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(小説)八月の少年(十五)

(十五)スノーマン
 シートに戻った。絶え間なく雪は降り続いた。いくつもの昼と夜が流れた。窓の外はまっ白で他には何も見えなかった。遠く何処からか爆発音が聴こえた。戦争はまだ続いているのだ。いつになったら終わるのだろう?ふと雪景色の中に何かが見えた。何だろう?吹雪の中にぽつりぽつりと黒い影。
 戦車だ。ああ、今あそこで戦争をしているのだ。


 兵士に抵抗する市民の姿が見えた。飢えと寒さと疲労に倒れる兵士が見えた。破壊された家の片隅にひとり取り残され泣いている幼子が見えた。そして何もかも雪に覆われた。降りしきる雪の中に何もかも。

 突然窓ガラスに何かが現われた。それは窓を覆うように外側から列車の窓につかまった。何だろう?生きものなのか?白い、雪、雪で出来ている。
 雪だるまだ!
 しかしなぜ、なぜ雪だるまが?
 あっけにとられたわたしを前にして雪だるまは窓ガラスに息を吹きかけた。白い雪の息。すると窓ガラスに白い文字がひとつ現れた。わたしは小さな声でその文字を読んだ。
「こ」
 文字はすぐに消えた。雪だるまはまた息を吹きかけ窓ガラスに新たな文字が浮かんだ。わたしはまたその文字を読んだ。
「こ」
 雪だるまとわたしは互いの動作を繰り返した。
「は」
「ス」
「タ」
「ー」
「リ」
「ン」
「グ」
「ラ」
「ー」
「ド」
「ド」
「イ」
「ツ」
「軍」
「敗」
「北」
 なにー。

 最後の文字が窓ガラスから消えたのを確かめると、雪だるまは静かに列車から離れた。列車から離れゆっくりと地面に着地した雪だるまはそして動かない元の雪だるまに戻った。列車は走り続け雪だるまの姿はすぐに見えなくなった。

 優勢を誇ったドイツがソ連に敗北。そして確かにこの戦争の行方は大きく転換してゆくのだ。雪だるま、雪も草も大地も地に眠る動物たちも、この世界、この星に生きるすべての生命の運命を巻き込んだ愚かなこの戦争の。
 そして雪は降り続き、列車は走り続けた。

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