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ベスト・オブ・サーカ・A

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「決心によって正しくあるのではなく、習慣によって正しくなり、単に正しいことが出来るばかりでなく、正しいことでなくてはやれないようにならなければならない」ワーズワース
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アイ・コンフェス

アイ・コンフェス

私は告白するーー

毎日、何かに捉われながら、
毎日、何かを失っていく。
取り返したいと望むも、そうできない、
失ったものを数える間に、
私の「記憶」は、亡霊のようになり、
何が欲しかったのかさえ、思い出せないのだ。
私は、大昔の、ベルボトム・パンツを履いた
ロックシンガーの写真を思い浮かべたーー
磔刑前のジーザスのように髪を伸ばし、
ロックフェスで歌っている様を。
もしも、それが、
失われた救世

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グッド・ペリカン・バッド・スワン

グッド・ペリカン・バッド・スワン

善きペリカンと悪しきスワン、
二人は横丁のディズニーランドで再会した。
スワンはローラーコースターのように歩き、
ペリカンはコカ・コーラの泡のように笑う。
二人の前から神はとうに姿を消していて、
カルロス・ゴーンみたいな連中ばかり。
ウォルト・ホイットマンを読むのが唯一の、
善きペリカンと悪しきスワンの共通点。

二人はスターバックスでコーヒーを飲む、
ペリカンはミルクを、スワンはブラックで。

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マイ・ドッグ

マイ・ドッグ

1
誰か、私の犬を見なかったか?
丸太のように大きく、立派な私の犬を?

その犬は力強い脚があって、
通りをマッスルカーのように駆け抜けた。
その鼻は常に真実を嗅ぎ分け、
嘘に噛みつき、憂いにも挑みかかった。
顔つきは穏やかで、無垢な心を持っていたが、
ある晩何者かが音もたてず、連れ去ったのだ。

それで彼らは、
蹴って、
殴って、
私の犬のどつき回したのだ。

2
誰か、私の犬の吠えるのを聞かな

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ガナッシュ・パイ

ガナッシュ・パイ

ホームパーティーの途中で、
私の恋人はどこかへ消えた。
残されたグラスは空っぽ。
皿には吸い尽くされたチキンの骨。
招待客は夜が更けても、
野暮ったい会話をやめようとしない。
みんな親しげに挨拶しながら、
彼女のガナッシュ・パイに手をつける。

彼女の職場は華やかで、
清潔に保たれていた。
同僚たちは金勘定に追われ、
ベッドで夢も見ない。
満員電車で中吊り広告が、
新しい嘘をつく。
ベテラン俳優が

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冷たい月曜日

冷たい月曜日

生きる苦しみにエキサイトした心が、
静けさに疲れた夜に溶け出し、
やがて空は青に染まった。
お前はネクタイを締め、スーツに袖を通し、
世界に別れを告げた、
足元はピカピカの靴で。
ルー・リードの歌詞と、
ゴッホの絵の具を使って、
「神秘の森」から届けられたラブレター。
精霊が導き、警察が指差したその森が、
お前が最後に息をした場所だった
ーーあの冷たい月曜日に。

ヘラジカの王が誇りを示すために、

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サーカ・Aの「水曜ロードショー」

サーカ・Aの「水曜ロードショー」

「あんたはゴリラよ」「踊ろうか?」
           『三人の妻への手紙』

詩を書き終えて、
自分自身の何かを学び取ったら、
私はテレビ画面の前の「席」を取る。
そこにはゲーリー・クーパーや、
テレサ・ライト、
ジェーン・ワイマンや、
ロック・ハドソンが現れ、
私は目覚めたままで夢を見る。
一度、目にしたら、二度と忘れられないーー
水曜日のロードショー。

絵を描き終えて、
自分自身の何かに

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行きつけの壁、ことばのカフェ

行きつけの壁、ことばのカフェ

仕事が終わり、本を片手に
カフェに入る、私は何でもない男。
そして心は今、石のように硬い。
自分の行きたい場所はここ、
知りたいのはこれだけ、と
私はひとりカフェでいじけて本を読む。

報われない作業や、叶わない夢、
鳥はさえずらず、若者だけが実況する世間と
私とを、イヤホンのジミヘンが遮断する。
どうせ俺なんか、とページをめくり、
どうせあいつの方が、とメモを取る。
私はひとりカフェでいじけて本

