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(小説)八月の少年(十八)

(十八)tsuyu
 激しい雨が降った。そのせいで暑さは少し和らいだのだが。雨に混じって遠くから爆発音が聴こえた。
 またか?
 今度はどこだ?
 確か前に爆発音を聴いた時そこはスターリングラードで、ドイツが敗北した場所。
 今度はどこが戦場なのだ?


「激しい雨ですね」
 突然声が。驚いて振り向くと車掌だった。
「何だ、きみかね」
 わたしは安堵したようにため息を吐いた。
「雨もだが、きみ。あの爆発音も」
「ああ、あれですか」
 車掌が悲しげな声で答えた。
「あれは、あの国」
「あの国?」
「あの国を、攻撃しているのです。あの国への初めての大規模な空襲」
 車掌は答えた。
「え?」
 と言ってわたしは黙った。そして
「きみはあの国を知っているのかね?」
 わたしは尋ねた。すると車掌はわたしの質問に驚いたのか少しわたしから遠ざかるふうに思えたが、何か気を取り直したように車掌は答えた。
「ええ、少しだけ」
「わたしもあの国なら知っている。一度訪ねたので」
「ああそうでしたか?」
 車掌は嬉しそうに答えたが声は相変わらず悲しげだった。
「今頃はtsuyuで」
「tsuyu?そうだったね。あの国の雨季」
「あのtsuyuの激しい雨の中、今頃皆爆撃から逃げ惑っていることでしょう」
「ああ、そうだね」
 わたしたちは黙った。それからわたしは。
「しかしきみは」
 車掌に尋ねようとしてけれどいい言葉が見つからなかった。車掌もまた歩き出したのでわたしはそれきり言葉を止めた。

 何か、まだ確かに何か他に話すべきことがあったはずなのだが。車掌が去った後、ただわたしはひとり黙って雨を眺め遠い爆発音を聴いた。

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