はオムツ代として使わせていただきます。息子のケツのサラサラ感維持にご協力をいただければ光栄です。