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オーディオルーム・アドベンチャー

オーディオルーム・アドベンチャー

ひとつの詩的体験が不調に終わったとき、
空想は「書物とランプの間」から消え、
私の兄の遺したアンプを通って隠れた、
オーディオルームにーーそこでは、吸血鬼が
焚き火をインディアンたちと囲み、
悲しいバラッドで彼らの涙を川にし、
ハーモニカで辺りを秋の風に変え、
ゴムの靴底でシタールを奏で、
嫉妬に狂った魂でブルースを歌い上げていた。

しかし、私にあるのは真っ白な紙とペンだけ。
そこで、ジェイクと

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私はどこに(「自我」を巡るポエム)

私はどこに(「自我」を巡るポエム)

「私」がいるのは、古い書物の中、
モビィー・ディックと戦う物語の中。
あるいはブレイクの書いた虎のとなり、
湖畔のワーズワースの背後に「私」はいる。
フィリップ・マーロウの椅子に腰かけ、
オセローが疑念をはらうのを念じている。
あなたが疲れて、夜をさまようとき、
想像してみて、「私」がどこにいるのかを。

「私」がいるのは、古い歌の中、
優しくて、力強いメロディーの中。
ディランの歌うバラッドの隅

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ルイージ

ルイージ

1ー1
マリオは類似を探している。
毎日の平凡な散歩の中で、
イタリアにも、フランスにもない街の、
『ブックオフ』や『サンマルク・カフェ』に寄り、
マリオは類似を探している、
ボブ・ディランの歌う歌詞に。
18世紀のイギリスの詩人と、
フリマに並ぶアンティーク雑貨との間に、
マリオは類似を探している。
カフカに、H・G・ウエルズに、
『サイコ』に、『愛しのシバよ帰れ』に、
エドガー・アラン・ポーの

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空き缶2本分の荷

空き缶2本分の荷

犯人の名を明かした推理小説を、
その事後を語る裁判の回想を、
私は捨てる。
本棚で埃に埋もれる恋愛を、
妖精に頼み込む厄介事を、
雪に閉ざされた山荘の暖炉のイメージで、
私は燃やす、あらゆる物を、
手錠を、首輪を、ダイヤの指輪を。
たったひとつ手の中に残る物、
それは空き缶2本分の荷。

要らない物を見つけるのはとても簡単。
銃に怯えたり、血を流すこともなく、
それは見つけられる。
馬で「トゥーム

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ニュースペーパー・スカイ

ニュースペーパー・スカイ

「今日、ある記事を読んだよ、オー・ボーイ」
                ジョン・レノン

私の知らない多くの物事が空に広がり、
見知らぬ顔が、光景が、私に覆い被さる。
言葉が、「信念」から、
あるいは「疑念」から生まれ、
太陽に焦がされ、雨に濡れ、
その空の彼方に、
ハーパー・リーの魂と共に消えてゆく。
私は知らない、
彼女の物語が何を暗示していたのかを。
マネシツグミの羽ばたきに似た彼女の旋

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グッバイ・サーカ・A

グッバイ・サーカ・A

1
グッバイ・ビートルズ、ぼくは帰る、
ショウを観終えた観客のひとりとして、
絵でも文章でもない現実世界へとーー
そこでは比喩ではない朝と夜とが繰り返される。

ぼくの霊安室は鍵が開けられ、
中から、恋人やら、友達やらが甦る。
最後に鍵を持ち出したのはジョージ・A・ロメロ。
彼が過去のゾンビを出歩かせてるってわけ。

鏡の中のもう一人の自分ーー
そいつはもっと邪まに、もっと純粋に、
正義を信じ、欲

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さよなら透明人間(クーブラ・カーンのラブソング)

さよなら透明人間(クーブラ・カーンのラブソング)

「君が欲しいーー
君があいつに脱がされている、
あるいは、
君が自分から脱いでいることを考えたために」
             エルヴィス・コステロ

君は私を誘い、
私に「あなたが欲しい」とも言ったが、
それは人目につかないバーの奥の、
人目につかないボックス席の、
人目につかない不倫小説の中盤で、
ウイスキーの渦に溺れてる時だけだった。
君は私の魂を、
「ビートルズ」のラバーの靴底や、
「ル

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